ゴーグル21:ゴーグル君計画を巡らされる
それからの日々は、やはり玲奈主体の生活を送っていくことになった。
そんな中で、僕は一つの計画を立てた。人によってはお節介はなはだしい真似かもしれない。だけど、僕は僕の我が侭で、やはりその計画を遂行したいと思った。
まずは彼女に話を聞いてみるところから始まる。
今日も今日とて、自室でゲームをしたりテレビを観たりと、学生の長期休暇らしい過ごし方をしながら、切り出してみた。
「玲奈。君はどうして、非科学的なことが嫌いなんだい?」
「え?」
クッションに沈み込むようにして座っていた玲奈は、雑誌から目を上げて、吃驚したような顔でこっちを見た。
「どうしたの突然? お昼に食べたソウメンが脳に逆流した?」
「そんなんじゃないよ。そんな事故があるなら、おちおち素麺なんて食べれないじゃないか」
僕はコントローラのスタートボタンを押して、ポーズする。そうして、あらためて彼女に向き直った。
「ただちょっと気になったんだ」
もう少しさりげなく切り出せれば良かったんだけど、仕方ないことか。何せ、彼女の弱点とも呼べそうな領域に踏み込もうというのだから。
「うーん。そうだねえ。だって、怖いでしょう。あの野人なんて、ワールドカップ予選でもないのに、躍動してたじゃない?」
「まあ、そうだね」
別件だが、彼女があの事件を引きずっていないことが、ちょっと僕を安心させる。
「それに、どうして怖いかって考えると、わたしたちの常識で計れないからだよね」
「そうかもね。未知の存在に対して、恐怖を抱くのは当たり前のことかもしれない」
「……」
僕が考える以上のことは、彼女の口からは聞けそうもないかもしれない。一般論の範疇での話。
ばれないように小さく息をついて、僕はテレビ画面に目を戻しかけて、玲奈がまだ何か言おうとしているのに気付いた。じっと彼女の顔を見る。小さな唇が、ややあって動いた。
「……というのは建前、なんだ」
建前。もっと違う理由があるのだろうか。
「健二郎だから言うんだけど」
と、前置き。
「わたしね、小さな頃、めっちゃでかいホタルに追いかけられたことがあるの」
「ホタル?」
「うん。健二郎は、オオゴキブリというのを見たことがある?」
「普通のゴキブリより大きいの? というか、お昼に食べたソウメンが口から逆流しそうな話題はちょっと勘弁して欲しいんだけど」
「まあまあ。わたしも苦手なんだけど、あの大きなホタルを見た後、比較でね」
「……そう」
「昆虫というのが、どれくらい大きな個体が存在しているのか、調べてみる過程でさ」
「それで?」
「実際、確かに大きいみたいだけど、わたしが見たホタルとは比べるまでもなかった」
「そんなに大きかったの?」
「うん。三メートルはあったと思う」
「三メートル!?」
玲奈は神妙な顔で頷く。子供の頃に見たものだから、実際はもう少し小さかったかもしれない、とは気休め程度に言ったが、彼女の両親も三メートルはあったと証言していることから、事実なんだろう。
玲奈は、小学生に上がるかその前か、くらいの年端もいかないころ、両親に連れられて、避暑で長野県に旅行に行った。そこで、現地の人にホタルが見える川があるという話を聞き、見に行った。
最初は、小さな個体が数匹連れ立つように、飛び回っていて、発光するケツにきゃっきゃっと喜んでいたらしい。しかし、すぐに背筋が凍りつくような不吉な羽音を聞いたという。最初、ヘリコプターでもホバリングしているのかと思ったというほど、大きな風きり音。
黒色の大きな生き物が滑空し、川面を荒々しく波打たせ、久保田一家は恐慌状態に陥ったそうだ。父親に抱き上げられ、車に乗り込む。後にも先にも、あれほど父が慌てふためくのを見た事がないという。
苛立ったような手つきで、父がエンジンをかけた時、玲奈はつい振り返ってしまった。巨大なホタルが、こちらに向かって飛んでくるのを見てしまった。それはとてもこの世のものとは思えない光景で、幼い彼女にですら明確な死への恐怖を抱かせたのだという。
ホタルは数十メートルは追いかけてきたらしいが、飽きたのか、車には追いつけないと判断したのか、しばらく走った後、振り切ったのだとか。まいたとわかった時の、母の心底安堵した顔を、玲奈は未だに鮮明に思い出すことが出来るらしい。
「……これが全部」
話し終わると、玲奈は軽く体を震わせていた。僕は謝りかけて、それより先に、そっと彼女の体をかき抱いた。細くて小さくて、力を入れたらポッキリ折れてしまいそうな、玲奈。今よりももっと小さかった頃に、そんな恐怖体験をしていたとは、つゆとも知らなかった。
「ごめんね。嫌なこと聞いたね」
頬に口づける。彼女の方も、しがみつくように僕の体に腕を回してた。
しばらくしたら、玲奈の震えも止まった。どこかバツが悪そうな雰囲気だったが、それは僕が感じるべき気負いであって、彼女が気に病むことは何一つ無いと思った。
「……どう思った?」
空気が完全に重くなる前に、こうして話しかけてくれる。こういう所こそ、彼女の美点だろう。
「長野怖い、と思った」
「うん。わたしももう二度と行かない。で、本当だと思う?」
カラッとした笑い。気を使わせてしまっているのが申し訳ない。だから努めてやさしく言う。
「うん。玲奈が嫌な思い出だろうに話してくれたんだ。疑うわけないよ」
「そっか…… 良かった」
きっと、野人を見る前だったとしても、僕は彼女の言葉を信じただろう。長野怖い。
「ねえ」
「うん?」
「わたしに、こういうこと聞いたってことは、ひょっとして、健二郎」
「……」
「わたしとゴーグル君を、その」
「うん。会わせたいな、って」
玲奈はこれで中々勘が良い。だから僕も虚飾することもなく、真っ向言葉を返した。
玲奈は俯いた。
「お節介、だよね」
「ううん…… わたしも、実はさ。このままでいいのかなって、ずっと思ってた」
「……」
ゴーグル君は確かに、得体の知れないところがある。どうやって動いているのか、どうして喋れるのか、どこが本体なのか、どうしてガッカリマンシールが好きなのか。説明のつかない所は多々ある。
それでも、僕の友達で、お姉さんの弟で、玲奈の幼馴染だ。
仲良くして欲しい。僕のエゴだろうけど、心底思ったのだから、仕方ない。
彼の面白いところ、彼の優しいところ、色んな良い所を知って欲しい。
「わたし、頑張ってみる。健二郎は…… 支えてくれるよね?」
「玲奈…… うん!」
大きく頷いた。
この物語はフィクションです。長野県はとても良い場所です。




