第8話「影の家長」
夕食の席。
温かく穏やかな空気。
小さな笑い声が響く。
静けさを壊すのを恐れるように。
藤原家は久しぶりに息をついた。
ヒサツグも肩の力を抜き始めていた。
ケイト・シゲロが上座で会話を回す。
昔話に笑いを交え。
過去も現在も触れさせない。
声は柔らかく、聞き惚れるほど。
だが、その裏に何か。
一言一言、仕草一つ一つ。
計算され尽くしたもの。
ただの「優しい若者」を演じている。
そんな空気を破る。
コン、コン。
静寂が落ちる。
アヤナの箸を置く音だけが、かすか。
「どうぞ」
ケイト・シゲロが静かに。
障子が開く。
入ってきた男、岩のようにごつい。
肩幅広く、背筋は戦士。
顔は鋭く、目は重い。
黒い封蝋の封筒を手にする。
「家長閣下、お届け物でございます」
深く一礼。
封筒を差し出し、すぐ退出。
──40家長?
ヒサツグの頭で言葉が跳ねる。
視線を上げる。
ケイト・シゲロ、無表情で封筒を開く。
紙を取り出す。
(家長って……どこの?)
(だから金持ちなのか?)
(能力以外に、こんな権力まで)
(でも、若い……アヤナとほぼ同い年だろ)
(ライトより確実に下だ)
どうやって?
謎が深まるばかり。
「失礼いたしました」
ケイト・シゲロが紙を畳む。
「どうしても、務めが」
微笑みながら皆を見回す。
ヒサツグはあの磁力を感じる。
「気にしないでください。今日はお客様です。どうぞくつろいで」
豪華な料理。
華やかな室内。
完璧なもてなし。
だが、ヒサツグの胸でざわめきが止まらない。
こいつは弾丸を止めた。
自分の目で見た。
消える。
背後に一瞬で回る。
空間を裂く。
現実が裂ける。
長老たちでさえ、こいつの前では黙る。
一言で火が消える。
金も権力も、常人の理解を超える。
(お前は一体……何者だ?)
ヒサツグはテーブル下で拳を握る。
ケイト・シゲロが気づいたように微笑む。
「ヒサツグ様、大丈夫ですか?」
声は優しい。
でも、目が笑っていない。
(読まれてる……?)
「ええ、ちょっと考え事を」
ヒサツグは平静を装う。
ケイト・シゲロは頷く。
静かに口を開く。
「実は、朗報です」
テーブル全体が凍る。
ライトまで箸を止める。
「皆様がお食事中の間、私の者が貴社の捜査を終えました」
「捜査……?」
「裏切り者が、数名見つかりました」
ナオコがびくりと夫を見る。
「裏切り者?」
「貴社に潜んでいた、影の人物の手下です。あるいは、タケヒロと繋がっていた者たち」
ヒサツグの背中に冷たい汗。
「それも、もう片付きました」
さらりと。
天気の話みたいに。
「もう二度と、邪魔はさせません」
「…………」
「あと二日ほど、ここでお過ごしください。その間に全て整えます」
「整える?」
「はい。ご帰宅後も、完全に安全なように」
笑顔は優しい。
でも、言葉の裏に鉄の鎖。
(もう、逃げられない)
ヒサツグは悟る。
自分の会社、自分の自由、自分の人生。
全て、この若者の掌の上。
「感謝します、ケイト殿」
声が震える。
「当然のことです」
ケイト・シゲロは微笑む。
その笑顔が、すべてを語る。
俺はもう、駒だ。
王だと思っていたのに。
◇◇◇
ヒサツグは静かに酒を呑む。
味は、まるでしなかった。
俺は完全に絡め取られた。
このケイト・シゲロの掌の上に。
守られる代わりに、自由を奪われる。
これが本当の敗北なのか。
読者の皆さまへ
一部の名前が誤って表記されていたことに気づき、原作の日本語表記に合わせて修正いたしました。ご理解いただけますと幸いです。正しい名前で、より物語をお楽しみいただければと思います。




