昔話と精霊の協力
「行ってきます!」
「おお、行ってらっしゃい。」
僕は兄と共にその日、元気よく出かけた。
家にいた叔父は微笑んで僕らを送り出す。
兄との久しぶりの外出に僕は心が躍っていた。
「ねー、ねー、お兄ちゃん、彼女とかできた?」
「俺達、根暗には彼女は出来ねえよ。」
「えー、お兄ちゃん根暗じゃないよ。」
「いいや、俺は『影』だ。光という姓に似合わぬな。お前の方がまだ明るいさ。」
「―――分からないや!」
「まぁ、そうかな。少し経てば分かるさ。」
兄弟は他愛もない会話をしながら歩いていく。
そんな中、交差点の真ん中で犬が倒れているのが見えた。
「あ、わんこ!怪我している!」
僕はパッと駆け出してそれを慎重に抱え上げた。
「危ないッ!忍!」
僕は気付かなかった。
いつも小学校では交差点では気をつけるように、と言われていたのに。
時折、帰ってくる父親は口を酸っぱくして気をつけろと言っていたのに。
僕の右手の方向から物凄い速度でトラックが走ってきていた。
クラクションを盛大に鳴らしながら近づいているそれを、僕はぼさっと突っ立って見ていることしかできなかった。
が、その時。
「ぬんっ!」
そんな声と共に背中を強く押される感触。
僕は交差点の中央から弾き飛ばされていた。
そして、その後ろには僕を可愛がってくれた兄が―――。
ズドン。
***
「―――即死だったらしい。」
「なるほどな……。」
「葬式も叔父の計らいで盛大に行われたよ。」
僕はそれだけ言うと、目を閉じた。
(―――つらいわよね。大事な人をなくすのは。)
(ああ、魔術師になれば、どうにかなるとちょっと思っていた。)
「―――そう言えば、忍のお父さんは?叔父さんばかり出て来ていたけど。」
牧人は話題を変えるように言う。僕は苦笑いを浮かべて答えた。
「知らないよ。最後にあったのは兄さんの葬式の時だけだ。」
「―――そう、か。」
彼は、しまった、という顔をして黙り込んだ。
僕はまたしても苦笑を浮かべると、上を見上げた。
「そろそろ動こうか。」
「そうだね。ちょっと術を使ってみるよ。」
牧人は頷くと、土の印を組んだ。
「土陣、《土流壁》!」
牧人の術に呼応して地面が蠢き、段差を作った。
―――三〇センチの。
「……ごめん。」
「いや、気にしなくて良いよ。」
牧人にしてはらしくない失敗ばかりだな。
僕はそう思いながらその段差に上って上方を見た。
まだまだ距離は足りない……か。
「肩を貸してくれ、牧人。」
「お、おう。」
僕の声に牧人は頷くと、その急斜面に身体を預けた。
僕はその背中をよじ登り、彼の肩に乗ったがあと一メートル以上も距離がある。
「さて……届かないな……。」
僕が悩んでいると、不意に声がした。
(助けてあげよっか?)
(うん?まぁ、助けてくれるなら助けて下さい、って話だけど。)
(私を頭上に持ち上げて柄頭を捻ってくれる?)
(え、何で?)
(助けて欲しければさっさとやりなさいよ。)
(お、おう。)
僕は戸惑いつつも精霊の指示通り、青龍刀を頭上に持ち上げると柄頭を捻った。
すると、カチリ、という小気味よい音と共に柄頭が回った。その途端に辺りに眩い閃光が辺りに満ちあふれた。
「う……。」
僕が目を閉じた瞬間、ふわっと手に温かく柔らかな感触がした。
眩い閃光が収まると同時にその感触は離れた。
僕は慌てて真上を向くと……僕の肩の上にすらっと綺麗な足が乗っていることに気付いた。
視線を上に向けると……僕の上に女性が乗っていた。
その女性はパッと僕の肩を蹴ると、素早く落とし穴から抜け出した。
そして、パラッと穴の縁からロープが下りてきた。
「よし。」
僕はそれを掴むと一気によじ登っていった。
そしてその後ろから牧人もよじ登って行く。
僕らが落とし穴の外にはい出ると、ロープを垂らしてくれた女性はため息をついた。
「貴方達、本当に馬鹿ね。」
「そりゃ失礼。んで、確認するけど……。」
僕は苦笑しながら自分の考えを裏付けすべく問うた。
「あんた、剣の精霊さんだよな?」
「そ。詳しい説明は後ね。面倒なのが、ほら。」
精霊はくいっと顎で出入口の方向を示す。
僕らが視線をそちらに向けると、大勢のガーゴイル達が一斉に怒号を上げて雪崩れ込んできた。
「―――面倒だが、やるか。」
牧人の声に僕は首を振って微笑んだ。
「どうせだ。連中の脳みそを精一杯振り絞った罠を利用してやろうじゃないか。」
僕がそう言うと、牧人は怪訝そうな顔をした。
「精霊さんよ。剣に戻れるか?」
「もちろん。」
精霊はコクンと頷くと、自らの手首を捻った。
すると、彼女の身体が透けてその場に青龍刀が現れた。
自由落下するそれを空中で受け止めると、それの柄にロープをくくりつけた。
(悪い、少し乱暴な使い方をする。)
僕はそう言いながら青龍刀を天井に振り上げた。
(え、何……きゃああああああああああ!)
彼女は可愛らしい悲鳴を上げながら天井にぐさっと突き刺さった。
僕は牧人に目配せすると、彼は悟ったようにコクンと頷いた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げて突っ込んでくるガーゴイル。
僕と牧人はそいつらをギリギリまで引きつけて―――。
たんっ。
軽く跳躍した。
そして天井の青龍刀から垂れるロープを掴んだ。
「うああああああああああああああああああ!」
ガーゴイルが僕らの真下を通り過ぎると同時に雄叫びは悲鳴に変わった。
僕らがさっきまで落ちていた落とし穴に連中が凄まじい勢いで落ちていったのだ。
凄まじい勢いで突っ込んでいく石のような怪物達を見送ると、牧人は先にストッと降り立った。
「雷陣、《魔雷槍》。」
そして、彼は雷の印を組んでそう唱えると僅かに残っていたガーゴイルを見事に全て射抜いた。
「さっすが、牧人。しかし、雷も使えるんだな。」
「試したら使えたからね。」
僕が地面に降り立ち、ロープをぐいと引っ張ってファルシオンを手元に戻しながら言うと、牧人は微笑みながら懐より扇を取りだした。そしてガーゴイルが落ちている穴の中を覗き込む。
「さて……お仕置きの時間か。」
牧人はそう言うと同時に瞳の色が変わった。
全てを呑み込むような漆黒の瞳。
その虚無感に僕は吸い込まれるような感覚を覚えて身震いをした。
「炎陣、《竜炎業火》!」
次の瞬間、彼が薙いだ扇から凄まじい高熱の業火が噴き出た。
彼の後ろにいる僕も真夏のキャンプファイアーの近くにいるような熱風を感じた。
そして、それは真っ直ぐその落とし穴の中に飛び込んでいく。
「うああああああああああああああああああああああ!」
穴の中から阿鼻叫喚が響く。
―――絶対、中を見たくないな。
そんな中、牧人はゆっくりと振り返って僕を見た。
その瞳は、いつもの温厚の光を宿しており、いつも通り、優等生スマイルを浮かべていた。
「さぁ、行こうか。先生達を助けないと。」
「お、おう。」
僕は少しぎこちなく頷くと、牧人と共に出口へと駆け出した。