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ゴーグル3:ゴーグル君お留守番する

ここで折角なのでゴーグル君のお姉さんについても、少し触れておきたい。まず名前なのだが、水中美咲みずなかみさきという。この事実を告げれば、誰もが僕と彼女の互いの奇妙な呼称に合点がいくかと思う。お姉さんの方は、僕を苗字で呼ぶと自分の名前を呼んでいるような錯覚が起きておさまりが悪い。逆に僕は彼女の名前を呼ぶと自分の苗字を呼んでいるようでよくわからない気分になる。かといって水中さんと呼ぶのも、なんだかゴーグル君と混同しそうでやはり嫌だ。だからお姉さんは僕を「健二郎君けんじろうくん」、僕はお姉さんを「お姉さん」と呼ぶ。妥当な落とし所かとも思うが、実際はなんだか僕の方だけ一方的に壁を作っているような感じもする。

お姉さんはゴーグル君とはトシゴで、つまり二年生だ。二年生の中では、非常に学業の成績が良いらしく、またその兼ね合いがあるのかは知らないけど、生徒会の役員もしているらしい。書記だとか聞いたような気がする。

このお姉さん、中々良い人で、僕は結構好感を持っている。僕と彼女を結び付けているものがあの非常識な存在なので、甘酸っぱい類のものではないのだけど。面倒見が良く、既述の毎朝の日課についても嫌な顔をしているのを見たことがない。彼女の方から言わせれば、他人でありながらあれこれと面倒を見る僕の方こそ奇特なのかも知れないけど、これまた既述の役割があるので、僕としては義務を忠実にこなしているにすぎなかったりする。

さて。ここまでお姉さんについて、あれこれと考えてみたが、どうしてかという所がまだだった。

僕とお姉さんは、休日を利用して、一緒に街へ出ていた。スポーツ用品店で入用があったのだ。

「ごめんね、付き合わせちゃって」

「いえ、僕にも責任の一端はありますから」

「ああ、でも眼鏡に聞いたら、健二郎君が気に病むようなことではなさそうだったけど?」

「いえ、それでも、僕はまあ彼の友人でもありますし」

責任が仮になかったとして、厚意がある。

店の自動ドアを二人並んでくぐる。七月に入って暑さをいや増している外気から断絶されて、冷房の効いた部屋に入った瞬間の爽快感といったらない。これこそが夏の醍醐味だと思っているくらいだ。

「眼鏡のヤツ、ナウいのを買って来いなんて、色気づいちゃって」

そうそう、説明が途中になったが、彼女と連れ立ってこんなところまでやって来たのは、ひとえに彼女の弟が駄々をこねたことに端を発する。


例のレンズピキャー事件から、一日経って、突如彼女から電話があった。ゴーグル君がゴーグルなもので、緊急時用に互いに連絡先は教えあっていたが、電話が掛かってきたのは初めてだった。少し驚きながら、ゴーグル君の身に何かあったのかと慌てて出ると、お姉さんのやや緊張したような固い声が返ってきた。

どうも、レンズを新調したいのだが、お姉さんが予備として置いておいたものを彼が御気に召さず、違うものを買ってきて欲しいなどと世迷言をほざいたそうだ。「ナウいやつ」なんて漠然とした希望だけ伝えられて、途方に暮れて僕の方へ連絡を寄越したらしい。男の子の方が感性が近いだろうということで、同行を頼まれた。

律儀というか、弟に甘いというか。そんなの無視して勝手に彼のレンズを付け替えればよいものを。そんな風にも思ったが、全く逆のことも思った。僕が同じ立場でも、彼の言葉に従ってただろうということだ。ゴーグル君は、自分では自分の破損した部分を付け替えることも出来ない。意向を汲まずにやるのは簡単だけど、それではゴーグル君を物扱いしている気がして、良心の呵責がちょっと半端ない。例えば意志を持った赤子が居たとして、こんなオムツはいやだ、もっとパリッとしたのが良いと主張したとして、それを無視してシナシナのをつけるのは可哀想だ。多分そういうことなんだろう。


「ねえ、こんなのどうかしら?」

お姉さんが一つ僕のもとへ持ってくる。黄色がかったモノだ。ナウいかどうかはわからないが、中々良いデザインに思える。だけど。

「ううん」

「あまり良くない?」

「ゴーグル君、多分口ではナウいのが良いって言ってるけど、本当は機能性の優れたヤツが欲しいんじゃないかと思うんです」

「そうなの? どうしてそんな風に思うの?」

「ゴーグル君、最近まぶしくて仕方ないってぼやいていたんです。失明したとか不謹慎な嘘をついたこともありました」

「まぶしい、って? 周囲の人たちがまぶしく映るとかそういうことじゃなく?」

「太陽らしいです」

「そうなの?」

「ええ。最近夏めいてきて、とてもまぶしいと言っていました」

「そんなこと、あたし初めて聞いたわ」

「きっと、お姉さんに言うのが恥ずかしかったんですよ」

「そうなのかしら? 恥ずかしがることじゃないと思うけど」

ひょっとすると、弱音を漏らしたように取られるのが嫌だったんじゃないか、と僕は思う。或いは心配かけたくなかったのか。お姉さんに付いて来なかったのもその所為かもしれない。

「やっぱりあたしには意味がわからないわ。でもそういうことなら健二郎君に付き合ってもらって正解だったということかしら」

「男ってのは、女親とか女兄弟に心配されたり気遣われたりすると、とても居心地が悪くなったりするものなんですよ」

僕は結局、暗めの色彩のものを選んで進めた。黒は太陽熱を集めて暑そうだが、まぶしさは軽減されるかもしれない。いや、赤の方が良いのかな。まあどうでもいいや。こんなものはプラシーボだ。

「そうだ、折角だからゴムひもも新しいのを買って帰ってあげましょうか」

「え? 言われていたんですか?」

「いや、そうじゃないけど。ゆるゆるになっていたでしょう? 何だか小汚くなっているし」

「ああ、言われてみれば」

退色して腐ったゴムみたいに汚らしかった筈だ。ゴムの本来の機能としても、伸びきってあまり用を成していない気がした。

「でも、彼は誰かにかけられるのは嫌がるじゃないですか? あまり替える意味はないような?」

用を成さないと言っても、人の頭に掛けるわけじゃないのだから、別段まずいことにはならない。

「でもアレ、しょっぱい匂いがするのよ。赤白帽のゴムひもと同じような」

嫌じゃない? と同意を求められる。僕が何とも言えずに黙っていると、

「折角だから買っていきましょう。そうね、レンズが黒味がかってるから、同じように黒とか赤系統なんかもいいわね」

楽しそうに笑って勝手に話を進めてしまう。多分、実際楽しいのだろう。いつまでも手のかかる弟。着せ替え人形のようにされるゴーグル君の姿が目に浮かぶ。いや、着せ替えゴーグルか。

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