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さいゴーグル:ゴーグル君おかえり

結果から言うと、僕が野良犬に攻撃されることはなかった。一つ、大きな声がして、僕も野良犬も反射的にそっちを見たからだった。公園を駆けてくる二人の女の子。

「この薄汚い駄犬が! 眼鏡から離れなさい!」

お姉さんが声の限りに、犬をけん制している。

そうして、近くの石を掴んだかと思うと、こっちへ投げつけてくる。幾つかは野良犬に当たるが、ほとんどが僕の腹や腕を捉えた。それでも一心不乱に投げつけるお姉さんの鬼気迫る様子に恐れをなしたのか、それとも人間複数を相手取るのは危険だと判断したのか、はたまた単に当てられた石が痛かったのか、野良犬は思いのほか潔く尻尾巻いて逃げていく。

「眼鏡!」

お姉さんは、投石の勢いのまま、僕を素通りして茂みの中へ突っ込んでいく。

服が汚れるのも気にせず、木の枝を掻き分け、ゴーグル君をつかみ出すと、泣きながらその胸にかき抱いた。

「バカ! 何やってるのよ、もう。どれだけ心配したと思ってるの?」

「姉ちゃん」

「レンズもこんなに汚してしまって…… 帰ったら洗わなきゃいけないじゃない」

一瞬、それはゴーグル君のせいじゃないと弁解に回ろうと思ったが、それより早くゴーグル君が謝った。ごめんなさいと、しおらしいそれは、いつもの憎まれ口を叩く弟からはかけ離れたものだった。

「お母さんも、卒倒するほど心配してたのよ! アンタって子は、本当に……」

「……」

「本当に…… 無事でよかった」

震える声のまま、そう呟くと、後はもう言葉にはならなかった。強く、強く抱きしめた指先が白くなるほど、姉弟は抱擁し続けていた。

玲奈がトントンと僕の肩をたたく。彼女もまたもらい泣きしたらしく、目が少し赤くなっていたが、それでも優しい顔で静かに首を横に振った。僕もその意図を理解して、二人連れ立って公園を後にした。



「何にせよ、良かったね」

「うん。一時はどうなるかと思ったけど」

僕と玲奈は、そっと公園の入り口まで戻ると、飽きずに抱き合う姉の姿をずっと見守っていた。

「血まみれだよ、健二郎」

「うん。お姉さんが投げた石が幾つか絶妙な角度で入ったみたい」

「勲章だね」

「やめてよ。僕は結局何も出来なかったんだから」

「そんなことないよ。ゴーグル君を見つけられたじゃない」

「はは、偶然だよ」

「偶然でも、頑張ってたからだよ。それに、彼だってきっと感謝しているよ」

「……親友だからね」

親友が居なくなったら見つける。それが偶然によるものだって、何だっていい。

「良かったね」

「ああ、良かった」

「美咲も腹話術が出来なくなっちゃうところだったもんね」

「君はまだそんな……」

言いかけて、彼女を見ると、茶目っ気たっぷりに笑っていた。だけどすぐその笑みは引っ込んで、真剣な瞳になった。

「わたしも頑張るよ。今なら大丈夫だと思うんだ」

「……ああ。僕もついてる」

姉弟が落ち着いたら、話してみよう。大丈夫、きっとうまくいく。ゴーグル君の為に必死になって探していた玲奈、きっと今までの些細な行き違いなんて一瞬で溶けてしまって、仲良くなれるはずだ。

お姉さんがそっと立ち上がるのが見えた。こちらを振り返ると、まだクシャクシャの顔に笑みを浮かべた。夕日が照らすその顔は、幼くも強く、綺麗だった。

何か忘れている気もするが、こうして夏の終わりの失踪劇は、大団円のまま幕を閉じた。



~おしまい~

しょうもないものにお付き合い下さりありがとうございました。

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