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時速60kmのアキレス  作者: 朔良 海雪


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7/10

残り10メートル

「どうだったかい?」


 気が付かない間に、桐馬は時間が停止した元の世界に引き戻されていた。


 とは言っても記憶の終わりと現在地との乖離はないに等しい。一連の記憶映像は、ただ直前に起きた出来事を追体験したようなものにすぎなかった。


 悪魔はハンモックにでも体重を預けているかのような姿勢で、お気楽そうに空中にぷかぷかと浮いている。まるでこちらの不安そうな様子をスクリーンの向こう側で見ている観客のようだ。不快だ。煽られているような気分になる。


「ここから一発逆転する手立ては得られたかい? 手段そのものではなくとも、ヒントくらいは手に入ったのではないかな?」


「別に。役に立つような情報は何一つ手に入らなかった」


「そうかい。それは残念だったね」


「ああ」


 つまらなそうな悪魔の態度から、嘘を言っているような様子は感じられない。その言い草からして、やはり悪魔は記憶の中まで覗き見ることは出来ないらしかった。好き勝手に宙を泳ぐ悪魔に二つ返事をしながらも、桐馬はたった今振り返った記憶について思考を巡らせた。


 ──ここから助かる方法を見つけることは出来なかったが、代わりにこの状況に至った経緯を思い出すことは出来た。


 改めて観察すれば、校舎の屋上からはおにぎりとモヤシが顔をのぞかせていることに気づいた。桐馬のいる位置からでは逆光になっていて、見つけづらくなっていたのだ。影が表情を隠しており感情を読み取ることは出来ないが、二人の目が妙にらんらんとして光を反射していることだけははっきりと分かった。


 金澤桐馬は、一学期の終わりに屋上の縁でぼんやりとしていたところを、いじめていた生徒による報復を受け、突き落とされて屋上から落下した。さっきの走馬灯でわかったことといえば、それくらいのものだった。


 普段から金を巻き上げたり暴力を振るったりしていたようだし、誰がどう見ても自業自得だ。


 だが、原因が分かったところで状況は変わらない。自分以外に誰もいないと思っていたこの場所におにぎりとモヤシがいた。その事実に気づくことは出来たが、突き落とした張本人である二人が手を差し伸べてくれることはないだろう。


 とはいえ、収穫がなにもなかったわけでもない。一連のエピソードの中に『飛び降り』という単語が登場したのは事実だ。走馬灯は記憶を無差別に選び出しているわけではなく、脳が無意識に役に立ちそうなものを厳選しているのかも知れない。次以降に見る記憶には期待が持てるだろう。


「悪魔、ちなみに今の走馬灯の間にどれくらいの時間が流れたんだ? パッと見で変化があるようには見えないが」


「具体的な秒数なんか知らないよ。ただ、少しだけ地面との距離が縮まったんじゃないかい?」


 悪魔が他人事のように口笛を吹く。目測では判断のしようがないが、さっきまで校舎の四階よりも高い位置にあった桐馬の身体は、三階の窓から中の様子を伺えるくらいには落下していた。桐馬の目にはアスファルトの暗がりが、まるで地獄があんぐりと口を開け、桐馬が落ちてくるのを今か今かと待っているように感じられた。


「まあ、走馬灯が役に立つということが分かったのなら、まったくの無駄な時間というわけではなかったんじゃないのかい? ほら、物語でもよくあるだろう。こうやって少しずつ情報を集めて、最後にはその全部を上手く活用してどんでん返しをする、なんて大掛かりな演出が。ほら、君は本が好きだったろう」


「……また心を読みやがったな」


「別に、そんなに大層なことをやっているわけじゃないよ──だからほら、君は早く次の記憶に進むべきだ。なにせ時間は限られている」


「その前に聞かせろ。お前は一体何者だ? 悪魔だとかいう戯言はいい。時間が止まっている今、どうやって俺と会話している?」


「さあね。僕の方からこれ以上の情報を明かす気はないよ。余計なことに意識を割くのは勝手だが、その分考えをまとめる時間が減っているよ」


「……クソ野郎が」


 悪魔は余裕の態度を崩さない。自由のない桐馬を煽るように、周囲をふわふわと飛び回っている。食べ物コンビのように腹に拳でも叩き込んで黙らせてやりたいが、相変わらず身体は動かない。


「──次の記憶は何だ?」


「それも言わない。というか分からないよ。あくまで君が、記憶の引き出しから必要だと感じたものを引っ張り出してくるんだ。僕には記憶を選び出す権限なんかない。それができるのは君だけだ」


「……」


 さっきまでは『屋上』『落下』という意識が強かった。そのせいで、それに関連した記憶が蘇ってきたのだ。と考えるなら、桐馬が何かしらの単語を思い浮かべれば、その言葉に繋がる記憶にアクセスすることができるということになる。


 とは言いつつも、桐馬には状況を一変させることができるような言葉の心当たりなどない。


 ──手がかりがないのなら、時系列で考えていくのがいいだろうか。


 おにぎりやモヤシとの記憶は直近の、高校時代のものだった。ならばそれより前の、中学時代にスポットを当ててみてはどうだろう。


 桐馬がそう考えた瞬間、再び視界はぐにゃりと歪み始めた。景色は再びマーブル模様になり、世界が作り変えられていく──

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