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双子のマーチ

姉もたまには考える

作者: 水守中也

 僕の名前は弥生と言う。

 言っておくが、いわゆる「僕少女」ではない。正真正銘の男である。

 僕には、三月みつきという双子の姉がいる。まだ子供なので、容姿はその気になれば入れ替えができるほど似ているけど、性格は正反対である。

 僕が勉強ができて運動が駄目なのに対して、姉は運動が得意で勉強はからっきし。

 僕が考えすぎて結局行動できないのに対して、姉は何も考えずにバンバン動きまくる。

 そう思っていたけど、少しだけ違うことを、つい最近知った。


「凄いことを思いついた」

 僕が部屋でゲームをしていると、姉がノックもせずに扉を開けて入ってきた。学校から帰ってきてそのまま僕の部屋に直行したんだろう。ランドセルは背負ったままで、手も洗っていない気がする。

「馬鹿と煙は高いところを好む、って言葉あるよね。つまり高所恐怖症の人は馬鹿じゃないのよっ」

「それで」

「この証明は世紀の大発見よ。オスカー賞、間違いなしだね」

 姉はノーベルとオスカーが、よく入れ違う。

「お姉ちゃんって、高いところ大丈夫だよね」

「うん好きだけど。って私は馬鹿ってことかっ?」

「いや。言ってないって……」

 言外の意を込めて言ったけどね。

 姉が気づいているかどうかは不明だけど、僕の反応は不満だったようだ。

「待ってなさい。次は、もっとすごいアイディアを持ってくるから」

 姉はそう言い残すと、バタンッと乱暴に扉を閉めて、隣の自室へ戻って行った。部屋に静寂が戻った。

 ……何だったんだ、今の? ていうか、なぜ凄いアイディアを待っていなくちゃいけないんだ?

 ま、いっか。

 静かになったことだし、と僕はゲームを再開した。


 しばらく平和にゲームをしていたら、姉の部屋で物凄い音がした。まるで重い何かが倒れたような。

 やな予感がした。

 案の定、またしてもノックなしに、姉が部屋に飛び込んできた。髪が乱れていて、心なしか顔が赤く上気していた。お姉ちゃんは、僕の携帯ゲーム機を取り上げると、敷きっ放しの布団の上に放り投げて、開口一番言った。

「凄いことに気付いた!」

「今度は何?」

 ゲームは、姉の行動を予想して事前にセーブしていたので問題ない。

「数をね、10,9,8,7,6,5,4,3,2,1……0。って数えるとね、実は10秒じゃなくて、11秒数えているのよっ」

「うん。そうだよ」

「ってなにその反応。いかにも知ってましたっての」

 姉は、知ったかぶりってやーねーって、仕草を見せた。

「だって知ってたし。……で、なんでいきなりそんなこと思いついたの?」

「なにかアイディアでないかと、逆立ちしてみて、なんとなく数を数えていたら、発見したの」

 なるほど。それでさっきの物音がしたわけだ。顔が赤いのも血が昇ってるんだろう。

 なぜアイディアを求めるのか、理由は分からないけど。

「どう? 私だって、ちょっと本気になって考えれば、こんなもんよ」

 胸を張る自信満々の姉にどうリアクションしていいか分からなくて呆然としていると、突然姉が切れた。

「どうせ、頭の出来は、弥生にはかなわないわよっ!」

 顔を真っ赤にして、糸が切れた操り人形のように、姉が畳の上に座り込んだ。

 明らかに様子がおかしい。理不尽に怒られることは多々あるけど。

「どうしたの? なんか変だよ」

 学校ではクラスが違うので顔を合わせないけど、朝一緒に食事して学校に登校するまでは、異変は感じなかった。今思えば、むしろ大人しく感じたくらいだ。

 姉は、怒鳴った声とは対照的に、ぽつりとひとり言のように呟いた。

「男と女ってなんだろうね……」

「えっ?」

 僕は答えられなかった。

 答え云々以上に、姉が命題的なことを考えていたことに、驚かされたのだ。

 姉は、僕に聞かせるというより、思いを吐き出すように言った。

「どうせ弥生だって、そのうち、私より背も大きくなって、運動神経も抜いちゃうんでしょ」

「え、なにいってるの」

「だからせめても、頭の良さなら、弥生に負けないってことを見せようと思ったのに」

 意味がわからない。

「……何かあったの」

「今日ね、西谷と50m走で負けたの」

 西谷とは、姉のクラスにいる、勉強より運動が得意な、姉と同タイプの男子児童である。

「去年までは余裕で勝てたのに、六年生になってから、西谷の奴、急に速くなって。それでも私の方がまだ勝率良かったのに。でも今日は完全に負けて……かなわない、って感じたの。その瞬間、急に怖くなったのよ。今まで何も考えていなかったけど、やっぱり西谷は男で、私は女なのかな、って」

