第11話「一族の影と新たな絆」
「次にどこか行くなら、ちゃんと教えてよね、娘」
直子の声は優しかった。でも、どこか心配そう。
彼女は綾奈をぎゅっと抱きしめた。体温だけじゃなく、自分の不安まで伝えようとするみたいに。
「そうだな」
鷹継は娘を見つめて、うなずいた。本当にわかったか、確かめるような目で。
「もう食事の準備が進んでるみたいだな」
ライトが言って、軽くカイオの方を見た。
彼女は仲間たちと一緒に、朝食用のパビリオンへ向かっていた。
「飯でも食うか?」
誰も答えなかったけど、すぐに家族全員がテーブルについた。
ゆったりとした食事を楽しむ。
でも、一人足りない。
圭斗がいない。
綾奈が聞くと、従者が丁寧に頭を下げて答えた。
「当主のご執務中でございます」
鷹継はわずかに眉を寄せた。
昨夜の圭斗・重郎との会話を思い出す。
あのとき、鷹継は声を潜めて聞いた。
――本当の理由を、ずっと聞けずにいたんですが……なぜ我々を助けたんですか、圭斗様
圭斗の返事は短かった。
――言葉はいりません、鷹継殿
そのときは何も言えなかった。
でも今、あの言葉が頭の中で反響する。
食事が終わり、少し休んだあと。
家族は敷地内を散策することにした。
晴れた日差しが心地いい。
木陰の庭園を歩く。
人工の小川が静かに音を立てる。
一本一本の木に意味があるみたいだ。
石灯籠が複雑な影を落とす。
完璧に手入れされた小道。
「本当に……美しいわね」
直子が、石橋の表面を指でなぞりながら言った。
橋の下の池では、色とりどりの鯉がゆっくり泳いでいる。
「でも、これって表の顔だけよね。本当の面白さは裏にあるわ」
「間違いない」
ライトがうなずく。
「空気まで古いものが染みついてる。歴史、権力、伝統……肌で感じるよ」
さらに進むと、訓練用のパビリオンが見えてきた。
広場に生徒たちが散らばっている。
大人も子どもも。
木剣や槍を持って、真剣に型を繰り返す。
師範の鋭い声が時々響く。
姿勢を正せ、と。
鷹継はしばらくそれを見ていた。
そして、つぶやいた。
「不思議だな……こんな勢力を持ってて、こんな規模の権力があるのに。子どもの頃から戦士を育て続けるなんて」
「忠誠心の問題かもな」
ライトが腕を組んで言った。
「幼い頃から教え込めば、心底忠実になる。義務がその人の本質になる」
「かもしれない」
鷹継はまだ訓練を見つめながら。
「でも、それだけじゃない気がする。ただの戦士養成じゃない。完璧な仕組みを作ってるんだ。戦士はその一部にすぎない」
「つまり、体だけじゃなく、考え方まで形成してるってことか」
綾奈が静かに口を挟んだ。
久しぶりに。
鷹継は娘を見て、満足げに目を細めた。
ちゃんとわかってる。
その瞬間。
キンッ!
剣がぶつかる鋭い音。
師範の怒声。
鷹継はふと気づいた。
この一族は、数年じゃなく、何世代もかけて力を築いてきた。
それを操る者の権力は、見た目以上に大きい。
「綾奈!」
背後から元気な声。
振り返ると、カイオがいた。
仲間たちと一緒に。
彼女はいつもの自信たっぷりの歩き方で近づいてくる。
綾奈の家族を見て、興味深そうに眉を上げた。
「今日は家族と一緒か」
カイオがにこっと笑う。
少し間を置いて、付け加えた。
「初めまして、私はカイオ。綾奈の友達です」
そして年長者に向き直る。
「ご挨拶いたします。藤原家の皆様、よろしくお願いします」
軽く頭を下げた。
藤原。
その名は都だけでなく、国を越えて響く。
カイオは昨日知ったのかもしれないし、以前から知ってたのかもしれない。
今は関係ない。
「私は直子よ」
母親が温かく、でも控えめに微笑んだ。
「娘に友達ができて嬉しいわ。普段は本当に静かな子で……」
「かーかーまー!」
綾奈が顔を真っ赤にした。
父親の後ろに隠れそうになる。
隣にいたライトは、散策で少し息を切らしながら。
彼女をチラチラ見て、頬を赤く染めていた。
「俺は鷹継。綾奈の父だ」
低く、空間を切り裂くような声。
カイオは動じず、彼に向き直る。
差し出された手をしっかり握った。
「よろしくお願いします、鷹継様」
鷹継は彼女をじっと見つめた。
評価するように。
自信はあるけど、媚びない。
傲慢でもない。
育てがいい。
一挙手一投足に計算がある。
「何かあったら遠慮なく言え。藤原家は、身内と近い者を守る」
偽りの優しさは一切ない。
冷たいけど、本物の約束。
「ありがたいお言葉です、鷹継様」
カイオは目を細めて微笑んだ。
一言一言を吟味するように。
その間に、残りのメンバーとも挨拶を済ませた。
少し離れたところに、でかい男が立っていた。
明らかに目立つ。
ゆったりした服に包まれた体は、熊みたいだ。
顔にはいつも眠そうな笑みが浮かんでいる。
手を軽く振って。
「パンダだ。ただのパンダだ。よろしく」
「パンダ……?」
直子が少し驚いた顔で聞き返す。
「ああ。ただのパンダ」
肩をすくめた。
「昔は普通の人間だったって伝説があるんだが、運命がそうさせた」
「じゃあ今は?」
ライトが興味深そうに。
「今? でかい男で、いい戦いといい飯が好きだよ」
にやりと笑う。
手を頭の後ろで組んで。
「嘘だったらいいんだけどね」
カイオが呆れたように目を回した。
「でも、まあ……パンダはパンダよ」
その横にもう一人。
会話に加わるのをためらってる感じの青年。
長いマフラーを巻いてる。
目は少し遠くを見てるけど、ちゃんと周りを見てる。
軽く頭を下げて。
「ヒカル。ずっと見てることしかしてない」
「こんな暖かい日にマフラー巻いて、ただ見てるだけって言う人間、初めてだ」
鷹継がじっと見て言った。
「まあ、誰かがやらなきゃ」
ヒカルは平然と答えた。
他人の評価なんて、どうでもいいみたいに。
《この一族……本当に底が見えないな》
鷹継はそう思った。
でも、娘がここで友達を作れたこと。
それだけは、確かな救いだった。




