失われた日常への戻り道
「ふむ、合格、と。」
中野先生は僕らを岩窟の中に引き戻すとメモをまとめた。
「あの……僕が使ったのって……一体……。」
僕は少し躊躇しながら先生に質問した。
「魔術だ。自覚はあるだろう?」
「はぁ、一応……。」
「魔術書をくれてやるから熟読しておけ。」
そう言うと、中野先生はボリボリと頭を掻きながら、僕ら全員に分厚い本を放り投げて寄越した。
「これに魔術が?」
「ああ、今の内に説明しておくと魔術については五属性二種の使用方法がある。簡単な二種の方から説明するぞ。」
先生はそう言いながらメモをまとめていく。
「魔術は『陣』と『術』で具現化出来る。陣は両の手で印を組んでその術の抽象的な概念をまとめるんだ。術は物質上に描かれた図、絵柄を媒介に抽象的な概念を生み出すんだ。その抽象的な概念っていうのは五属性に値する訳だ。五属性は炎、水、土、風、雷の五つだ。他にも体術、幻術、合成術もあるが基本はそれだ。まずは熟読することだな。」
「はぁ……。」
要は印を組むか図を描いて五属性のいずれかを指定して術を放つ訳か。
つまり、戦闘中、何者かに僕の身体が支配された時、僕の身体が両手を合わせたのは……その行為は、印を組んだ、と解釈して良いようだ。
「分かりました。では、帰れる訳ですね?」
僕が訊ねると、先生はコクンと頷いた。
「では失礼します。」
もう金輪際関わる気はないんだが―――。
―――ドカンッ!
「幻術、《万有引力》!」
爆発音のすぐ後、間髪入れずに中野先生の声が響いた。
途端にぐんっと首根っこの辺りを捕まれて後に引っ張られる感触がした。
僕はそして岩窟から放り出されてしまった。
僕だけではない、剛、ガルム、牧人もだ。
反射的に僕は体育の授業で教わった受け身を取って着地すると、起き上がって視線を走らせた。
「―――ほぅ、体育の教員としてその動きは嬉しいね。」
中野先生は岩窟の方から歩きながら苦笑して言った。
「それはどうも。今のは先生の術ですよね?」
僕は青龍刀に手を置きながら先生を睨みつけた。
「そんな場合じゃない。すぐに逃げねば。」
中野先生はそう言いながら視線を岩窟に向けた。
岩窟はさっきの爆発音から察するに爆破されたようだ。岩窟の入口は瓦礫で塞がっていた。
そして、岩窟のあった小山の上には馬鹿でかいゴーレムがいた。
石の固まり、全長十メートルはあろうか。
「―――うん、あれ、ゴーレムだよね?」
「ああ、ゴーレムだな。」
「うん、ゴーレムだ。」
「ゴーレム……だね。」
僕が言うと、剛、ガルム、牧人と賛同した。
「お前ら!暢気な台詞を吐くな!逃げろ!」
中野先生の声で僕らは我に返ると、顔を見合わせて頷き合った。
そして一斉に四方へと散る。
僕は駆けながら横目で見ると、ゴーレムは図体の割に俊敏に動いて牧人の方に迫った。
「牧人、そっちに行ったぞ!」
僕が叫ぶと牧人は振り返りながら手に持つ扇を一振りした。
すると、突風が発生してゴーレムの進撃を一瞬止めた。
だが、それは一瞬。突風を振り切るとゴーレムは腕を振りかぶると牧人めがけて拳を突き出した。
「うああああああああああああああ!」
牧人が悲鳴を上げる。
僕は咄嗟に方向転換すると牧人とゴーレムの方に向かった。
だが、間に合うはずはない!
ザンッ!
「堅いのでも、こういうのなら斬れるよね。やっぱり。」
次の瞬間、牧人の目の前には剛が立っていた。居合いの直後のように腕を伸ばしきっている。
そして、その頭上には切り離されたゴーレムの腕が飛んでいた。
水しぶきと共に。
どうやら村雨丸の力を使ったらしい。
ズドンッと凄まじい音を立てて着地する中、剛はその腕を引っ込めると地面に膝をついた。
「大丈夫か!」
僕がようやくそこに辿り着くと、剛は荒い息をつきながら弱々しく微笑みを見せた。
「ああ、忍……しくじった。多分、これが魔力不足って奴だ。」
「ッ!仕方ない、牧人、肩を貸してくれ!」
「分かった!」
僕と牧人が剛を担ぎ上げると同時に固まっていたゴーレムは動き出した。
僕らは全力でその場を離れるとゴーレムは何故か踵を返して立ち去っていった。
僕らはその場で唖然としていたが、剛の引きつり笑いと水音で我に返った。
「た、助かったぁ……。」
―――剛クン、失禁シテイマスヨ?