「あ……」

 そういうことか。

 運動能力の良さは、姉のアイデンティティだったのだ。それが失われようとした。ただ男か女と言うだけで。だから、力でかなわないならと、頭の良さを見せようとした。

「運動もできなくて頭も悪かったら、私、何のとりえもないじゃん。将来、お笑いの道決定?」

「……いや、なにもお笑いに走らなくても……」

 僕はあきれて、ふと気付いた。

「あ、じゃさっきのは、つっこみまちのボケだったの?」

「いや、本気で考えたんだけど」

「あっそ……」

 あきらかに知的の意味を履き違えている気がするけど、何も考えずに行動する人だと思っていた姉も、僕と同じように、姉は姉で悩んでいたことを、はじめて知った。

「お姉ちゃん、あんまり考えると知恵熱でるよ」

 なんと答えていいか分からなかったので、僕はとりあえず冗談めかして言った。知恵熱自体は迷信だとしても、慣れないことをしたり悩んだりすれば、調子が狂うだろう。姉も、僕も。

 てっきり反論してくると思われた姉は、だらしなく座ったまま額に手をやった。

「そういえば、頭が少し熱いかも」

「え、うそ」

 僕も姉の手の上に重ねるように手をやる。うわっ、熱。

「ちょっとお姉ちゃん、本当に熱あるよ。風邪ひいたんじゃないのっ」

「大丈夫、ひいてない」

 姉は僕の手を乱暴に払いのけて、首を横に振った。姉は負けず嫌いだから、こちらの反応は予想通りである。

「弥生、シュレッダーの猫、って知ってる?」

 まだ知的を諦めていないのか、熱にうなされたのか、姉が変なことを言いだした。粉々に切り裂いてどーする。

「それを言うならシュレディンガーの猫、だよね? 一緒に昨日テレビで見たよね」

 だから姉でも、その単語を知ってるわけだ。

「あれって、箱にいる猫を確認しなければ、生きているか死んでいるか分からないって話よね」

「だから?」

「つまり、体温を測らない限り、熱があるという証明にはならないわけで、風邪をひいているかどうかの確率は二分の一で……」

「はいはい。おかーさーん」

 母に任せて、姉に無理やり熱を計らせると、予想通り、体温は39度を超えており、姉は夕食を食べずにベッドの上の人となった。姉の風邪は、お腹に来るタイプがほとんどなので、体調がだるくても、本人は風邪だと気付かなかったようだ。

 姉は、僕を見て、弱弱しく笑みを浮かべながら言った。

「やった。風邪をひいたってことは、私、馬鹿じゃないんだね?」

「……そうだね。良かったね」

 この日僕は、馬鹿はなんとやらをひかない、ということわざがウソだったことを知った。


 姉の体調は一日学校を休んだだけで、完全回復した。

 そして、その翌日には、西谷との50m走をし、見事リベンジを果たした。

 結局、一昨日の変な姉も、50m走で負けたのも、風邪が原因だったのだろう。

「まだまだ、男には負けないわよ」

 はしゃいで僕に戦果を報告する姿を見て、僕は思った。

 考える姉も珍しくて悪くなかったけど、やっぱこっちの方が、らしくていいかな、と。


二重投稿となってしまいますが、こちらをメインで執筆しているので、掲載しました。

もし興味をもたれたら、本家の「哲学的な彼女」をのぞいてみてください。

……本当は、バナーとかリンクを付けたかったのですが、よく分からなくて断念しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは地味に(失礼)シリーズなので、読む人が限定されそうでもったいないなー。 最近文章が安定感を増していると感じているのですが、自覚はありますかねー。とはいえこの話は読みやすいというばかりで…
[一言] 「知ったかぶりってやーねーって、仕草」 どんなかなぁと想像して、ニヤリ。 では、また。 失礼いたしました。
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