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ゴーグル22:ゴーグル君プールへ赴く

続いて電話したのは、お姉さん。やや硬い声だったが、僕のお願いを快諾してくれた。

皆の都合が合う日というのを調整する必要があるだろうかと思ったが、夏休み中の学生の予定なんてあってないに等しく、すぐに折り合いがついた。次の土曜日ということで、アポイントが取れた。

これで、計画の舞台は整った。この段になってまで、僕はこれが二人にとって、本当に良いことなのだろうかと自問したい気持ちがあって、つくづく優柔不断なのだと実感させられたが、それは余談。だって、ルビコンはすぐ目前まで来ていて、もう渡りきる以外に道はないのだから。まあ正確には水の中で遊ぶのだが。


「玲奈。次の土曜日。皆で市民プールに行くことになったから」

「この時期なら、少しはピークを過ぎて人も少ないかもね」

「うん。豚小屋のようにひしめいてはいないはずだよ。その分、ゴーグルと話していても、奇異の目で見られる機会も少ないはずだ」

八月も終わりに向かっているこの頃、多少はマシになっているという話を、ファルセットに聞いた。学生たちは、宿題に追われる時期で、七月中よりは人が減っている算段。

「でも、どうしてそんな安っぽい施設を選んだの?」

「ゴーグル君は、プールが好きだからね」

「へえ。やっぱり姿と違わずってこと?」

「ううん。水着の女の子が見れるから、って前に言ってた」

「そっか。とんだスケベメガネだね」

「それはそうなんだけど。それだけじゃないんだ」

何も彼のスケベ心を満たすというだけのしょうもない理由で選んだわけではない。

「え!? じゃ、じゃあ。健二郎も、その、わたしの水着姿が…… 見たいとか?」

「そういうことじゃないんだよ」

「何それ! 見たくないの?」

怒らせてしまった。話が進まないじゃないか。

「見たいよ。すごく見たい」

「エッチ!」

「……」

半ば予定調和な痴話げんかを、数分。

戻ってきた本題を話す頃には小腹が空いていて、一階からスナック菓子を持ってきて、談笑気味に。

「ゴーグル君は意外と理屈っぽいところがあるからね。いきなり信じることにしました、だから仲良くしましょうとやっても、どういう風の吹き回しかと疑るかもしれない」

「健二郎も結構理屈っぽいと思うけど」

それの真偽は今は置いておいて。

「そこで、プールというわけさ」

「無視したー」

「玲奈。さっきから、横道に入りすぎだよ?」

「うう」

彼女もまた、頑張ってみると約束してくれたが、自信がないのかもしれない。だから、話をちょくちょく妨害するのかも。

「で、どうしてプールだと、疑われないの?」

「彼を水につけると、呼吸の泡が浮くだろう?」

「そうなんだ」

「うん」

これは、学校のプールの授業で予習済み。あ、やっぱり息はしているんだ、と失礼なことを考えたからよく覚えている。

「とにかく、僕がゴーグル君を水中に沈めるから。そこで、玲奈が叫ぶんだ」

「何て?」

「泡が出ているだとー! これは腹話ゴーグルではなく、本当に生きていたのかー!」

「……」

「完璧でしょう?」

「白々しくない?」

「そこは、玲奈の演技力にかかっているよ」

「えー。肝心なところ丸投げじゃない」

それを言われると辛いのだが、実際、彼女に頑張ってもらうのが一番スマートだ。僕のお節介に端を発しているとは言っても、結局は当人同士の話になってしまうわけで。そう考えると、僕はすごくズルイのかもしれないと、ちょっと自己嫌悪の迷路。

「まあ、頑張るけどさ。ちゃんとフォローもしてよ?」

「うん。それは勿論。まわりで囃し立てるよ!」

こうして、計画もチリバツ。

今日は、玲奈の発声練習と、演技練習。そういうことをやって、暮れていった。



そうして迎えた土曜日。いわゆる一つの決戦の日である。

午前八時に起床。玲奈との待ち合わせの場所までつつがなく移動、合流。シケた市民プールへと速やかに移動。そこで水中姉弟と落ち合う。

「こんにちは。お久しぶりね」

「お久しブリーフ」

それぞれ挨拶をくれる。僕たちもそれに応じ、世間話もそこそこに、施設内へ入る。

更衣室は湿度が高く、非常に蒸した。ゴーグル君なんかは、レンズが曇りだす始末で、家畜小屋家畜小屋とうるさかった。

先に着替えを済ませた僕と彼は、一足先にプールに入ることにする。

「ぬるま湯につかっているようだね」

「うん。気温自体も高いからね。夏だから仕方ないよ」

ちなみに、今の状態を説明すると、波もないわけだから、水面にゴーグル君を浮かべて、話している。やはりどの部分とは判然としないが、気泡が上がっている。

「どうだい? その後」

「え? 何が?」

「会長さんとはうまくやっているのかって聞いているんだよ」

「あ、ああ。大体は」

「ふうん。もうチューくらいはしたのかい?」

「いきなり下世話だね」

「何だよ。ケチケチするなよ。減るもんじゃなし」

「……したよ」

「ヒューヒュー」

「……昭和みたいな囃し方やめてよ」

「いいじゃないか。特権だよ、特権。独り身のね」

ゴーグル君が、意味深な調子で言う。ゴーグル君は…… 彼は、人間の女性と付き合うということは、やはり無いのだろうか。それならば、ゴーグルの女の子と付き合う? 居るのだろうか。僕は生まれてこのかた、彼以外に喋るゴーグルに出会ったことはないのだが、どうなのだろうか。

もし、居ないのなら、彼はずっと独り身なのだろうか。彼の家族が死んでしまった時、彼は本当に天涯孤独ゴーグルとなるのだろうか。

短絡的に可哀想、とは思わない。実際僕だってこの先どうなるかわからない。今は玲奈との未来を考えるけれど、もし首尾よく彼女と結婚したとして、浮気をして殺されるかもしれない。離婚するかもしれない……

考えすぎだな。どうしてこう感傷的というか、悲観的なことに思考が埋没しかけるのだか。やめよう。彼の未来も僕の未来も、遠すぎて、まだまだ学生の時分に考えても仕方ないだろう。

「あ、女性陣がやってきたよ。あんまり遅いから、年が明けるかと思ったよ」

ゴーグル君の声に、顔を上げると、入場口付近に見知った顔二つ。お姉さんと玲奈が水着姿で消毒液まみれのシャワーを浴びていた。

よくわからない思考に囚われている場合じゃない。いよいよ、僕のお節介な計画の賽は投げられるのだ。

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