ゴーグル9:ゴーグル君家をはられている
「また会ったな」
出来たらこんな形で会いたくはなかった、と言ったらどうなるだろうか。
会長さんはゆっくりとした歩みで僕の正面に立つ。近くで見ると本当に小さい。多分百四十センチ台だろう。おまけに顔立ちもあどけない所が目立ち、とても年上には見えなかった。
「それにしても、いきなりご挨拶じゃないか」
「え?」
一瞬僕の考えていたことが顔に出ていたのかと泡食ったが、どうもそっちじゃないらしい。
「わたしは別にストーキングをしていたわけではない」
「そうなんですか?」
どこからどう見てもそうとしか判断できなかったのだが。
「当たり前だ。わたしをストーカーなどと…… こんな侮辱は初めてだ。憤死するかと思ったぞ」
「それはすいませんでした」
俯仰天地に恥じるところなど何もないが、形だけの謝罪というのも時として必要だ。
「わたしはいつも、彼女の家で物乞いをしているのだ」
「物乞い?」
「簡単に言うと、夕食をたかりに来ている」
ああ、やっぱり僕は悪くないんじゃないだろうか。ストーカーと何ちゃって托鉢、どちらが迷惑かというのは僕には判断しかねるところだけど。
「む? なんだその目は。わたしの両親からキチンと彼女の家に食費は入っている。問題は無い」
なるほど。そういうことか。となると会長さんとお姉さんは家族ぐるみで仲が良いのだろうか。
「事情はわかりました。じゃあ何でコソコソしていたんですか?」
「わたしはこう見えてもシャイだからな」
ふうん。
「信じていないようだな。深く傷つく」
「……」
さっきから帰るタイミングを計っているのだが、この会長さん、何気に隙が無い。僕が足を出すと、彼女の方もさりげなく立ち居地を変えて、道を塞いで帰そうとしない。こっちとしては、事情もわかったことだし、もう関係が無いのだから、どいて欲しいのだが。
「賠償を要求する」
「なんですか。謝ったじゃないですか」
「いや。駄目だ。心がこもっていなかった」
そういうところは鋭いらしい。案外と面倒くさい。
「じゃあどうすれば良いんですか?」
「わたしに夕食を馳走したまえ」
「嫌です」
新手のカツアゲに近い。本当に厄介な人間に掴まったらしい、とようやく実感した。
「とは言え、君がわたしの食事を食べたせいで、わたしの夕飯がなくなったのも事実だ」
ひょっとして僕がゴーグル君のお宅でご馳走になったカレーのことだろうか。だが、どうして僕が食べたと知っているのだろう。疑問に思うとほぼ同時に、彼女がスカートのポケットに手を突っ込む。妙にふくらんでいるそこを、嫌な予感がしつつも見ていると、双眼鏡が出てきた。……普通に犯罪じゃないか。
「肉まんを三十二個おごれ」
「嫌ですよ。僕今二千円しか持っていないし」
「わかった、大幅に譲歩して、三つでいい」
ううん。考えてしまう。通販なんかでよくある手法に近い。最初に少し高い値を言っておいて、値下げと称して妥当な値を言ってくる。今ならこの価格で提供しますという白々しいヤツだ。
それにまんまと乗せられたようになるのも業腹ではあるのだが、無下にするのも忍びなかったりする。知らなかったとは言え彼女の食事を僕が平らげたということらしいから。というか、水中家は彼女の分の食事を考慮していなかったのだろうか。それを僕にあげてしまうというのは、あまりに無体じゃないか。
「どうするのだ? 嫌だというなら、今から警察に行って夕食を掠め盗られたと届け出るが?」
「ちょ、ちょっと」
何と恐ろしいことを考えるんだ。
「わかりました。わかりましたよ」
結局よくわからぬまま屈した。異様に悔しい。
「わかれば宜しい。御崎君」
「……よく貴方が生徒会長になれましたね」
