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ゴーグル13:ゴーグル君たきつける

会場が騒然となる。渦中の人、ファルセット伊藤は、司会の人と押しくら饅頭しながら、このような主張を繰り返しているようだ。

自分が休んでいる間に、勝手に不参加の表明がなされたのは不当である。ただちに自分も踊り手としての参加を求める。


「まずいよ、御崎君」

「うん?」

「まずいって。雨乞いダンスにあんな不届きな粗相をやらかしたら、ファルセット君はこれから先、学校中の敵だよ!」

「ふうん」

「御崎君! とめてあげようよ!」

正直意外だった。ゴーグル君がファルセットに対してそんな真心を見せるとは。

「むう。それだけではない! あやつ、粗チンを出すつもりだ!」

顧問が叫ぶ。

そんな……

「粗チンかどうかなんて、出してみるまでわからないじゃないですか」

「何を言っている! あんな粗チン顔をした男が居るか! まずいな。テノールバス後藤と言ったか、粗チンを出したら最後。最悪の場合、退学になるぞ!」

「うん。雨乞いダンスには不文律があるんだ。如何に昂揚しようと、下半身を露出してはいけない。それを破るということは、もうダンサーではないんだ」

それで退学という重い処分が下るのか。その以前に警察に捕まるけどな。

顧問が何事か叫んで、部下であろう、多分協会の人間たちに指示を飛ばす。早く壇上に登ってあの不届き者を捕まえろという内容だった。不測の事態に浮き足立っていた人間たちが弾かれたように、駆けて行く。

顧問は額にびっしりと玉の汗をかいていた。呪詛のように唇をわななかせながら、呟く内容は、正直理解に苦しんだ。

「雨乞いに真摯であればあるほど、つまり初心者であればあるほど、もう脱ぐしかないという間違った思考に囚われやすい。だがそれではダメなのだよ。男神たちの不興を買うばかりで、慈雨など望むべくも無い。それが見えていないのだ。こんなにも簡単なことなのに…… いや、私たち皆が忘れているのだ。日々研鑽し、深く求道する我らダンサーは、皆通る道なのに。ひたむきに情熱を胸にすればするほど、かつて自分が犯そうとした過ちに」

要約すると、初心者だった頃の気持ちを忘れてしまった、自分たちにも非があるということらしい。

「御崎君、と言ったね。君は正直、雨乞いダンスを快く思っていないだろう? 茶番以下だと?」

「はい」

「そんな君だから出来ることがある。いや、君にしか出来ないことがある。ここで、テノールバス後藤を力で押さえつけるのは簡単だ。だが、それでは彼は屈折してしまうだろう。今はまっすぐな粗チンも、右や左に曲がってしまうだろう。だから、諭してやってくれぬか? 君にしか頼めないことなんだ。後生だ」

僕にしか出来ない…… 本当だろうか。

「御崎君! やろうよ! 彼を救ってあげるんだ。こすく、浅ましい、時折カメムシのような匂いがする彼だけど、大切なクラスの仲間じゃないか!」

少し情にほだされた。彼らの言う理屈は、それこそ欠片も理解できないけど、ゴーグル君が願う内容は、とてもシンプルだ。友達を救ってやろう。間違った道に進むのなら、いくらでも現実を突きつけて、それをとめてやろう。

「御崎君!」

走り出した。僕に何が出来るのかは知らないけど、理を説こう。それくらいしか出来ないけど、顧問やゴーグル君の言うことを信じるなら、僕にしか出来ないことがある。


体育館のステージ、すぐ下にやってきた。三人がかりで両手を押さえつけられたファルセットの姿が見えた。それでも全身を器用に這わせ、腰の力だけでトランクスを脱ごうとしているようだ。もう半ケツ状態で、今にも粗チンがまろび出ようとしていた。

