ゴーグル12:ゴーグル君パーティーに出席する
体育館に生徒が全て集められている。黒い頭と、紺のブレザーとセーラー服が、波のように連なっている様は、壮観と言えばそうなのだろうけど、それ以上に暑さで参ってしまう。蒸し風呂だ。
司会を務めるのは、どこか外部から来た人間のようで、生徒主導で行われるものではないのがわかる。恰幅の良い四十がらみのおっさんが、スーツに身を包み、しきりにハンカチで顔の汗を拭いながら、踊り手の紹介をしていく。
「では続いて、三年D組の、園田慶介君です。では、一言コメントを頂いていますので僭越ながら代読させていただきます。天にまします神に捧げる情熱を前面に押し出し、篤く雨乞い申し上げます…… とのことです。それでは早速どうぞ」
司会の紹介が終わると、体育館の袖から、一人男子生徒が現れる。
下半身に辛うじて短いパンツを履いているが、トランクスにも短パンにも見える。上半身は当然のように裸身である。これは今までの参加者も彼とほとんど変わらぬ格好をしていたので、嫌なことに目に馴染んでしまった。
体育館のステージは、雨空を描いた美術部の壁紙に包まれており、ステージ上にはスタンドマイクが一本立っているだけという様相だが、皆一様に、マイクがあればそれでいいというスタンスだ。
踊りを奉る。最初は流麗に、厳かささえ感じられる、しずしずとした所作だ。神楽舞というのは僕はキチンと見たことはないが、大きくも優雅で、何故かシンとした気持ちにさせられるのだから、非常に腹が立つ。
「多分そろそろ変調するよ」
手に握ったゴーグル君が合図を送ったかのように、突如ステージ上の彼の動きが止まる。
次の瞬間、持っていた扇子を放り投げ、手を鞭のように背中とも腹とも言わず、体中に出鱈目に打ちつけ始める。
「きええええ、ほ、ほあ、ふぁ、ちゃ、あ、あ、ああああああああああああああ」
それが一通り終わると、奇声を上げながらステージ上を開脚前転する。回り終わると、支点にしていた両拳を上に向かって突き上げる。当然前転後なので足を開いたまま。支えを失って、簡単に彼の体は背中から落ちた。ゴツと鈍い音をマイクが拾い、頭を打ったことが窺えるが、わけのわからないトランス状態の園田君は、そのまま背中を支点にして、今度はその場で体をくるくると回し始めた。キュキュと床が擦れる音がする。
「あああああ、ほへにはー、らっらっらら、ぷぎしゃー!!」
起き上がると今度は摩擦でも起こしそうな速さで、股間の上を、両手で擦り始める。
皆見入っているようだ。ほとんどの人間が身じろぎ一つせず、ステージ上に視線を釘付けにされていた。
「あ、あ、あ、あ、アマテラス、ケチケチセズニ、アメフラス……」
突然股間を触る手を止め、くるりとこっちに背中を向け、雨空を描いたステージ奥の壁紙に向かって低頭する。そのまま膝から落ち、歌を歌い始める。三流のラップ調のようだ。先程の踊り手が演歌調の歌い方だったので、対比となっている。
歌い終えると、もう一度背中から崩れ落ちる。いつの間にかスタンドからマイクを引き抜いていたようで、最後に吐息たっぷりにこう言った。
「オールフォーレイン」
その瞬間、爆発したような拍手の嵐が起き、地鳴りのような歓声が体育館を包んだ。
園田君は、憑き物が落ちたような晴れやかな顔で拍手に一通り応えると、すぐに袖の方へ消えていった。
遠目にもわかるほどにトランクスを押し上げた勃起と、赤く皮が捲れた背中が、ダンスの激しさを如実に物語っていた。
「オールフォーレイン! オールフォーレイン! オールフォーレイン!」
いつの間にか、会場中が一体となって、スローガンを連呼していた。事前に打ち合わせでもしたかのように、一糸乱れぬ調子で、全体が完璧にはもっているようだ。
うちの学校は大丈夫なんだろうか。
「彼が優勝候補らしいね」
轟音の隙間を掻い潜るように、ゴーグル君が声をかけてくる。
「へえ、すごいね」
今晩は確か、チャーハンだったかな。鮭の身を解し、野沢菜を刻んで、ゴマを振らした一品。母さんの料理の中でも僕はかなり好きな部類だ。
「園田さんは、雨乞いダンス推薦だったし、一年の頃からすごかったらしいよ?」
「へえ、すごいね」
おかずの方は何だろうか。肉料理だと思う。あ、そういえば、帰りに卵を買ってきてくれと言われていた。卵料理なんだろうか。
「今年は集大成だとかほざいて、ダンスの日にあわせて、六キロも減量したらしい」
「へえ、それはすご」
「その通り。彼の実力は、もう既に超高校級と言えよう。それだけの実力を有しながら、驕らない意識の高さも素直に評価出来るな」
「え?」
誰かが僕たちの会話に入ってきた。誰だろうと振り返ると、小柄な老人が立っていた。落ち窪んだ眼窩とは対照的に、瞳には活力が漲っていて、背筋が曲がることもなく、凛としていた。
「あの?」
「私は全日本雨乞いダンス協会で、一応顧問のようなことをやっている、雨宮恋蔵と言う者だ。以後よしなに、な」
そんな組織があるのか。しかも顧問ということは、その道にあって、ひとかどの人物ということになるのだろうか。こっちに来ないで欲しい。
「ああ、確か、審査員をやっている御仁だよ。現役時代は、博多のアメフラシとまで呼ばれた不世出のダンサーだよ。確かタイトルを総なめにした程の実力者だよ」
「ゴーグル君、さっきから僕がひくほど詳しいのは何故なんだい?」
「ほう、そっちのゴーグルは雨乞いダンスについて少しは知識があるようだな」
僕の質問は立ち消え、突然割って入ってきた雨宮顧問に会話の主導権を握られる。
「僕もそんなに詳しいわけじゃないけど、流石に有名人ですから」
「はっは、もう昔のことだよ」
もう何でもいいか。
「それで、雨宮さんはどうして、僕と御崎君のところへ? 審査員席は用意されているでしょう?」
「なーに。ここがイマイチ盛り上がっていないようなのでな。ここは一つ私が自らダンスの見所を解説してやろうかとな。何、年寄りのお節介とでも思ってくれればよい」
余計なことを。
「それは光栄ですね。御崎君、思ったことを聞いてみたら?」
ゴーグル君がこっちにふってくる。ていよく厄介ごとを押し付けられた気もするが、どうなのか。ゴーグル君自身、この顧問にある程度の敬意を持っているようだが。
「ええっと。それじゃあ……」
ボケてないですよね、と聞きかけた時、
「むう、いかん! 見ろ!」
突然、雨宮顧問が大きな声を出す。僕の懸念した通りやはり、これは心神を喪失しているんじゃないだろうか。情緒不安定な状態なんじゃないか。
だが、言われてステージに目を戻すと、司会の男性が何か慌てている。本当に非常事態らしい。
「君! ダメだよ。君はエントリーしていないだろう?」
司会が巨体を揺らしながら、袖から出てこようとする一人の男子生徒を必死に押さえつけている様子だ。
あれは……
「ファルセット君だ! ファルセット伊藤君だ!」
ゴーグル君が緊迫した調子で叫ぶ。見ると確かに、見知ったクラス委員の顔だった。




