ゴーグル18:ゴーグル君ほとんど関係ない
「会長さんは、ゴーグル君のこと、実はわかっていたんですね」
「うん、気付いたのは高校に上がって少し後だったけど。偶然、美咲君の家に遊びに行ったとき。わたしは、彼女と談笑中、お花を摘みに行ったのね? そうしたら、誰も居ない筈の部屋から、声が聞こえたの」
「なるほど」
「美咲君は、部屋に居るはずだし、おかしいなと思ったの。でも確かに聞こえる。おっぱい魔人参上、おっぱい魔人参上、ってしきりに繰り返す声が」
「何ですか、おっぱい魔人って」
「わたしもわからなかった。だから、戻ってすぐに美咲君に聞いたら、おっぱいレスラーとか言う映画を弟に見せて欲しいと言われて、借りてきて映してそのままにしているって」
お姉さんはそれを、どんな気持ちで借りてきたのだろう。というか、ゴーグル君は一体何を頼んでいるんだ。
「ちなみに、健二郎君もそういうのを、その、見たりするの?」
答えにくい質問が。うらむぞ、ゴーグル君。
「あまり見ません。僕は、どっちかっていうと、その、小さいほうが好きですから」
「……そう、なんだ」
会長さんがモジモジしだす。胸の前に手をやって、それから下ろして。挙動不審極まりない。
あ。そうか。今僕は社会的にも状況的にも、不適切な発言をしたのだ。何とか誤魔化そうと考えて、咄嗟に言ったものだから、考えていなかったが、会長さんの胸も慎ましやかだ。
「と、とにかく、それでゴーグル君の存在を認識するに至ったわけですね?」
「う、うん。そうなるかな」
「だったら、どうして未だに腹話術だと思い込んでいるフリをしているんですか?」
「……だって」
「だって、何ですか?」
「今更、わたしが信じることになったって言っても、あの姉弟は混乱するでしょう? 今まで十年以上信じてこなかったのに」
「……」
なんとなく、なんだけど。会長さんは嘘を吐いているんじゃないかと思う。本当は、どう接していいかわからないんじゃないだろうか。今まで頑なに存在を否定し続けた相手に、今更どの面下げて、仲良くしましょうと言えた義理なのか、と。
「さてと、話を本題に戻しましょう」
「うん」
「会長さんは僕が好き。結婚まで考えている、ということですよね?」
「……うん。改めて言葉にされると恥ずかしいなあ。というか、どうして健二郎君は平気そうなの?」
「平気というわけじゃないですけど」
何とも現実感が少ないというか。未だ本当の意味では、現状を理解していないのだろう、と思う。何せ、女の子に告白されたのは初めてだし、付き合うとなるともう未知の領域もいいところで、結婚なんてもっと何年も先の話だと思っていた。
「とりあえず、僕はまだ結婚が出来る歳でもないし、そこまで考えるのは難しいです」
だから正直に話してしまう。
会長さんの顔が、少し歪む。泣き出してしまう前に、僕は慌てて言葉をつなぐ。
「だけど、付き合うというのは、お受けしたいと思います」
「え?」
「いや、こういう言い方は駄目ですね。会長さん、僕とお付き合いして下さい」
不思議とすらすら言葉が出てきた。むしろ、今ここで言う言葉はこれしかない、というような気すらしていた。
僕はきっとお人よしなんだろう。少なくとも、もし仮にここで断ったとしてもこの先、会長さんとも関わっていくことになるだろう。そしてそんな中で、彼女が他の人間にあまり良い顔をされない場面に出くわしたとき、恐らく僕は何とかして慰めようとする。そうなると、彼氏という立場の方が、より彼女に優しく出来そうだ、なんて思う。第一、根本的な話をすると、こんなに明け透けに好意を示してくれているのに、断るということが出来そうにない。要約すると、守ってあげたい。曇った顔が見たくない。つまり好きなんだろう。この人のことが、自分でも気付かないうちに、好きになっていたんだ。
「本当に?」
「ええ。お願いします」
何度もこくこくと頷くと、感極まったらしく、会長さんは涙を流す。やっぱりこういう所を見せられると弱い。いつも気を張っている彼女は、実は本当は支えてくれる人間を必要としていたのだと、自然に察せた。その大役を仰せつかったのは名誉なことだと思うし、期待を裏切らないようにと気合が入る。
「さてと、まずは名前で呼んでみて?」
「えっと、会長さんは何て名前でしたっけ?」
「別れる?」
「冗談です」
「わたしも冗談だよ。絶対別れないよ」
何とも気恥ずかしいやり取りだ。
「えっと、玲奈さん」
「呼び捨てが良いな」
ちょっと躊躇してしまう。あまり意識したことは無かったが、彼女と僕は、二つ違い。大人からしたら、たいした差ではないだろうけど、学園という狭い世界に通う僕たちくらいの世代だと、新入生から見ると最高学年というのは、何だか凄く成熟したように見えたりするもので。そんな相手に呼び捨てというのは難しかったりする。
「早くー。誰が聞いても、彼氏なんだろうなってわかるようにしないと。だから呼び捨て」
「……玲奈」
「うん、健二郎。これから末永くよろしくね」
こんなことになると誰が予想しただろうか。僕自身、まだ夢見心地だったりする。寝て起きたら、白昼夢でしたって言われても、そうでしたか、と返してしまいそうだ。
少し前まで、シオフキマンがどうの、粗チンがどうの、そんなことばかり言っていた僕だが、こうして会長さん、改め、久保田玲奈さんと付き合うことになった。
「けんじー。水汲んできてー。いま母さん手が離せないからー。あとちょっとで何か掴めそうだからー」
後で母さんにも報告しよう。今は水を撒くことしか頭にないだろうけど、きっと祝福してくれるだろう。多分。




