死は人を強くする
「―――大喬さん。」
「何ですか?」
「いや、何で膝枕?」
「良いじゃないですか。ふふ、可愛い。」
僕に膝枕をする大喬さんは上機嫌そうに僕の頬を撫でた。
「可愛いって……。」
「だって、可愛いんですもの。」
はぁ、と僕はため息をつくと脇の机に置いた剣からひしひしと何か禍々しい物が伝わってきた。
(……何だよ、シオン。)
(―――ん?何?)
冷たく、突き放すような声。
(すごく禍々しい何かが感じられるのだが。)
(気のせいじゃない?)
(そうか……?)
腑に落ちない気がしたが、大喬さんに頭を撫でられると心地よくなってどうでもよくなってきた。
「ああ……気持ちいい……。」
「このまま、寝ても良いですよ?」
「では、お言葉に甘えて……。」
そう言いながらうとうとと微睡んでいると―――。
ズドンッ!
凄まじい破壊音が響いてきた。
僕は反射的にパッと起き上がると、剣を取っていつでも構える体勢を取った。
「何でしょう……?」
心配げに呟く大喬さんの手には短刀が握られている。
僕は剣を握って音なく地に立つと、扉をそっと開けて様子を伺った。
その瞬間、扉の横の壁に何かが叩きつけられた。
僕はそれに視線を向けてぎょっとした。
人間……だ。
足はぐちゃぐちゃに曲がり、腕は片方吹っ飛んでいて、全身傷だらけで血だるまになっているが……確実にこれは人間だ。
僕は吐き気を堪えながら、それの肩……と思しき場所を掴んでこちらを向かせた瞬間、息を呑んだ。
「黒田君……。」
虚ろな目で僕を見ていたのは黒田君だった。―――いや、すでに見えていない?
僕の背中に寒気が走った。
目の前のこの男は、僕のことを目に宿していない……?
「う、お、おうぅおえええぇぇぇぇっ!」
その瞬間、僕は床に向けて嘔吐していた。
あの時、生きていて、僕と笑顔で会話していた黒田君が。
剣を教えてくれると言ってくれた黒田君が。
必死で僕を守ってくれた、黒田君が……。
死ん、だ?
「嘘だあああああああああああああああ!」
僕は彼の身体を掻き抱いて絶叫した。
「忍さん!」
とその瞬間、強引に身体が引っ張られた。
そして、そのままバタンと扉は閉められた。
「大喬……さん?」
僕を引っ張ったのは大喬さんであった。
「くっ……将兵さん……ですよね……?」
「あ……ああ。」
僕は掻き抱いていた彼の遺骸を抱え上げると、ベッドに移した。
それは見れば見る程無惨で……目を逸らしたくなる程だった。
だが、僕は目を逸らさず彼の瞳に瞼を下ろさせた。
「とにかく、これをやった奴を―――。」
「恐らく、出右衛門です。」
「え?」
「先程、外にいました。今、封印で扉を封鎖していますが、破られてもおかしくはありません。」
大喬さんは冷静に言いながら、窓を開けた。
「とりあえず、逃げましょう。」
彼女がそう言った瞬間、ドスンッと激しい扉にぶつかる音が響いた。
「―――まずいですね。もう一撃強いのを喰らったら扉が壊れます。急いで、忍さん―――。」
「―――いや、大喬さん、先に行っていてくれ。」
「え?し、しかし!」
「黒田君の亡骸を汚されたくないし……僕が決着をつけないと。」
僕は大喬さんを見つめて言った。
彼女は僕を見つめ返す。
「忍さん……。」
「大丈夫。僕を信じて。」
僕は微笑んで言うと、彼女の手を取って窓の方に誘った。
「すぐに中野先生を呼んできて。」
「―――分かりました。ご無事で。」
大喬さんは頷くと同時に僕の唇に柔らかい物を押しつけた。
そして身軽に窓枠を跳び越えていく。
―――って今のキス?
