ゴーグル10:ゴーグル君テストを終える
ようやくというほどでもなく、つつがなく考査が終了した。
僕たちの学校は、ほとんどのテストが二日で終わる。他の人間はどうか知らないけど、僕は一日に多くの教科のテストを受けてさっさと終わらせてくれるこの形式は好きだった。心的外圧は長々受けるものではない。
「はあ、この解放感は何物にも替え難いね」
ゴーグル君が後ろの席からのほほんとした声を掛けてくる。
今は担任の鏑木先生を待っている状態だ。もう今日は後は、彼の帰りのホームルームを残すのみ。それが終われば晴れて解放。テスト休みに入る。さらに先の話をすると、テスト休み明けに少し通常授業をした後、終業式、夏季休暇となる。うちの父さんなんかは、学生は良いよなと、しょっちゅう愚痴っているが、本当にその通りだと思う。
「テスト休みはどうしようか?」
とりあえず直近に与えられた自由時間。そこに思いを馳せるのは当然のことだろう。振り返ってゴーグル君のレンズを覗き込んだ。
「何時間連続で眠れるか勝負しようよ」
「いいね。僕はこれでも、親に死んでいるかと思ったと言わしめる程に、寝るのが得意だよ?」
ちなみにその時の記録は二十一時間だ。とはいえ、二度寝、三度寝と断続的であったため、彼の言う連続睡眠時間という勝負になれば、どう転ぶかわからない。そもそもゴーグル君はどれほど寝るのだろうか。根本的な話になると、眠るのだろうか。
愚にもつかない話をしていると、丁度ドアが開く音がして、鏑木先生が入ってきた。
「みんなお疲れ様。明日から少しの間、テスト休みになるが、きちんと風紀を守って過ごすんだぞ」
定型句のように一通りの労いを口にした後、
「それで今日はもう解散なんだが、その前に少しプリントを配る」
小脇に抱えていたプリントの束を目分量で取って、一番前の席の人に渡しだす。
「先生、それって」
クラスの男子が声をかける。妙に弾んだ調子なのは、テスト後の開放感からだろうか。
「ああ」
先生はにやりと口の端を持ち上げてみせた。
「今から雨乞いダンスパーティーの参加表明を確認する」
教室中がわっと沸き立った。
ホームルーム後、生徒会室。
「雨乞いダンスパーティーと言うのはね、うちの学校の目玉イベントの一つなの」
さっそくぶつけた質問に、お姉さんは淡々と答えてくれた。妙に事務的な反応で、怪訝に思った。
「確か変態共の饗宴ということだったっけ」
ゴーグル君も少しは予備知識があるらしい。というより、僕のように何も知らずに入学してくる人間の方が少ないという話だった。
「相変わらず冴え渡るな、美咲君の腹話術は」
生徒会室なので当然会長さんもいた。
「それで、ミサキオス君は参加はしないのか?」
「得体の知れないモノには基本的に日和見するタイプなので」
「賢明ね」
先ほどクラスで取ったアンケートには参加か不参加の二択しかなく、僕は当然不参加に丸をつけた。そして何故かクラス全員の意思を吸い上げた、そのアンケート用紙の束を生徒会室に届ける役目を仰せつかってしまった。何故かというより、多分クラス委員のファルセットが今日は欠席していたせいだろう。
「そもそも何なんですか、雨乞いダンスパーティーって?」
「ふむ。わたしから説明しよう」
会長さんがしてくれた説明は概略すると、大体こんな感じだ。
まず、僕らの学校には姉妹校があり、それは九州にあるそうだ。あちらの方が本校に当たるらしく、こっちは暖簾わけということらしい。ここら辺の事情もさっぱり知らなかった。家から近く、成績からいっても妥当だという理由だけでこの学校を選んだので、沿革だとか起源だとかは知らなかった。
さて、とにかくその本校たる九州の母体。それが建っている地域は毎年深刻な水不足に悩まされるそうだ。聞けば確かにニュースなどで、やれ節水やれ断水と話題になっているので聞き覚えのある地名だった。そんな困った土地柄に、発案された行事が、件の雨乞いダンスパーティーということらしい。そしてそれは、こっちの学校でも執り行われることになっている。
「なるほど。それで具体的にはどうするんですか?」
「雨乞いダンスをする踊り手と、それを盛り上げる観衆とに別れ、皆が皆、夏の空に慈雨を願う。オールフォーレイン。そのスローガンの元に会場が団結して盛り上がる行事だ。まあ実際の様態ということになると、これはもう見たほうが早い。百聞は一見に如かずというヤツさ」
「僕は不参加なんですけど?」
「そうではない。このアンケートは、踊り手としての参加、不参加の意思を問うものであり、踊り手を受けないのであれば、必然観衆側に回る」
何が必然なのかはわからないが、どうやらもともとが強制ということらしい。
「……実際、効果の程はあるんですか?」
「疑う気持ちはわかる。わたしもこんな前時代的なイベント事で、雨が降るとも思えない」
そういえば会長さんはオカルト的なことは好かなかったな。
「ところがどっこい、これが効果があるのだよ」
「そんな馬鹿な」
「一時期、君のようなイベントに懐疑的な者達がボイコットをして、行事が出来なかったことがあった」
「まあ、そう考えるのも無理はないわよね」
お姉さんが軽く口を挟む。
「だが、その年と、今までやってきた年の平均降雨量を比べると、実に十七ミリも減少していたのだ!」
しょっぱくないですか。っていうか偶然じゃないですか。色々言いたいことがあったが、まだ説明が続くようなので、聞いてみる。
「この結果に、イベント擁護側は水を得た魚、文字通りだな、今うまいこと言ったか?」
「早く続けてください」
「……当時のイベント懐疑派の急先鋒であった校長は解任、私刑に処された」
「なるほど」
「それ以来、数字を味方につけた擁護派の思うさま、連綿と受け継がれてきた伝統行事となったのだよ」
「……」
異を唱えても無駄なのだろう。実際の効果はこの際問題ではなく、学校のお偉方は勿論、先程の教室の様子を見るに生徒側の大多数も意欲的とあれば、マイノリティーは僕のような人間の方。まあ元々止めてやるかってほどの気概も義理もないので、僕が不参加と出来れば良かっただけなのだが、それも強制参加である以上難しそう。となれば諦めて流されるのが利口か。
「まあ最初は面食らうかも知れないけど、そのうち慣れるわ」
お姉さんがそう締めくくった。




