表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

第18話「誘惑の顎、冷たい視線」

ケイトは手をポケットに突っ込んだ。


客たちの方へ、ゆっくり数歩進み出る。


風が長い髪の先を軽く揺らす。


それでも表情は変わらない。


いつものように、静かで。


「で、用件は?」


声は平坦。


でも、どこか嘲るような響きが混じる。


質問を宙に浮かべたまま。


皆に考える時間を与える。


自分たちの立場が、どれだけ滑稽か。


気づかせるために。


「西洋医学じゃダメだったんだろ?」


ケイトはゆっくり首を傾けた。


直接見ないのに、すべてを見透かしているような視線。


「だから東洋に目を向けた、と」


乾いた笑みが漏れる。


ほとんど感情のない、薄い笑み。


「それで、俺が医者だと誰が言った?」


沈黙が落ちた。


誰も、どう答えればいいか分からない。


この人たちは、金と権力でどんな扉も開けられると思っていた。


だがここでは、そんなものが砂のように崩れ落ちる。


趙リンフェイは目を細めた。


ケイトをじっと観察する。


紅い唇に嘲笑が浮かぶ。


優雅に腕を胸の下で組み、腰を軽く揺らす。


「誰が医者だなんて言ったの?」


ケイトの言葉を真似るように、味わうように。


「まあ、目隠しした少年が火の玉を投げてるんだもの」


「誰かが奇跡の治療師だと思うのも無理ないわよね」


一歩、前に出る。


ケイトを真正面から見据える。


謎を暴こうとするように。


「それとも、ただのマジシャン?」


「上手く客を騒がせるのが得意な」


少し身を寄せ、遊び心たっぷりに髪を耳にかける。


「どう思う、ケイトさん?」


声は甘く、艶やか。


でも瞳の奥には冷たい計算が光る。


背後で空気が張り詰める。


男たちの誰かが拳を握り、誰かがごくりと喉を鳴らす。


そしてケイトは。ただ、笑った。


ケイトはゆっくりと彼女に近づく。


視線を外さない。


十分近づくと、手を伸ばす。


優しく、でも力強く彼女の顎を掴んで持ち上げる。


全員が息を止めた。


「マジシャン?」


静かな、冷たい笑みを浮かべて。


彼女の反応を楽しむように。


「俺はもっと別のことに長けてるって言った方が正しいかな」


「誰も想像できないことを、やってのける」


指をもう少し残し、それからゆっくり離す。


まるで何でもなかったかのように。


一歩下がり、軽く前傾になる。


声が低く、重くなる。


危険な確信を帯びて。


「趙リンフェイ。確かに素晴らしい女性だ」


視線を絡める。


挑戦であり、誘いでもある。


「でも、この芝居での君の役割は、君次第だよ」


「次はもっと正直に、欲をさらけ出したらどうかな?」


その言葉は計算ずくだった。


彼女の野心を、どう操るか、もう見えているかのように。


《ふん、面白い女だ。どこまで本気で来るか、見ものだな》


俺はまだ、何も本気じゃない。



重い緊張が、空気を支配する。


趙リンフェイは動かない。


ただ、瞳だけが——多くを語っていた。


ケイトは、自分の鋭さに気づいたのか。


顔をしかめて。


小さく首を振り、遊び心を込めて訂正する。


微笑みは軽やかで、少し引きつっていた。


周囲を操るのが、どれだけ簡単か。


自分でも楽しんでいるような。


手を上げて、謝罪のポーズ。


だが目には、揺るぎない自信が宿る。


「まったく、俺のマナーはどこへ行ったんだ?」


劇的に手を振って、自分を叱るふり。


「失礼した。熱くなりすぎたよ」


「では、俺の部屋で話を続けよう。こちらへ」


余計な言葉はなし。


くるりと背を向け、大きな扉へ向かう。


足取りは悠然。


誰もが従うと、知っているかのように。


しかし、誰も動かない。


その時、奥から声が響いた。


ナギだった。


ずっと黙って見ていた彼が、静かに口を開く。


「師匠。俺も行きますか?」


ケイトは答えなかった。


ただ、苛立たしげに手を振るだけ。


生徒を連れて行くのを、許可するような仕草。


残酷さはない。


ただ、疲れたような——説明するのも面倒だという感じ。


客たちは、ナギを不思議そうに見つめた。


彼の落ち着きが、場の緊張と対照的だった。


ナギ自身は、特別なこととは思っていない様子。


いつも通り、冷徹で落ち着いている。


静かな足音を響かせ。


ケイトの後に続き、暗い廊下へ消えていく。


残された者たちは、すぐには我に返れなかった。


あの嫌味な口調。


抑えた態度、そして傲慢さ。


複雑な感情が湧き上がる。


怖いのか?


