第4話「飢えた狼と、影の主」
「そろそろ行くか」
ケイト・シゲロがにやりと笑う。
もう一本鶏ももを掴んで、がぶり。
鷹嗣が目を瞬かせる。
「え? どこへ?」
声が裏返る。
直子が夫の肩にしがみつく。
綾奈も慌てて寄り添う。
シゲロは首を傾げて。
くすくす笑う。
「ぷっ……ひひっ」
テーブルに指を拭う。
「そんな怯えるなよ、凡人ども。まだ殺す気はない」
視線が綾奈に滑る。
綾奈が一歩下がる。
「安全な場所まで連れてくだけ。紹介したい奴がいる」
骨をぽいっと床に捨てる。
両手をポケットに突っ込んで立ち上がる。
「それに」
鷹嗣を見下ろす。
「今のお前、誰を信じられる? 死んだボディガード? それともお前の椅子狙ってる取締役連中?」
鷹嗣が唇を噛む。
反論できない。
「だろ?」
窓の外。
ローター音が近づく。
「文句は聞かねぇ。行くぞ」
ヘリの影が床を這う。
その瞬間。
綾奈が足を滑らせた。
「きゃっ!」
体が傾く。
シゲロが動く。
ポケットから手も出さず、一瞬で抱き止める。
腕が強くて、でも妙に優しい。
「どうだ、お嬢さん。抱っこして欲しい?」
顔を近づけてにやり。
綾奈の顔が真っ赤。
「い、いりません!」
もがく。
やっと離れる。
シゲロが舌打ちしつつ笑う。
「ほら、鷹嗣。次来る殺し屋待つか?」
鷹嗣は深いため息。
妻の肩を抱いて一歩踏み出す。
選べない。
それがわかってる。
◇◇◇
ヘリが夜空を裂く。
機内は軍用仕様。
黒いシート、スクリーン、無駄な装飾ゼロ。
藤原一家は固く寄り添う。
鷹嗣は妻と娘を両腕で守るように。
直子は震えを抑えて周りを見回す。
綾奈は……
視線がどうしても向いてしまう。
向かいの席。
ケイト・シゲロ。
足を組んでだらんと座る。
眼帯の奥が読めない。
寝てるのか、起きてるのか。
でも。
その存在感だけで空気が重い。
《……こいつ、一体何者?》
突然。
シゲロが口を開く。
顔も動かさず。
「考えてるだろ。俺が何者か、って」
綾奈がびくっとする。
「考えなくていい」
くすっと笑う。
「答え、喜ばねぇよ」
体を起こして。
今度は鷹嗣を見る。
「一つだけ言っとく」
声が急に鋭くなる。
「お前らが生きてるのは、俺がそうしたいからだ」
「大人しくしてろ。それだけ」
言葉が刃みたいに突き刺さる。
鷹嗣が口を開きかける。
直子の手が強く握る。
黙って俯く。
ヘリは夜を切り裂き続ける。
このゲームのルールを知ってるのは。
たった一人だけだった。
《……俺たち、どうなるんだ?》




