黒田将兵の剣舞
その瞬間、その僕を見下ろす影に何かがぶつかった。
「くっ!」
完全に油断していた出右衛門は腕を薙いで、それを引き離そうとした。
だが、それはすでに僕を引っ張って退いていた。
「き、君は……黒田君!」
「忍さんは指一本触れさせません!」
黒田君はそう言いながら剣を腰から抜いた。
出右衛門は口から唾を吐くと、自分の腹に黒田君が刺した剣を引き抜いて捨てた。
「助かったよ、黒田君……。」
僕は胸の痛みを堪えながら立ち上がると、黒田君は慌てて言った。
「動いてはいけません!胸の怪我がひどいのですから……。」
「そうですよ。」
と、そこで優しげな声が後ろからかかった。
その声の主は僕の肩に手をかけた。その手はとても温かくて、僕は振り解くことは出来なかった。
「大喬、小喬……忍さんを頼む。」
「分かったわ。将兵さん、気をつけて。」
黒田君はそう言うとパッと地を蹴った。
「忍さん、大丈夫ですか?失礼しますね。」
と、先程とは似たような、でも違う人の声がかかると、身体がふわりと浮かんだ。
足払いをかけられた、ということに気付くのに一拍時間を有した。
そのまま、僕の身体は宙で支えられると、ゆっくり地面に降ろされた。
そして、頭に柔らかい感触の物を敷かれ、目の前に大喬さんが姿を現した。
と、同時に僕の胸に光を照射し始めた。
「くっ……大分派手に抉られましたね。出血がひどいです。後で輸血しないと……。」
「そんなに……?」
「ええ、今、意識を保っているのが不思議な位ですよ。」
大喬さんがせっせと僕に応急手当をする中、黒田君は出右衛門相手に一人で渡り合っていた。
「はぁッ!」
「ぐっ!」
黒田君が強い打突を放つと、出右衛門はそれを片手では受け止めきれずに両手でそれを受け止めたが、それでも力が尚掛かったため、肌は裂けてしまった。
「すごいですね、将兵さんは。一人で対峙していますよ。」
大喬さんは僕の視線を追って言った。
「だが、暗黒龍演舞を放たれたら……。」
「大丈夫だ。」
中野先生が龍馬さんに肩を貸し、兵士を一人おぶさった状態で現れた。
「あの技は見かけ、尋常じゃない負荷を喰らうだろう。いくら邪神の手駒とはいえ、三回は放てないはずだ。あの技は。」
先生はそう言いながらその場に兵士を降ろし、龍馬さんをその場に座らせた。
「よし、じゃあ、黒田の加勢に行ってくるぜ。」
先生は力強く言うと、激戦を繰り広げる黒田君の元に駆けていった。
すると、出右衛門は多勢に無勢と判断したのか、宙高く跳ぶと村の外へと逃走していってしまった。
黒田君はそれを見届けると、剣を腰の鞘に収めてこちらに向かって微笑んだ。
その後、僕は村の保健所に逆戻りし、大喬さんの熱心な治療と看病が施された。
今回の被害で出た損害は大したことはなかったそうだ。
どうやら、出右衛門というのは僕を狙ってきたようで、村を囲んでいた兵も隙を見て跳び越えられたらしい、と中野先生は僕の様子を見に来るついでにそう言った。
邪神って何ですか?とか、出右衛門は何者だったんですか?とその際に僕は問うてみたが、またしても中野先生は、話すべきではない、とはぐらかして行ってしまった。
何なんだか……。
僕は不審に思いながらも、大喬さんの看病に甘えているのであった。
そして、出右衛門が襲ってきた翌日、僕は完全に傷を癒えさせたが、体力を回復させねばならない、と大喬さんが強く言うので僕はまだ保健所で横になっていた。
「だけど、もう大丈夫だと思うけどな……。」
僕はそう言いながら食事をもごもごと食べていると、大喬さんは微笑んで戒めた。
「この前みたいに魔力切れになったら迷惑するのは皆さんですよ。」
「そりゃ、そうだけど……。」
「ほら、喋ってないで食べて下さい。はい、あーん。」
「え、あ、良いですよ。」
僕は美女に食べさせて貰うという嬉しく恥ずかしいイベントを慌てて辞退したが、彼女は微笑んで尚言う。
「ダメですよ。ちゃんと食べて精をつけて。病人さんは甘えて下さい。」
「病なんて罹っていないけどな……。」
僕は呟きながらもその好意に甘えて食べさせて貰う。
「ん……美味しいです。」
「良かった。」
大喬さんは嬉しそうに微笑む。とその時、部屋の戸が開いて誰かが入ってきた。
「こんにちは、忍さん。―――若いですね。」
「い、いや、そんなんじゃないって、黒田君。」
僕が慌てて言うと、入ってきた黒田君はくすっと笑みを漏らした。
「別に良いんですよ?大喬に手を出しても。」
「しょ、将兵さん!」
今度は大喬さんが顔を真っ赤にして言った。
「ほら、満更ではないようですし。で、怪我の様子はどうですか?」
「ああ、もうバッチリだよ。」
僕は服をはだけて胸を見せながら言った。その胸には抉られた酷い傷跡が残っているものの、完全にそれは塞がっていた。
「良かったです。すみません、この前は駆けつけるのが遅くなってしまって……。」
「いや、黒田君が来てくれなかったら僕は死んでいたに違いないよ。感謝してもしきれないよ。」
僕が苦笑を浮かべて言うと、黒田君は、そう言って貰えたなら幸いです、と頭を下げて微笑みを見せた。
「それで今後の作戦ですが、中野さんは暫くここを留守にするので、その期間はここで駐屯するらしいです。」
「へぇ、出立する準備が満々だったのにね……。」
「恐らく、今回の出右衛門のことでしょう。次の攻めてくると踏んでここに腰を据えて迎え撃とうとしているのでしょう。」
「そううまく行くかな……?もし、その邪神とやらが大軍を引き連れて攻めてきたらどうなるか分からないし。」
「その場合に備えて、哨戒は放っているようです。要は賭けのようですね。」
「なるほどな。」
「もっとも、次回あんなのと当たったら私は生き延びれる自信はありませんよ。」
黒田君は苦笑いしながら椅子を取りだして腰掛けた。
「おいおい、僕より剣の扱いが上手い君が何を言うんだ。」
僕が戯けて言うと、彼は、確かに、と笑みを浮かべた。
「しかし、術に対する耐性は全然ないんですよ。だから、術を派手なの一発でも食らったら即死ですよ。」
「洒落にならないな、それは……。」
「ま、その時は大喬をよろしくお願いしますね。忍さん。」
「だったら今度、剣を教えてくれよ。」
「ええ、退院したらすぐにでも。」
彼はニコリと微笑むと頷きを見せた。
その後、僕と黒田君は大喬さんも交えて雑談をした。
だがすぐに彼は見回りがあるから、と席を立ったので、僕と大喬さんは頑張れ、などと声をかけてその後ろ姿を見送った。
そして、それが僕の見た、最後の彼の生きている姿であった。
ハヤブサです。
前回は黒田君、見せ場なしで死んでしまいましたので、今回は見せ場を設けました。
そして、絶賛死亡フラグ点灯中です。
で、忍君は大喬さんとラブラブしています。
ちょっとこの辺も改訂前とはシナリオを変えていますね。
何かありましたらご意見、ご感想下さいまし。