それとも、解くべき謎の欠片か?


一つだけ確かなのは——


これが、始まりに過ぎないということ。


皆が、直感で感じていた。


この出会いが、転機になるかもしれないと。


◇◇◇


カーテン越しに、薄い光が床に落ちる。


客たちは、ケイトの後に続いて暗い廊下を進む。


大理石の床は冷たい。


壁には、厳かな日本画と精巧な彫刻。


古の雰囲気に、誘われるように。


豪奢で、謎めいた空間。


角ごとに、何かを隠しているような。


扉を開けると——


先ほどとは打って変わった部屋。


書斎に近い。


住むための部屋ではない。


壁は濃い木目。


机と椅子は、丁寧に作られたものばかり。


豪華なのに、禁欲的。


くつろぎではなく。


緊張感が漂う。


仕事と、思索のための場所。


皆が腰を下ろし始めた時。


ケイトは、勝手に主座に座った。


足を机に乗せて。


堂々と。


急がない。


慌てない。


姿勢は、完全に無関心。


礼儀など、知ったことではないという態度。


ここが自分の城だと、示している。


「もう一度言うぞ。俺は医者じゃねえ」


声は怠惰で、しかし確信に満ちている。


誰も疑えない、そんな口調。


「精神の導師だ」


「治療を期待して来たなら、時間の無駄だ」


部屋に、再び沈黙。


晴子はもう我慢できなかった。


拳を握り。


瞳を怒りで輝かせて。


必死に抑えているが、限界が近い。


隣のカトリンは、エレナ・グロモワに視線を走らせる。


エレナも、同じく不満の色を隠せない。


趙リンフェイが立ち上がった。


表情は硬く、決意に満ち。


顔が怒りで赤い。


娘たちも、一斉に動き出す。


だが、誰も最初に口を開かない。


父たちも、困惑していた。


セルゲイ・グロモフは、静かに胸で十字を切る。


目が暗くなる。


趙リンフェイは、平静を装いつつ、制御を失いかけている。


大和竜二郎は、黙って見守るばかり。


我慢が、じわじわと削られていく。


晴子が、ついに爆発した。


「じゃあ、何を教えてくれるのよ?」


声は、張り詰めた縄のよう。


「ただの戯言?」


「頭、おかしくなったの?」


(……こいつ、本当に何を考えてるんだ?)


(みんなを試してるのか、それとも——)


(でも、このまま黙ってられない)


