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ゴーグル24:ゴーグル君失踪する

その電話がかかってきたのは、夏休みも大詰めという、八月の二十九日だった。

玲奈に教わりながら、しこりのように残る難問に取り掛かり、宿題という遺恨を一掃している最中だった。

無機質な呼び出し音。もっと何か可愛い着信音を設定したらどうかと玲奈にいつも言われているが面倒で放置したままのそれが告げるのは、お姉さんからの着信。

「あれ、お姉さんからだ」

「……ふうん。電話するような仲なんだ?」

目が笑っていない玲奈に、苦笑いしながら、通話ボタンを押す。

「もしもし。どうしました?」

「あ、健二郎君? 今大丈夫かしら?」

お姉さんの声は、小さく震えている。明らかに楽しい話ではなさそうだ。僕もそれを受けて、思わず居住まいを正した。

「あのね。そっちに眼鏡お邪魔してない?」

「ゴーグル君ですか? いえ、今日は約束もないですよ」

「そう……よね。わたしに黙って健二郎君が連れ出すわけないものね。やっぱり」

「……」

嫌な予感がする。

予感と呼ぶにはもう少し具体的である。そもそも僕とお姉さんが番号を交換したのは、共通の相手、即ちゴーグル君に何かあった時の非常連絡手段という名目によるのが最初である。

「ねえ、どうしよう? 眼鏡が居ないの」

鉛を飲まされたような気分だった。

今にも泣き出しそうなお姉さんの声に、何とか今からすぐそっちに向かうという返事だけ出来た。


事情を聞いた玲奈が、わたしのせいだと言う。自分が彼を認めないような発言を繰り返したために、逃避行したのだという。

違うと僕は言う。そこまで彼は弱くない、と付け足した。

何より、ゴーグル君が一人で家出など出来るはずがない。彼はせいぜい部屋の中を少し動ける程度の、行動能力しかない。そんなことを言った後に気付いた。そんなことにすら、すぐに思いあたらないほど焦っているのだと、その後に気付いた。

僕自身混乱をきたしている。沸き起こるのは疑問。

どうして? いつから? 何か事件に巻き込まれた? お姉さんの庇護下を離れて? 考えられない。彼女が一人でゴーグル君を外に置いていくなどありえない。

次いで起こるのは自戒じみた感情。

僕が、彼の数少ない友人たる僕が、彼を放置して、玲奈とばかり遊んでいたから? いつか振り払った思いが、ブーメランのように返ってくる。

いや、やっぱり冷静さを欠いている。ゴーグル君はだから、それほど弱くないって。それに、独力で家出をすることは出来ない。さっき考え至ったことではないか。落ち着け。でも、だったらやはりゴーグル攫いに遭ったのか。事故か何かに巻き込まれたのか。それもまた、ありえないと結論付けたじゃないか。とにかく僕が慌てても仕方がないんだよ。一にも二にも、まずお姉さんとおばさんと合流して話を聞いて、それからだ。

ぐるぐると同じ場所を行ったり来たりするバカになった思考回路を打ち切って、玲奈と二人、水中家への道を急いだ。


出迎えたおばさんは、顔面蒼白だった。改めて、冗談でもなく、夢でもなく、現実に起こったことだと認識させられる。警察には既に捜索願を届け出たらしい。すぐに見つかるから、と気丈に振舞おうとしたおばさんが浮かべた笑みは、こっちの胸が抉られるほど弱々しいものだった。

二階に上がると、ゴーグル君の部屋でお姉さんが、小さな声をあげながら泣いていた。

「あ、健二郎君。玲奈も来てくれたの」

僕たちの来訪に気付くと、おばさんと同じように痛々しく笑った。こういうところは、やはり母娘なのか、と関係のないことを少し思った。

「それで?」

事実関係を洗おうと、お姉さんに問いかける。

たどたどしく、時折嗚咽のようなしゃくりあげを挟みながら、彼女が話してくれたのは以下のような内容だった。

本日の朝がた、ゴーグル君の部屋を訪ねたお姉さんはそこで、彼を見つけられなかった。朝ごはんに、階下まで連れて行くためだ。首をかしげながら階下に下りて、おばさんに聞くと、先程ミネラルウォーターを与えたということだったので、なるほどと特に心配をするでもなかった。今部屋に居ないのは、僕と遊びに出かけたのだろう、くらいに思った。運の悪いことに、お姉さんは今日は起きるのが遅く、チャイムに気付かなかったのは、眠りが深いためだったのだろうと思い込んでしまった。その時点でおばさんに、僕がゴーグル君を連れ出したかどうかをキチンと尋ねるべきだったと後悔交じりにお姉さんは続けたが、仕方ないことだと思う。僕がゴーグル君と遊ぶのはそう珍しいことでもなく、日常の中に溶け込んだ事態について、人はいちいち確認しない。その時点で失踪を推知できているわけでもないのだから、誰が責めよう。

昼になっても、一向に帰宅の気配のないゴーグル君に、お姉さんはやっといぶかしむ。僕と遊んでいるとき、彼に何かしらの水を与える食事というのは、僕が代行することも多々あるのだが、そういう時は大抵、自分が与えるので必要ないという主旨のメールを送る。二重に用意させては申し訳ないので、そこらへんはキチンとやっている。

そのメールが来ないことに、一抹の不安を覚えたお姉さんは、おばさんに尋ねる。眼鏡は? と。部屋に居ない? と尋ね返す彼女に、ついに不安は現実のものとなる。自分が寝ている間に、僕が訪ねたのだったら、おばさんはこういう質問はしないはず。僕に連れられているわけでもなく、家に居るわけでもない。となると……

家中ひっくりかえす程の大捜索の末、やはり見つからない。おばさんはすぐに警察へ届け出る。お姉さんは駄目もとで僕への確認の電話を入れる。それが例の、電話だったというわけである。

今に至る。

「……」

お姉さんの説明が終わると、僕たちは一様に暗い顔をして、押し黙った。お姉さんもおばさんも出来ることは全てやってしまった後で、ゆえにゴーグル君の失踪は決定的だった。

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