格闘家の美少女
「何ですって?中に罠が……。」
「だから忍さん達はなかなか帰ってこなかったんですね。よくその罠から抜け出せましたね……。」
喬姉妹が驚くのを見ながら僕らは中であったことの報告を終えた。
「しかし、そうなると中野さん達はこの巣のどこかに閉じこめられている、ということですよね。」
黒田君は小首を傾げて言う。牧人はコクンと頷いてしかめっ面をした。
「さて、どうするかな?この巣のどこにいるか分からないぞ……?」
「いや、分かるよ。」
僕はニヤッと笑って言った。
「え?」
一同、一斉に僕の方を向いた。
僕は無言で地面を指さした。
そこには無数の馬蹄がある。
「あー、なるほど。これを辿っていけばいいのね。」
小喬さんはコクコクと頷くと、先立って進み始めた。
「ああ、僕が先頭を行くよ。何か奇襲があったら危ないだろう?」
「あら、ありがと。」
くすくすと笑う小喬さんの前を牧人は前に進み出て歩いた。
そして小喬さんの後ろを大喬さん、そしてしんがりを僕と黒田君で歩いていく。
馬蹄は真っ直ぐガーゴイルの巣の中に続いていた。
黙々と僕らはその後を辿っていく。
と、牧人が突然、立ち止まった。
「ここで足跡が途切れている。」
「ん……。」
僕は頷くと辺りを見渡し、程良い大きさの丸太を見つけるとその上にポイとそれを載せた。
すると、ぐるんっとそれは勢いよく回転して丸太は見事に落とし穴の中に消えていってしまった。
黒田君がすかさず閉じきらないように、近くにあった棒を差し込んでその回転落とし穴の蓋を固定した。
「大丈夫ですかー?先生。」
僕はその穴を覗き込んで言うと、その穴の中から声が響いた。
「おー、忍か?すまんなぁ、ロープを垂らしてくれんか?」
「了解。」
僕は先程使ったロープを穴の中に垂らしていっている最中、突然、黒田君が険しい声を出した。
「―――どうやら、これも罠らしいですね。」
僕はロープを垂らす手を休めずに視線を出入口方向に向けると、そこには見飽きた怪物達がひしめき合っていた。
「―――仕方ない。じゃあ、大喬さん、ロープを……。」
「いえ、ここは。」
スッと小喬さんが僕の言葉を遮って言った。
「私にお任せを。」
「え、しかし……。」
牧人が戸惑ったような顔で言うと、小喬さんは微笑んで彼の鼻をつんと突いた。
「女だからって侮っちゃいけませんよ?」
そして、彼女はガーゴイルの群れに向き直ると、低く腰を落としました。
「―――大丈夫ですよ。牧人さん、忍さん。」
黒田君は微笑んで言った。彼の視線の先で小喬さんがゆっくりと動き出す。
「彼女は―――。」
「はっ!」
次の瞬間、彼女は鋭く掌底を突き出した。
そしてその延長線上にいるガーゴイルは皆、吹き飛ぶか砕け散った。
「彼女は格闘家なんです。しかも闘心使い。」
黒田君は自慢げに言う。だが、僕はその闘心が何かは分からない。
「おや、あれはかなりの闘心使いだな。」
と、そこで穴から這い出てきた中野先生は戦闘の光景を見て言った。
「何ですか?闘心って。」
僕が訊ねると、先生は穴に顔を突っ込んで、来いや、と叫んでから僕の方を向き直って説明をした。
「闘心というのは戦う気力の塊だ。一種のオーラ、と考えても良い。それを相手にぶつけるなり何なりして戦うのが闘心使いって訳だ。」
「へぇ……。」
「ちなみに、町が占拠された時に大人しく捕まっていたのはお姉さんが人質に取られたからだそうです。」
つまりは、戦闘のプロだった訳か。人質さえ取られなければほぼ最強の。
小喬さんは華麗に戦っていく。ガーゴイルを圧倒し、傷一つも負わない。
その間に罠に掛かった武田さん達は一人ずつ這い出てきた。
そして、全員が出てくる頃には、彼女は全てのガーゴイルを打ち倒していた。
「ざっとこんなもんですかね。」
小喬さんは笑顔で言いながら最後の一匹のガーゴイルの首根っこを持ち上げた。
「ひぃ……お助け……。」
「全員出ましたか?」
「ええ、御陰様で。」
「それでは。」
ゴキッ。
小喬さんは笑みを絶やすことなく、右手で掴んだ物を握りつぶすと言った。
「そろそろ出立致しましょうか。」
「そう言えば、大喬さんと小喬さんは付いてくるんですか?」
僕らは一旦、町に帰還すると、中野先生は二人に訊ねた。
そう聞きたくなるのもわかる。二人とも大きな荷物を持っているからだ。
僕らは中野先生の脅し……もとい、頼みで荷物を運んでいた。
食料や武器、火薬など……意外と質量のある物ばかりである。
「そうですよ。その方が良いでしょう?」
「それに父上から預かっている物もあります。」
大喬さんと小喬さんはそう言うと、中野先生に箱を手渡した。
「これは……。なるほど、了解致した。」
中野先生は一つ頷くと、それを持ってどこかへ歩いていった。
「何を渡したんですか?」
僕が荷物を運び終えると二人の元に行って訊ねた。
二人はくすりと笑みを漏らすと、大喬さんが言った。
「まだ貴方に話すことが出来ない話です。直に中野さんが話してくれますよ。」
―――どうやら、極秘のことらしい。
僕は不服に思っていると、背後から声が響いた。
「おおい、光、こっちに来い!」
「あ、はい!」
また雑用かな?
僕はそう思いつつもそちらに駆けていく。
呼んだ主、中野先生は町の出入口にいた。
そこには武田さんが率いる仮面の騎馬隊とは異なる別の騎馬隊がいた。
顔を布で覆い隠している。
―――ここの騎馬隊は顔を隠すのが風潮なんでしょうか。
と、僕は思っていると騎馬隊の先頭にいた人が馬から降り、顔に巻いている布を取り外した。
なかなかの顔をしている青年だ。俗に言う、鼻も整っており顔の形もすっきりしている。世の中はこのような人を美青年と呼ぶのだろう。
「この子が例の……?」
「そのようだ。」
「しかし……何かの間違いでは?」
「いや、彼女はこいつを選んだ。」
―――何を話しているのだろうか?
とにかく、中野先生とその青年は話し込んでいる。
「ならば、確かめてみれば良い。青年。」
「はぁ……分かりましたよ。」
話がついたようだ。青年は僕の方を向いて言った。
「私は龍馬。ここの騎馬隊の指揮をしている。」
「―――僕は忍です。」
「ふむ、忍君か。では早速で悪いんだが……。」
龍馬と名乗った青年は鋭く僕を射すくめて言った。
「手合わせ願いたい。」