表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

第19話「蘇る古の存在」

ケイトは再び窓の方を向いた。


背後に手を組み、静かに立つ。


夕陽の光がガラスを真紅に染めていく。


まるで空に血が広がったみたいだ。


彼の姿は穏やかだった。


だが、その穏やかさの奥に——


誰も自分と対等だと思っていない。


圧倒的な自信が潜んでいる。


その時。


趙リンフェイが音もなく近づいてきた。


優雅に、完璧に。


まるで獲物を狙う雌豹のように。


細い指がケイトの肩に触れる。


ゆっくりと、優しく。


緊張した筋肉を揉みほぐし始める。


「もしそれがお望みでしたら、主人様」


甘い酒のような声。


言葉の端々に誘惑を忍ばせて。


「喜んでお受けいたしますわ」


だが、次の瞬間。


ケイトが素早く彼女の手を払った。


荒々しくはなく。


ただ、完璧な制御のもとで。


「触らないでください、奥方」


感情のない一言。


それが部屋に響く。


まるで平手打ちのように。


重い沈黙が落ちた。


趙リンフェイを知る者でさえ、驚きを隠せなかった。


特に三人の少女たち。


エレナ・グロモワ。


大和晴子。


カトリーヌ。


彼女たちは知っていた。


この女が男たちをいとも簡単に籠絡する姿を。


相手に選択をさせていると思わせながら、すべてを自分の掌で操る姿を。


なのに今。


その誘惑は無視すらされず。


ただ、価値なしと切り捨てられた。


趙リンフェイはゆっくり手を引いた。


完璧な微笑みを保ちながら。


だが、心の奥では——


(この野郎……!)


雷のような怒りが走る。


自分、趙リンフェイが。


どんな頑なな男も折ってきた自分が。


拒絶された。


しかも、衆目の中で。


屈辱だ。


一瞬、瞳が暗く揺れた。


だが、すぐに抑え込む。


本物の女優のように。


誰も気づかせない。


ゲームはまだ終わっていない。


彼女は瞬時に感情を封じた。


長年の鍛錬で培った炎の制御。


弱さなど見せられない。


特に、この場にいる者たちに。


軽く唇を吊り上げて、ケイトを見据える。


(私を侮辱したつもり?)


瞳の奥に凶暴な光が灯る。


それでも、表面は冷たく計算高い微笑みだけ。


「実はですね」


一歩も引かず、彼女は続けた。


「私はあれを“触れる”とは呼びませんわ」


「それは敬意の証。


あなたの……偉大さを認めるしるし。


ですが、お望みとあれば」


「それなしでも結構ですわ」


◇◇◇


俺は窓の外を見つめたまま、背後の気配を感じていた。


趙リンフェイの怒りが、熱波のように伝わってくる。


だが、俺は動じない。


この女の誘惑など、最初から通用しない。


次回、第75話「拒絶の代償」


---


「ふむ」


ケイトが独り言のように呟いた。


口元に、わずかに歪んだ笑みを浮かべて。


振り向かず、ただはっきりとした声で。


「もし君たちの“忠誠”が欲しければ、認めてやってもいいかもしれない」


「だが、すでに言った通りだ」


「俺が必要なのは、君たちのコレクションにある“それ”だけだ」


再び、沈黙が落ちる。


部屋にいる全員が——


力で対抗できる者も、コネを持つ者も。


固まったまま動けない。


その一言に込められた嘲りと、隠れた脅威。


どんな提案よりも、重く響いていた。


(どこまで話したっけ……ああ、そうだ)


ケイトが首を軽く傾けた。


小さく笑って、続ける。


「君たちは、伝説を信じるか?」


「神話を?」


部屋が、粘つくような静寂に包まれる。


リュドヴィク・デュポンが、他の顔をちらりと見回した。


久しぶりに、わずかな緊張を覚える。


最初は修辞的な質問かと思った。


だが、ケイトを見る。


声のトーン。


姿勢。


眼帯に隠された視線。


すべてが、本気だと告げていた。


趙リンフェイは、少し離れた場所で。


もう演技をやめていた。


微笑みも、媚びる仕草もなし。


ただ、冷たく鋭い視線を注ぐだけ。


ケイトは窓沿いに、数歩歩く。


背後に手を組んだまま。


ゆっくりと、まるで古い昔話を語るように。


「千年前、この世界に一つの存在がいた」


「人間でも、魔でも、神でもない」


「何か、別のものだ」


「複数の手と足を持ち」


「理を超えた力を宿していた」


「ただ魔法を使うのではない」


「現実そのものを支配していた」


「空気を金属に変え」


「石を肉に変え」


「重力をねじ曲げて、大地を脆い氷のように砕く」


「周囲の空間が歪み」


「世界がその存在を収めきれなくなる」


「一振りで、都市が消える」


「まるで最初から存在しなかったように」


「一瞥で、敵の体内で時間が止まる」


「空の殻だけを残して」


「軍など必要なかった」


「それ以上の存在だった」


「敵が戦おうとすれば」


「武器は主人に背き」


「体は自分たちのものではなくなる」


「何世紀も支配した」


「今も支配していたかもしれない」


「もし、消えていなければ」


「あるいは、誰かが歴史からその名を消し去らなければ」


沈黙が、さらに深くなる。


空気すら重く感じるほどに。


「だが、過去の影は完全に消えない」


「遺物が残る」


「知識の欠片が」


「古い蔵に隠され」


「忘れられた遺物に刻まれ」


「そして今——」


「この時代に」


「それを蘇らせようとするカルトが存在する」


「その存在を甦らせようと」


「そして、君たちももう気づいているだろう」


ケイトが振り返った。


顔は眼帯で隠れたまま。


だが、全員がその視線を感じ取る。


「その方法が」


「俺が必要とする遺物に刻まれている」


リュドヴィク・デュポンが、静かに息を吐いた。


引き攣った笑みを浮かべて。


「いい話だ……」


雰囲気を和らげようとした。


だが、周りを見回す。


誰も笑っていない。


誰も話題を変えようとしない。


ただ、黙っている。


ケイトの言葉の一つ一つが。


空気に張り付いたまま。


重くのしかかっていた。


◇◇◇


俺は皆の反応を、背後から感じ取っていた。


伝説を語っただけで、ここまで沈黙させる。


面白い。


奴らはまだ、本当の恐怖を知らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