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ゴーグル1:ゴーグル君学校生活する

担任教諭の点呼が、止まった。朝のホームルーム、出欠を取っていたが、一つの学生が返事をしないからだ。

水中みずなか? 居るんだろう?」

僕の席のすぐ後ろ、ゴーグル君は先生の呼びかけにくぐもった小声を返すだけだ。とても小さく「はい」とだけ答えるものだから、先生はしょうがなさそうに出席簿に丸をつけた。訝しげに顔を見合わせるクラスメイトたちが視界の端でちらついていた。

僕は振り返る。

「ゴーグル君、一体どうしたんだい? いつもハキハキ答えるのに」

「だって」

ゴーグル君はゴム紐を波打たせた。

鏑木かぶらぎ先生、いい人じゃないか」

「そんな…… 彼は悪魔だよ。だって」

ゴーグル君の声音は必死だった。

「昨日、僕を間違って水泳バッグに放り込んだんだよ? あんな豚小屋のように狭くて蒸す場所に、この僕を」

言われて昨日の事件を思い出す。水泳の授業が終わり、休み時間なので僕の机の上にゴーグル君を移動させて、お喋りしていた。しばらく話し込んでいたが、僕は急に強烈な尿意に襲われ、ゴーグル君を机に置いたままトイレに駆け込んだ。つまり少しの間ゴーグル君は身動きの取れない状態。そこへ次の授業の担当だった鏑木先生が少し早めに教室入りし、ゴーグル君を僕が置きっぱなしにしたゴーグルだと勘違いし、お節介にも僕の水泳バッグにしまってしまったのだった。

鏑木先生は謝ったが、ゴーグル君の脳には忘れがたいトラウマを植えつけたらしい。

「仕方がないじゃないか。君はゴーグルなんだから」

勘違いしてしまった先生だけを責めるのも酷というものだろう。

「大体、声を上げればよかったじゃないか?」

「そんな余裕もないほどに素早くやったんだよ、あの悪魔は」

ゴーグル君はすっかり先生を天敵扱いしてしまっていた。

「こら、そこ。私語は駄目だぞ? 冥府に叩き込まれたいのか?」

僕は首を前に戻して謝った。

「さて。最近、校内が物騒になってきている」

物騒?

「盗難事件が発生したり、職員室の机に落書きがされていたり、黒板消し落としなんて古典的な悪戯がされていたり、人が殺されたりしている。みんな気をつけるんだぞ?」

「はーい」

「とくに水中は、一人であまり行動しないようにな」

名指しされてゴーグル君が身を竦ませた気配があった。多分気のせいだろうけど。

「先生ー。ゴーグル君は土台一人では何も出来ませんよー」

クラスのお調子者、ファルセット伊藤君が茶化す。

「おい、ビブラート。そういうこと言うもんじゃないぞ? 冥府に叩き込まれたいのか?」

「せんせーい。僕ファルセットですー」

「そうか、すまんすまん」

何となく弛緩した空気になってしまって、ホームルームはなあなあで終わった。



昼休み。

「ゴーグル君、昼ごはんはどうするんだい?」

「今日は海洋深層水を持ってきているんだ」

ゴーグル君が自慢げに言う。ゴーグル君は顔や体が、およそ人間のものではないので、声の調子からしか彼の心理バロメータは窺えなかった。

「へえ。いいね。お姉さんが持たせてくれたのかい?」

「うん」

ゴーグル君のお姉さんは毎朝、ゴーグル君を彼の机まで送り届け、お弁当を置いてから、自分の教室へ向かう。おかしなことにお姉さんは普通の人間だ。

ゴーグル君は歩けないので、いつもお姉さんが世話を焼く。一応、ゴムひもを器用に操って微速前進するくらいは出来るが、その様はあまりに醜悪で気色が悪く、とても見れたものではない。だから移動は専らお姉さんか、僕がさせる。加えて、手がないので、物を持つことが出来ない。だからお弁当を持たされても、頂く段になれば、ここでも補助の役割を要するのだが、お姉さんが毎日一年の教室までやってくるのも可哀想だろうということで僕が担っている。

彼の机の中から、洗面器を取り出し、そこに同じく机の中にお姉さんが入れておいたお弁当、海洋深層水のペットボトルの中身をぶちまける。全部出しきった後、ゴーグル君を持ち上げて、そこに浸す。

「ああ、イクー。やっぱりこれだよ。僕のような高貴な水中眼鏡は、これくらいの水に浸っているのが一番絵になるんだよね」

「良かったね、ゴーグル君」

彼は実際のところ、食事は必要としない。水に浸すだけで満足する。といっても小生意気にも、彼の認めた水にしか入りたがらないグルメらしい。

「午後からは移動教室があったよね? またお願いしてもいいかな」

「ああ、うん。お安い御用だよ」

そんな会話をしながら食事を楽しんだ。



午後の授業。

美術のデッサンが行われている。

よくわからないけれど、皆が鉛筆を立てて、それを眇めて見ているので真似をして一時間を過ごすことにする。何一つ書きあがっていなかったら先生に怒られるかもしれないけど、創作意欲が湧かなかったとか、神が降りてこなかったとか言えば多分ごまかせるだろう。

ゴーグル君はというと、丸椅子の上でじっとしている。彼は多くの科目で実習が免除されている。学期末に行われる考査で、きちんと成績を残せば進級できるというシステムだ。試験は、口頭で教師から問題が出され、制限時間内に口頭で返すという仕組みになっている。

御崎君みさきくん、御崎君」

「なんだい、ゴーグル君、今集中しているから話しかけないで欲しいんだけど」

「暇なんだ」

だろうよ。

「乱痴気騒ぎを起こしてよ」

「無茶言わないでよ」

「じゃあ、服を脱いでモデルになってよ」

「いやだよ。短小がばれるじゃないか」

「全く…… ああ言えばじょうゆ」

「やめろよ。そういうこと言うの」

僕は結局ゴーグル君の相手を適当にこなしながら、白紙の画用紙を提出した。



放課後。

ゴーグル君が自分の席でいつまでもおとなしくしているのが気になった。いや、まあ彼自身の独力ではとても帰宅など出来ないのだから、そうなるのは当たり前なのだけれど。

「ゴーグル君、お姉さんは?」

「あ、ああ。忘れていた。確か生徒会の会議があるとかで来れないって朝言ってたんだった」

「そうなのかい? じゃあ今日は僕が送っていくよ」

「悪いね。いつも」

「気にしなくていいよ」

ゴーグル君を持ち上げて、何となくポケットの縁にかける。

「ちょっと! 危ないじゃないか! 落ちて砕け散ったらどうする気なんだよ」

「ああ、ごめんごめん。じゃあ掛けても良いかい?」

「そんな。僕にはそっちの気はないよ」

いつもゴーグル君はこう言って僕が装着するのを嫌がる。それでも一度、強引に嵌めて送って行ったら、警察に通報されてしまったことがあるので、僕としてもそんなにやりたいわけでもなかった。ちなみに警察に電話を入れた近隣の主婦の言い分としては、ゴーグルを掛けた学生が、ぶつぶつと一人で喋りながら歩いていて気味が悪かったとか。傍目には確かにそう映るだろう。

「それじゃあ帰ろうか」

結局僕は彼を手に持ったまま歩き出す。

クラスメイトのゴーグル君と過ごす一日は、大抵こんな感じだった。

何も考えずに書けるようなものを書いてみました。アール指定ですが、結構ヘビーな下ネタを扱うつもりなので、念のため。直接的な性描写や残酷描写はありません。あらすじと本編は基本的に関係ありません。

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