せめて嫌味を言うが、会長さんはさして気にした風でもなく、ひらひらと小さな手を振る。
「わたしは別にやりたかったわけではないのだがな」
予想外の答えに、僕は面食らう。やりたくもないのに生徒会長なんて役職におさまる事態が全く想像つかない。
「美咲君が生徒会をやりたいと言うから、手伝いとして立候補したに過ぎない」
この場合のミサキ君というのはお姉さんのことだろう。
「結果としては彼女を当選させることには成功したのだが…… 書記を希望していたわたしを何故か生徒会長に是非という声が沢山寄せられた」
「へえ。なんでなんですかね」
早く帰りたい。さっさとコンビニに歩き出せば良いのに、会長さんはどうも話に夢中だ。
「いやらしい話、わたしは見ての通り、愛くるしい容姿をしているだろう?」
「ほんっとうに、いやらしいですね」
「それで、多分男女問わず、そういう要望が上がったのだろう」
困ったものだ、と大袈裟に肩をすくめてみせるが、どうも満更でもなさそうだ。
「なるほどなるほど。じゃあ早く行きましょうか。コンビニってここからだと何処が一番近いですかね」
「君は、冷たいヤツだな。もう少しゆっくり話をしても良いだろうに。御崎君?」
さっきからよく喋るが、お喋りが好きなんだろうか。いや。堰を切ったように言葉が口をついているような様子に、一つの推測が成っていた。
この人、多分あんまり友達が居ない。少し話しただけでよくわかったが、こんな外見で、性格はかなりアレだ。多分、友達というよりは観賞用というかマスコットというか、そういう扱いを受けているんじゃないだろうか。猫科の肉食獣と同じで、遠目に見る分には可愛らしいが、あまり進んで近づいていくのは、ちょっと。そんな感じで接する人が多いんじゃなかろうか。何を隠そう、僕も出来たらそうしたい。
とはいえ、邪険にするのも可哀想な気もする。仕方ないから、少し話してみることにするか。
とりあえずは、僕の呼称だが……
「その御崎君ってのやめませんか? お姉さんと混同しそうで気になるんです」
「ふむ。丁度わたしも君と同じことを考えていたよ」
小さな腕を組んで、会長さんは唸りだす。しかしすぐに豆電球が浮かんだらしい。
「ミサキックス」
「無理です」
「ミサンガ」
「パスで」
「ミサケン」
「ううーん。なしですね」
「ミサエ」
「危ないこと言うのやめてもらえないですか」
「ミサイル」
「話になりません」
「アレも駄目、コレも駄目では、話が進まないじゃないか」
「もっとマシなのにしてくださいよ。というか、あだ名じゃなきゃダメなんですか?」
「というと?」
「普通に、御崎って呼び捨てでも良いし」
ちょっとわかりにくいけど、呼び捨てにされるほうが僕で、君付けがお姉さん。それで良いのではないかという気がしてくる。というかもう御崎君でもいい気がしてきた。どうせ、彼女と会うことなどこの先そう何度も無いだろうし。
「いや、君付けをしたい。わたしは誰だってそうしている。そうしないとわたしの中の何かが死ぬ」
大袈裟な人だな。この際そのよくわからないこだわりは死んだらいいじゃない。というか、待てよ。
「じゃあさっきから考えてたニックネームの後に君を付けるつもりだったんですか?」
当然という感じで頷かれる。
「……」
「何だ?」
「普通に下の名前で呼んでもらえないですか?」
「それはわたしと結婚したいということか?」
「全然違います」
「だが、異性を下の名前で呼んでいると、そのうち妊娠すると聞いたことがある」
「……」
プツと何かが自分の中で切れる音を聞いた気がした。よく頑張ったほうだと思う。
「じゃあもう何でも良いです。肉まん買いに行きましょう」
「ふむ。わかったよ。ミサキオス君」
僕らはやっと歩き出した。




