第2話「古き守護者の名は」
薄暗い部屋の中。
藤原一家は固く寄り添っていた。
動きはぎこちない。
それでも必死だ。
直子は夫の上に身を屈めている。
震える手で傷を処置する。
顔は恐怖と集中で凍りついていた。
額に汗が伝う。
綾奈は父の頭を包帯で巻いていた。
血まみれの額を丁寧に。
表情は張り詰めている。
鷹嗣も少しずつ息を整え始めた。
顔はまだ青白い。
それでも意識ははっきりしてきた。
静寂を破ったのは。
かすかな布の擦れ音。
不似合いすぎる。
でも、どこかで聞いたことがある。
部屋の中央。
何もなかった場所に。
黒い霧が渦を巻き始めた。
空気が重くなる。
ぞわっと肌を刺す悪意。
温度が急降下した。
霧が濃くなる。
生き物みたいに蠢く。
そして。
ゆっくりと。
彼が現れた。
ケイト・シゲロ——
その名が本当かどうかもわからない男。
闇の中から一歩踏み出す。
まるで舞台の幕が上がるように。
歩みは遅い。
まるで暇つぶし。
眼帯が鈍く光る。
首を傾けて、こちらを見た。
口元に歪んだ笑み。
「……随分とマシな状況だな」
低く、艶のある声。
底に潜む嘲笑。
「少なくとも、今回は全員生きてる」
まるで天気の話をしているかのようだ。
命の瀬戸際なのに。
両手はポケットの中。
歩みはだらりと。
それが逆に怖い。
直子は手を止めた。
血に濡れた指が宙で凍る。
綾奈は包帯を握りしめる。
視線が揺れる。
鷹嗣は体を起こそうとする。
目が見開かれた。
恐怖と畏怖。
ケイト・シゲロは数歩手前で止まる。
首を傾ける。
笑みが深くなる。
「そんなに怯えるな」
柔らかく。
でも刃のように鋭い。
「殺す気なら、話なんてしない」
部屋が凍りついた。
耳に軽く触れる。
通信機を起動。
「入れ。手当てが必要だ」
落ち着いた声。
まるで予定通り。
外から。
轟音が近づいてくる。
ヘリコプターだ。
窓が震える。
壁が鳴る。
でも降りてきたのは。
黒い戦闘服の兵士たち。
続いて軍医。
無駄な言葉はない。
すぐ処置を始める。
手際が良すぎる。
直子は息を吐いた。
震える手が緩む。
夫を任せる。
綾奈は一歩下がる。
家族がプロの手にある。
安堵が広がる。
ケイト・シゲロは腕を組んで立っている。
口元に薄い笑み。
まるで面白いものを見ているように。
綾奈が涙を浮かべて彼を見た。
唇が震える。
そして。
駆け寄る。
強く抱きついた。
「ありがとう……」
掠れた声。
震える。
父との仲は最悪だった。
それでも。
家族だ。
直子も涙を零す。
深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
綾奈は我に返る。
顔を赤くして離れる。
ケイト・シゲロは動かない。
ただ首を軽く傾けるだけ。
ほのかに。
リンゴの香り。
竹広は新しい包帯を巻かれたまま。
よろめきながら近づく。
頭を下げた。
「感謝します……本当に」
鷹嗣はもう処置が終わっている。
無理に立ち上がる。
医者に止められても。
よろよろと歩み寄る。
「すまなかった……全部」
手を差し出す。
ケイト・シゲロはそれを見る。
顔を見る。
長い沈黙。
やがて。
握り返した。
「十分やった」
静かな声。
でも、確かに認めている。
鷹嗣の体が傾ぐ。
ケイト・シゲロが肩を掴む。
「休め」
まるで当然のように。
この男は他人だ。
それでも。
今この瞬間。
彼だけが揺るぎない支えだった。
《……また借りができたな》




