ゴーグル7:ゴーグル君テストを受ける
「どうだった?」
テスト初日が終わった。別室で教官と二人で受けていたゴーグル君が帰ってきたので、第一声聞いてみた。ちなみにその別室と教室の間を往復する間は、担任の鏑木先生にお願いしている。
「どうだったもなにも。あの教師は早くクビにならないものかな」
「また何かされたのかい?」
「うん。僕のゴム紐の調節部分を指でピンピン弾くんだよ」
そう言えば運ばれているとき、何か喘いでいたいたような気がする。ゴーグル君はそこの部分が弱いようだ。性的に。
「君が運ぶように掛け合ってくれないかい? もう嫌だよ、あいつは」
「ううん。とは言え、僕もテストを受けなきゃいけないし」
「君も別室で受けられるように話してみれば」
「無理だよ。僕は口頭でやる必要なんて無いんだから」
ゴーグル君が言葉に詰まったような雰囲気があった。最初は僕の言葉が理に適っているものだから、反駁できなくなったからだろうと思った。だが、少し考えて、ゴーグルである己が身を憂いているのかもしれないと思い当たった。彼だって好きでゴーグルに生まれたわけでもないだろう。彼だって自分の手で筆記具を持って、皆と同じ教室で同じ方式で受けれるものなら、受けたいんじゃないだろうか。
「ごめん」
口をついて謝っていた。
「いや、いいんだよ。わがまま言ったのは僕だ」
「……」
「帰ろう?」
「あ、うん」
ゴーグル君を持ち上げる。
別件で少し気になったこと。ヒモの長さを調節する部分。そこを少し撫でてみる。
「あ、ああ、うん、あ」
ゴーグル君が甘い声を出した。
下駄箱でお姉さんと合流した。
「こんにちは。テストはどうだった?」
「はい。お姉さんに教えていただいた箇所が、寸分違わず出て逆に気味が悪かったです」
「そう。それは良かったわ」
お姉さんはニコリと笑う。彼女はほんの少し顔がポチャッとしているので、笑うとえくぼが出来る。
「今日も良かったら来る?」
「え、ええ。お邪魔でなければ」
僕は結局ゴーグル君とお姉さんの勉強会に同席させてもらうことにした。そうして、テスト勉強に励んだ。ちょっと頑張ってみようと思ったのだ。
遠慮が無いでもなかったが、始めてみると、これが中々はかどるもので、つい毎日のようにお邪魔してしまった。何より、勉強会というのは、少し付加的な高揚があった。大義があって、いつもならそれぞれ自宅で過ごす時間まで友達と居るというのは新鮮味があった。お姉さんとも普段より多く話し、それもまた新鮮だった。
「おいでよ。僕と姉ちゃんだけじゃすぐに見苦しい骨肉の争いが起こるし、君は緩衝材としても役立っているんだよ」
「こら、眼鏡。浅ましいわよ」
緩衝材。まあそういった役割をこなしている自覚はあった。彼らは仲の良い姉弟だが、普通のそれらより距離が近い。それはゴーグル君のことを考えれば仕方の無いことだろうけども。
まあそんなわけで、喧嘩もよくする。時々本気で心配になるくらいに本音で言い合う。例えば、そんなんだから彼氏の一人も出来ないんだ、とゴーグル君が嘲った時のお姉さんの瞳に宿った烈火を僕は忘れられない。逆に眼鏡はわたしが居ないと何も出来ないクセに、とお姉さんがキレた時は、言いすぎなんじゃないかとはらはらした。
だけど、そんな僕の心配もよそに、どんなに激しく言い合っても、しばらくすると勉強を開始して、何気ない会話を交わしながら、徐々に戻っていって、いつもどおりになって…… またしばらくしたら喧嘩する。
そんなことを繰り返しながら、決定的には壊れない。
「御崎君。折角だからガッカリマン買って帰ろうよ」
なんだかんだで、あのシールを一番熱心に集めているのは、ゴーグル君だった。