ケイトは、ゆっくりと晴子を見た。


口元に、薄い笑みが浮かぶ。


まるで、待っていたかのように。


全員の視線が、晴子に集中した。


趙リンフェイは、親友をチラリと見て。


奥歯を噛みしめる。


エレナ・グロモワは、わずかに身を震わせた。


それでも、表面は平静を保つ。


皆、もう爆発寸前だ。


ケイトは、動かない。


晴子の方さえ見ず。


虚空を眺めたまま。


まるで世界すべてが、自分の掌の上。


無言で手を上げた。


お前など、相手にする価値もない——そんな仕草。


「みんな、随分と神経質だな……まるで子供みたい」


声は軽い。


だが、底に潜む皮肉。


本物のゲームから、外れた連中に言うような口調。


ケイトは、ゆっくりと晴子の方へ顔を向けた。


目隠しの下から、すべてを見透かすような気配。


唇の端に、薄い笑みが浮かぶ。


頭を軽く傾けて。


「晴子」


声は穏やか。


しかし、脅威が滲む。


晴子の背筋を、冷たい言葉が貫いた。


魂まで凍りつくような。


必死に耐える。


だが、内側は燃え盛る炎。


部屋の空気が、一瞬で変わった。


張り詰めて。


ナイフで切れそうな重さ。


「これが賢者の言葉だって?」


晴子は、抑えきれなかった。


「ただの操りじゃない」


「私たちを弄んで、辱めて——それが楽しいんでしょ」


部屋の隅で、ケイトは椅子にふんぞり返ったまま。


片眉を上げて。


晴子を一瞥。


口元に、かすかな笑み。


まるで、面白い芝居を見ているような。


「まだ古い固定観念に縛られてるな、晴子」


言葉は柔らかい。


だが、一語一語が石を砕くハンマー。


「賢さってのは、いつも論理的じゃない」


「お前の、全部をコントロールしたいって欲が——」


「時として、すべてを複雑にしてるだけだ」


エレナは、隣で耳を澄ます。


まず晴子を見て。


次にケイトへ。


瞳に、好奇と不安が混じる。


どちらかに味方しなきゃ。


でも、どっちに傾くか——迷い始めていた。


エレナは、もう我慢できなかった。


「どうしてこんなに……」


声が震える。


「面倒くさくするの?」


「私たちは助けを求めに来ただけよ」


「ゲームなんか、したくない」


ケイトが、ゆっくりと顔を向ける。


目隠しの奥から、毒が滴るような気配。


「助け?」


静かな声。


だが、沈黙を引き裂く鋭さ。


「それを助けを求める態度って言うのか?」


「それとも、金と権力で何でも解決できるって、また証明したいだけか?」


趙リンフェイは、唇を噛んでいた。


ついに、爆発した。


「遊ぶのはやめて、ケイト」


声は落ち着いている。


だが、水面下の刃のような鋭さ。


「私たちは、あなたの劇の脇役になるために来たんじゃない」


「家族に必要なのは、本物の助けよ」


「空っぽな言葉じゃない」


ケイトは、彼女を見て。


かすかな笑みが、空気を掻きむしる。


「ゲームか」


「だったら、君たちもそのゲームを覚えるべきだ」


「欲しいものを得たいならね」


「求めすぎる者には、何も与えられない」


頭を傾けて。


笑みが、より洗練され——嘲笑に近い。


エレナは、息を詰めた。


「ゲーム」という言葉が、重く残る。


何かが、始まろうとしている予感。


沈黙が、再び部屋を支配した。


皆、言葉を噛みしめて。


次の一手を考える。


フリードリヒ・ヴァイスが、ついに口を開いた。


声は、鉄のハンマーのように硬い。


「もういい」


ケイトを冷たく射抜く。


「お前が特別なのは、みんな分かってる」


「でも、俺たちはお前の玩具じゃない」


「馬鹿じゃないんだ」


「ゲームはいらない」


「結果が欲しい」


ケイトは、ゆっくりと首を動かした。


目隠しの下で、目を細める。


獲物を値踏みする、肉食獣のように。


薄く笑って。


「結果、か……」


言葉を、刃のように伸ばす。


「じゃあ、教えてくれ」


「欲しいものを得るために、何を捧げられる?」


「お金じゃない」


「力でもない」


「犠牲だ」


ルドヴィク・デュポンが、唇を歪めて割り込んだ。


「犠牲?」


「まじかよ」


「また世界の終わりでも予言する気?」


ケイトは、頭を傾けた。


瞳の奥に、底なしの闇。


「違うよ、ルドヴィク」


声は優しい。


だが、凍てつく風のように刺す。


「犠牲ってのは、必ずしも死じゃない」


「自分を縛ってるものから、離れることだ」


「馴染みの恐怖」


「信念の鎖」


「それらを捨てられた時——」


「本物のゲームが、始まる」


言葉は、挑戦だった。


彼らの外側だけでなく。


内側にも、突き刺さる。


一語ごとに、意識の奥底を抉る針。


皆が、考え始めた。


この男の背後にあるもの。


ただの変わり者じゃない。


抗いがたい、力があった。


(……こいつらは、まだ分かってない)


(俺が与えられるもの、本当の価値を)


(でも、そろそろ——本気を出してもいい頃か)

皆さん、こんにちは! 作者です。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます♪


もしこの小説が少しでも気に入っていただけたら、ぜひブックマークに追加してください(ランキングにすごく大事なんです!)。評価をつけたり、コメントを残していただけると嬉しいです。短くても「面白い」「続き待ってます」だけでも、作者にとっては最高の励みになります。


ストーリーやキャラ、世界観について質問があったり、次に何が起こるか予想したり、ただただ感想をぶつけたいだけでも——遠慮なくコメントしてください! 全部ちゃんと読みますし、できる限りお答えします。


皆さんの応援が、私が書き続けて更新できる原動力です。


改めて、ありがとうございます♡


コメントお待ちしてます! 次の章でお会いしましょう!


作者

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