「ピアニッシモ君!」

「御崎君か! こいつらをどうにかしてくれ!」

「何を言っているんだ! 君は如意棒を取り出そうと言うんだろう? バカな真似はよすんだ!」

「バカはこいつらだ! もう出すしかないじゃないか! 僕はまだ技量も伴わない。だったら、情熱を。たぎる情熱を解き放つしかないじゃないか!」

「ダメだよ! 犯罪だよ!」

「知ったことか! 捕まるのなら捕まればいい。だけど、それでも雨を降らしたいんだ」

何がそこまで彼を駆り立てるのだろう。もしかすると、僕は勘違いしていたのかもしれない。雨乞いダンスを気が触れたイベントだと考えていた節がある。だけど、やっている本人たちは、ここに全ての照準を合わせて、研鑽し、何もかもを投げうってでも参加したいのだ。わからない。意味がわからない。だけど……

「そんな粗チンを出してどうなるはずもないだろう!」

「やってみなくちゃわからないだろうが」

「誰も幸せにはならない。勿論雨も降らない」

「僕は幸せになる! たとえ降らなくても、やりきったことだけは間違いないんだ。その達成感だけで、これからも誇りを持って生きていける筈だ」

「何を言っているんだ。今の君は、棒を出すことだけに執心して、人生を棒に振ることを美化しようとしているだけに見える」

「な、何を」

「棒を出すことが手段じゃなく、目的へとすり替わっているんだ! はっきり言って、性的興奮を得ているとしか言い様がない!」

「な! 御崎君、いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるぞ!」

「傷つくのは君なんだぞ!」

自分の声とは思えないほど、大きな声が体育館に響き渡った。

いつの間にか、場内には僕と彼の言葉だけが木霊しており、他の物音は何一つしていなかった。皆固唾を飲んで見守っているだけのようだ。クラスの人間も、他の学年の生徒も、教員も、彼を止めに入っていた警備の人たちですら。

皆が、僕の次の言葉を待っている。それがわかった。足が竦むような感覚と、それ以上に熱く燃える気炎が胸のうちにあった。

「誰も、見たくないんだ。君の粗チンなんて…… 天に居る神様だってそうだ」

言いたくはなかった。だけど、それでも口にしなければならない。ここに来てようやくわかった。顧問が僕にしか出来ないこと、と言ったのは、正しく僕のモノも粗末であることを見抜いていたのだ。

同じく質素である者同士にしか、彼を止める言葉は出ない、ということなのだ。

「女子は皆、笑うだろう。男子は皆、安堵の溜息を漏らすだろう。勿論雨だって降るわけがない。君が欲しい充足というのは、笑い種になって、警察に捕まることと引き換えにしてまでも、手にしたいものなのか? それでも気概を貫こうというのか? それで絶対に後悔しないのか?」

「……」

「やめよう。大きくはないのだから」

「だけど、だけど、アマゾンの人たちだって、全裸じゃないか。だから熱帯雨林が広がるんじゃないのか」

「関係あるわけないだろう!! いい加減にしろ! 科学的根拠のない妄執に囚われて、みすぼらしいものを出そう、出そうとして! 身の程を知れ!」

「そうか。やっぱり関係がないのか」

ファルセットはゆっくりと瞼を閉じた。たっぷり数秒はそうしていただろうか。

やがて開かれた瞳には、悲しみと後悔が見て取れた。押さえつけている警備の人間たちに、小さく謝って、その手をそっとどける。もう彼らにも、ファルセットが早まったことをするようには見えなかったのだろう。いとも簡単に拘束がなくなり、立ち上がる。既にズボンは半ばまで脱げていて、茂みの突端が見えていた。本当にギリギリだったということになる。

やおらズボンを引き上げた。そして、そのまま深々と頭を下げた。僕にかもしれない。或いはここに集まった人間全てにかもしれない。

でも、ひょっとすると、雨乞いをしようとした神々にも謝っていたのかもしれない。

やがて水を打ったように静かだった聴衆の中から、まばらな拍手が起きる。やがてそれらは雨がアスファルトに広がるように、ポツポツと広がり、やがて豪雨のように会場中を満たした。

こうして、今年の雨乞いダンスパーティーは、一人の少年の過ちと改心を許す、そんなフィナーレを迎えた。

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