「またアンタは無駄遣いしようとして。駄目でしょうが。ラーメンのスープに漬けるわよ?」
「横暴だよ。ブース、ブース」
「ブ…… 誰がブスよ! もう怒った。ドブ川に捨てて帰る」
こんな風に、目を離してなくてもすぐに喧嘩する。
「健二郎君も、変なもの買わないでよ? 眼鏡の言うことなんて聞かなくていいんだから」
何故か矛先がこっちに向いた。
二人と一ゴーグルで道を歩く。アブラゼミがジイジイとやかましく鳴きあっている街路樹を歩いていると、いやがおうにも汗が噴く。シャツの襟元を持ってパタパタ扇いでいると、お姉さんがこっちを見ているのに気付いた。僕が視線を合わせると、慌てたように前を向きなおす。
「何ですか?」
「あ、いや。男の子は良いわね」
「あー、姉ちゃんが色気づいた。御崎美咲になる気だー」
「そ、そういうんじゃなくて! 人目を気にしないで、ああいうこと出来るのが良いなって。そういう意味で言ったのよ!」
色気づいたのかは知らないが、確かに女の子は不便だなと思う。っていうか、そう言われてみれば、僕とお姉さんが結婚したら彼女の名前は悲惨なことになるのか。まあ、どうせ僕はまだ結婚が出来る歳ではないから。いや、そういうことでもないか。
「おや。ミサキ君じゃないか」
何を話したら良いか思案していたところで、背後から声を掛けられる。少し低いが、女の人の声に聞こえた。
振り返ると、どこかで見たことのある顔があった。くりくりとした大きな瞳が印象的で、背も低く、幼い印象を受ける。どこで見たんだったか。だが少なくとも、どこで記憶したにしても、こうして気軽に声を掛けられる程の間柄を彼女と僕は築いていない。つまり知り合いではない。
「ああ、会長じゃない。今帰り?」
すぐ横に顔を向けると、お姉さんも立ち止まって振り返っていた。ああ、美咲と彼女の下の名を呼んだのか。そしてお姉さんの言葉を聞いて、僕も件の人物と記憶の中の顔と合致させることに成功した。生徒会長だ。
「ああ。テストはどうだった?」
「うん。まあいつも通りよ。優勝するわ」
「はっは。その意気や良し」
優勝の意味はわからないけど、他にも疑問点がある。会長は確か三年だから、お姉さんからしたら、学年的にも立場的にも目上ということになる。仲が良い、ということなのだろうか。
「会長さんは姉ちゃんのソウルメイトだからね」
ゴーグル君が僕の思考を読んだように説明をくれる。
「幼馴染なのよ。幼稚園から一緒よ」
お姉さんも補足。
「ところで?」
その渦中の会長さんが僕に視線を向ける。
「ああ、えっと。一年の御崎健二郎です。ええっと、お姉さん、水中さんとはええっと」
言葉に詰まる。ゴーグル君を通して知り合ったが、僕とお姉さんを友達と称して良いのだろうか。
「ふむ。そこの腹話術のゴーグル絡みで知り合ったのか?」
会長さんは僕の手の中のゴーグル君にチラリと視線をやって言う。
「腹話術?」
「ああ。美咲君は昔から上手かったからな」
「ええっと?」
お姉さんを見る。首を左右に振った。よく意味がわからない。とりあえず僕は事実を告げてみる。
「ゴーグル君は、その…… 腹話術なんかじゃなくて、自分で喋っているんですよ?」
「はっは。美咲君の影響か? まあそういう設定だったな」
設定って。
「いや、本当に彼は喋っているんですよ?」
「はっは。ゴーグルが喋るわけないだろうに。まあ白けさせないように、そういう設定が必要なのはわかるさ」
会長は高笑い。
その後も何度か真実を教えたが、終始こんな調子だった。分かれ道に差し掛かった所で、左に行く僕らに別れを告げて、右に曲がっていった。




