龍馬さんとの決闘
「―――はい?」
僕は思わず聞き返していた。
今、見ず知らずの人から勝負を挑まれた?
「何、特に大変なことではないし、命の取り合いではないから安心してくれて構わない。」
随分尊大な言い方で龍馬と名乗った青年は言った。
「明日で構わないですか?中野さん。」
「明日の予定はないだろ?光。」
「え、ええ、そりゃないですが……。」
「んじゃ、決まりだ。頼んだぞ。龍馬さん。」
「了解です。」
僕が拒否する前に二人は話を決めると、龍馬さんはさっさと立ち去ってしまった。
「―――という訳だ。光、明日まで身体を休めておけ。」
先生も無情にもそう言うと、立ち去ってしまった。
「……ええぇ?」
後には呆然とした僕が取り残された。
「全く、はっきり断っちゃえば良かったのに。」
「だけどねぇ……。」
町の中の石造りの住居。そこが僕に宛われた休む場所であった。
ベッドと椅子しかない簡易な部屋だが、まぁ、休む所があるだけまだマシと考えるべきか。
そして、僕は実体化した精霊と話していた。
僕はベッドに腰掛けた状態で、視線をチラとそちらにやる。
そこには長い黒髪で茶色い目をした少女が椅子に腰掛けていた。
水色の和服に身を包んでいるが、その和服の丈が短いデザインのせいで、その綺麗な足が眩いばかりに僕に存在意義を訴えてきている。
そして、その少女は何とも整った顔をしており、昔の人が言った大和撫子を絵に描いたようであった。
「―――何よ、じろじろ見て。」
と、僕の視線に気付いて精霊は不機嫌そうに言った。
「いや、不機嫌そうだなーって思って。」
「あんたのせい。あんな乱暴な使い方をするからよ。」
「悪かったな。」
僕はそう言いながら苦笑してスッと手を伸ばして、彼女の頭を撫でた。
さらさらとした髪の感触が心地よい。
「な、何よ!急に撫でたりして!」
と、突然、精霊は狼狽えながら飛び退いた。
「あ……嫌だったか?」
「い、嫌じゃないけど……。」
「だったら、撫でさせてくれよ。」
「何であんたなんかに……。」
「僕が主人だろ?一応。」
「う……だったら、私に名前ぐらい付けなさいよ!」
精霊は長い髪を手で梳きながら少し顔を赤くして言った。
「名前?」
「そ。人間の名前。」
「そうだねー、じゃ、ポチ?」
「殺すわよ!」
ビュンッ!
僕は鼻先に回し蹴りが通過した、ということに気付くのに数秒かかった。
ドッと背中から冷や汗が噴き出る。
「わ、悪かった、真剣に考える。」
「さっさと考えなさいよね。」
「分かっているって。」
僕は少し焦りながら頭の中に彼女と関連のあることを広げた。
青龍刀……。アオイ?いや、どうも源氏物語のイメージが強い。僕はそんなハーレムを臨まない……。たつ……なんて名前つけたら確実に蹴られるだろ?
いや、ここはファルシオンから……そうだな、ファルっていうのも良くないから……。
「シオン。ファルシオンから取ってシオンだ。」
僕は答えを導き出すと、彼女は小首を傾げた。
「シオン?」
「ああ、シオン。カタカナで書いてシオンだ。可愛らしいだろ?」
「ん……まぁ、この名前を使ってあげる。」
彼女はどこかむず痒そうな表情で微笑んだ。
「じゃ、よろしくな、シオン。」
「ええ、よろしく、忍。」
僕が手を差し出すと、シオンは眩い笑顔を浮かべて僕の手を取った。
その手は柔らかく、温かかった。
そして、翌朝。
僕はシオンを腰に下げて外に出ると、町のはずれで龍馬さんが待っているのが見えた。
(すっかりやる気ね。)
(仕方ない……か。)
僕が来ないのではないのか、などという淡い期待を捨てながらため息をついた。
そして、彼の元に歩いていくと、彼はすぐに僕に気付いた。
「ああ、忍君。じゃあ、始めるかい?」
「はい。」
龍馬さんは鎧もつけず、簡易な装備だけだ。
まぁ、僕も先生から支給された胸当てと臑当てが主で構成された鎧しかつけていないのだが。
僕が構えを取ると、龍馬さんは刀を抜いてじっとその構えを見た。
次の瞬間、龍馬さんの身体がふっと消えた。
―――え?
(来る!)
シオンの声で我に返ると、地を蹴って後退した。
その瞬間にはその場に龍馬さんがおり、すでに地を蹴っていた。
ガキンッ!
咄嗟に突き出した青龍刀が龍馬さんの刀とぶつかり合って火花を散らした。
「なかなかだ。―――だが!」
龍馬さんはそう言うと同時に踏み込んできた。
僕は足を踏ん張ってそれに耐える。
と、次の瞬間、ふっと加重がなくなり、身体が宙に浮いた。
龍馬さんが刀を外して脇に避けたのだと理解するのに少し時間を有した。
「くっ!」
僕は咄嗟に地面に手をついて体勢を立て直そうとしたが、すでに遅い。
ズドンッ!
凄まじい衝撃が背中から腹に突き抜けた。
「かはっ……!?」
肺から全ての空気が押し出される。苦しい。
地面に叩きつけられた僕は、力を振り絞って仰向けとなった。
そこには龍馬さんが足を振り上げて降ろそうとしているのが見えた。
まずっ……!
僕は反射的に地面を手で掴むと、足を踏ん張りブリッジの体勢となった。
そして、そこから一気に腕を伸ばし、地を蹴り飛ばした。
ブリッジからの倒立。そのエネルギーは止まることを知らず。
「がっ!?」
そのまま龍馬さんの顎を僕の踵が直撃した。
俗に言う、カポエラキックだ。
僕はそのまま足をついて再び構えを取ると、龍馬さんは頭を振りながらこちらに向き直った。
「柔軟な身体だ。それにその技も素晴らしいな。一瞬の機転だ。」
「中野先生のおかげですよ。」
僕は苦笑して言った。
あの先生は体育の先生なのだが、やることなすことがスパルタで、この前の空手の授業もただひたすら殴り合いを続けるという物なのだ。
しかも下手に手を抜くと、先生と組み手というサービス付き。
僕はその時にカポエラキックを習得したのだが、あれは正直洒落にならない。
「―――しかし、まだ勝負は終わっていない。行くぞ!」
「はい!」
僕と龍馬さんは同時に地を蹴る。
その瞬間、とすっと音を立てて、何かが目の前に落ちてきた。
―――いや、降り立ってきた。
「―――これは腕が立つようだ。」
僕と龍馬さんの間に降り立った何かはそう呟きながら笑った。
手足が長く、毛が体中からぼうぼうと生えている。まるで獣だ。
僕は急停止しながら訝しげにそれを見る。
「―――貴方は……?」
「私は邪神様の部下、出右衛門と申す者。」
そいつは丁寧に名乗りを上げると、僕に視線を投げつけた。
「お命頂戴致す。」