ゴーグル5:ゴーグル君寄り道する
ゴーグル君と繁華街の方まで足を伸ばしていた。あまり堂々と話していると、僕の方が変な目で見られるので、彼とサシで出かけるときは注意が必要だ。ちなみに、放課後の寄り道をしようという話なので、お姉さんを誘うわけにもいかなかった。まあなし崩し的に形骸化しているのが実情ではあるが、一応校則で寄り道は禁止されていたりする。規範たる彼女に率先して破らせるのも気が引けるというものだった。
「どこへ行こうか?」
「ゲーセン行こう」
「ゴーグル君お金持っていたっけ?」
「カバンに財布が入っているよ」
ゴーグル君の持ち物は他の学生とさほど変わらず、弁当用のペットボトルと学生鞄。プールがある時はタオルなんかも持参している。いや、持参というかお姉さんが持ってくるんだが。そしてこうして帰りを一緒するときは、それらの所持品は僕が持つことになる。
だから、鞄の中に財布が入っているのは知っている。最初はそんなに無用心に教えてしまっていいのかという余計な気を回したのを覚えている。何せ誰よりも盗難が容易い相手だろうから。でも、これは完全に取り越し苦労で、彼の財布の中身を見てとても侘しい気持ちになったのを今でも鮮明に思い出せる。
「財布って言っても、ゴーグル君の財布の中にはおはじきばかりが入っているじゃないか?」
そう。開けてみて、色とりどりのおはじきを見つけたとき、僕はどういう顔をしたのだろうか。一応お金もあるにはあるが、雀の涙ほどの小銭が幾らかあるばかり。お姉さんいわく、必要になったら自分が出すのだから持たせていても危ないだけ、ということらしい。ごもっともである。
「そうは言うけど、百円玉が三枚くらいはあるはずだよ?」
「それは緊急用の電話代だろう? 駄目だよ使っちゃ」
もしかしたら、お姉さんとも、僕ともはぐれてしまって、途方に暮れる日がやってくるかもしれない。そうなったとき近くの人を捕まえて、というか呼びかけて連絡を取ってもらう。そういう想定の下に渡されているものだ。
「えー。僕マージャンしたいよ。UFOキャッチャーもしたい」
「どっちも信じられないくらい思い通りにならないよ? つまらないよ?」
というか三百円じゃ、どっちも満足に出来ない。そもそもどっちをやるにしても僕が操作するのだけど、それで良いのだろうか。
「そんなことを言って自分だけ面白い思いをする気なんだろう? 何と言う捻じ曲がった根性をしているんだろう」
ちょっとムッとしてしまう。僕は一応彼の身の安全を考えて使うなと言っているのに。
反論の言葉を頭の中で組み立てていると、ゴーグル君が小さく声を出した。何かを見つけたらしい様子に、思考を中断する。
「見てよ、あれ」
ゴーグル君は指がないので、こういうとき何処を指しているつもりなのかわからないのが不便だ。大抵はレンズの向く方向を見れば何とかなるので、今回もそうする。
見覚えのある、しょぼくれた猫背を見つける。
「デクレシェント伊藤君じゃないか?」
「ファルセットだよ。ファルセット伊藤君」
余談だが、ファルセット伊藤君という呼び名は、春先にあった合唱コンクールで、彼が白目を剥きながら壮絶なファルセットを口から放ったことに起因する。今でも夢に出てくるというクラスメイトも居るくらい、強烈なインパクトを残した。
「何をやっているんだろう?」
「風俗にでも行くんじゃなかろうか?」
「いや。ひょっとするとカツアゲされた帰りかもしれない」
もっともらしい憶測を交わしながら、彼の方に近づいてみる。あまり接近しすぎてまた白目を剥かれても困るので、少し離れた位置から声をかけてみた。
「ファルセット君、何やってるの?」
「え? ああ、御崎君か」
「僕も居るぞ、すっとこどっこい」
「ああ、ゴーグル君も一緒か」
ファルセットは、見たところ僕たちと同じように、学校帰りのようで、制服姿で学生鞄を持っていた。駅前の噴水広場のベンチに腰掛けている。一体何をやっているのだろうか。その姿ときたら、まるっきり不審者のそれだ。ちなみに教師に話すときと僕ら同級生に話すのではキャラが結構違う。いやらしい。
「何をやっているんだい? 帰らないのかい?」
「いや、それがね」
ファルセットは言いづらそうにしていたが、だけど好奇心の虜となった僕たちから逃れられないと悟ったのか、やがて語りだした。
「俺さあ、今日塾なんだよ」
「ふうん。じゃあ早く行けば良いじゃない?」
「それがあまり行きたくないから、こうしているんじゃないか」
「つまり意気地がなくて、堪え性もなくて、だけど親の期待を無下にするほどの覚悟も持てずに、プラプラとボウフラのように無為に過ごしているってこと?」
「そこまで言わなくても良いだろう?」
ゴーグル君はファルセットには時々容赦がない。いつも茶化されている分、仕返しできる時にはきっちりやるのだ。
「でも、こんな所に居て、親御さんに見つかったりはしないのかい?」
僕の方も疑問を振る。
「俺んちは共働きだからな。少なくとも今は都心さ」
なるほど。
「親が必死に働いている時、息子は塾をスキップか」
「そういうこと言うのやめろよな」
まあ言い方はどうあれ、事実は事実。ゴーグル君の方が分があるだろう。
「はあ、まったく。変なのに掴まっちまったぜ。しょうがないから行って来るよ」
ファルセットは立ち上がって、足元に置いていた缶コーヒーを一気にあおって、立ち去っていった。
僕たちは、その背を見ながら、何となくゲーセンの気分ではなくなってくる。
「帰ろうか、僕らも」
「そうだね。なんだか僕まで勉強しなくちゃって気になってきた。そういや、今日の分のノートをコピーさせておくれよ」
ゴーグル君はいつも僕が取ったノートをコピーしている。彼は字は読めるが書けない。
「うん。コンビニエンスに寄って帰ろうか」
学校でやればタダなんだけど、事情は先生も知っているので職員室のコピー機を特例で使わせてもらっている、なんだか明日でもいいや、とはならなかった。
まだ僕らは一年生だからそれほどでもないかと呑気に構えていたが、三年間なんてあっという間だろう。合唱だというのに一人奇声を発していたようなクラスメイトでも、ああやって将来と向き合わされているのだ。僕ももう少し危機感を持ったほうが良いのだろうか、と知らず焦燥感を煽られていた。
ふ、と手の中のゴーグル君を見る。彼はこの先、どういう進路を辿るつもりなのだろうか。ゴーグルでも出来る仕事というのはあるのだろうか。彼はひょっとすると、僕以上に将来への不安というものを感じているのかも知れない。
「どうしたんだい? 早く行こうよ」
「あ、ああ。そうだね」
少し早足で、駅前を後にした。