僕は唇を押さえると頬が熱くなってくるのを感じた。
(不謹慎。)
その様子を感じ取ったのか、シオンは不機嫌そうに言った。
(あ、悪い。)
(ほら、早く構えなさい。すぐ来るわよ……。)
彼女がそう言った瞬間だった。
ズドンッと迫撃砲をぶちまかしたような凄まじい音と共に扉は吹っ飛んだ。
「ふ……いたか。」
そして、奴は飢えた目で部屋に入ってくると僕を見た。
「―――行くぞ。」
「来い!」
奴の声に僕は吼えると、奴はすぐさま地を蹴った。
爪を突き出す。それを僕は居合いで防ぐと青龍刀を手の中で舞わしながら一歩踏み切った。と同時に出右衛門に肉迫し、胴に一撃を加える。
が、奴は素早くその場から後退っていた。
だが、それに関しても僕は予想済みだった。僕も距離を取りながら印を組んだ。
「風陣、《空気砲》!」
魔力が込められた風の弾丸が目の前に発生し、出右衛門に向けて発射された。
それを出右衛門は腕を薙いで弾き飛ばしてこちらに猛進した。
と同時に凄まじい殺気を放った。
―――来るっ!
「風陣、《青龍乱舞》!」
「邪術、《暗黒龍演舞》!」
高濃度の魔力と魔力がぶつかり合い、そのショックで部屋の壁はひび割れ、ガラスは粉々に砕け散った。
僕は全筋肉と魔力を駆使して一撃でも多く斬撃を加えようと腕を振るった。
出右衛門も両腕両足を巧みに使って攻撃を加える。
剣が爪と交わり、光が交錯する。
時折、どちらかの力が勝ち、双方の肌に傷を作った。
だが、それ以外は戦況は均衡し、その剣舞に終わりはなかった。
その均衡を嫌ったのは、出右衛門であった。
「この、小癪なぁ!」
出右衛門は一声吼えると、地を凄まじい力で蹴り飛ばした。
そして一度に四肢を僕に振るった。
「ガッ!」
僕は剣で一撃防いだが、頭、胸、腹に一撃ずつ綺麗に喰らった。
そして見事に吹き飛んで黒田君の亡骸の隣のベッドに叩きつけられた。
「くっ……きっつぅ……。」
僕は呻き声を上げながら視線を隣に向けた。
黒田君の苦痛は……こんなもんじゃなかったはずだ……。
足をへし折られ、腕をもがれ、全身から血を流して……。
「だったら……負ける訳にはいかねえだろ!」
僕はベッドの上で血反吐を吐き捨てながら叫ぶと、出右衛門は僕を見据えた。
「青龍の操り手よ、その勇姿を湛えよう、そして安らかな死を!」
僕は構えを取った。すでに奴は殺気を漲らせて地を蹴っている。
『忍さん。』
耳元で、聞こえるはずのない、彼の声が聞こえた。
『常に相手の動きを読んで下さい。攻撃こそが最大の隙を生みます。』
「分かった……。」
僕は呟くとそれを凝視した。
ゆっくりと近づく出右衛門、その背後の砕けた石の壁の破片も止まっているのではないかと思うぐらい、ゆっくりと落ちている。
出右衛門は殺気を濃厚な魔力として吹き出しながら真っ直ぐに僕の胸へ、爪を突き出していた。
僕はそれを冷静に読み切ると身体を半身横にずらさんと地を蹴った。
そして、それは一瞬で交錯していた。
僕の胸の脇を出右衛門の爪が抉る。激痛が走っていた。だが、僕の青龍刀を握った右腕はすでに出右衛門の身体の下に潜り込んでいた。
僕はありったけの魔力と渾身の力を込めて叫んだ。
「風陣、《青龍乱舞》!」
ズドンッ!
凄まじい勢いで右腕に蓄えられた力が破裂したようだった。
それは真っ直ぐ、風の刃を放ちながら出右衛門の腹を抉り、吹き飛ばした。
「が、はぁっ!」
出右衛門は目をこちらに向けると視線で、あっぱれ、と告げていた。
気が付くと出右衛門の身体は部屋の石壁にのめり込んでいた。
その目は空虚を見つめていたが、血を流すその口からは満足げな笑みが伺えた。
「か、勝った……。」
僕は微笑みを浮かべると、その場で膝をついた。
前の戦い程ではないが、脇の辺りから血がどくどくと流れている。あまり気持ち良くはない。それに魔力の消費で頭がふらふらした。
(忍、休んで良いよ。)
シオンは優しく、そう告げる。
(後は、私が何とかしておくから。)
「ありが……と……。」
僕は口からその言葉を発すると同時に目の前が暗くなった。