第10話「恋の矢は槍先に宿る」
カイオが手を差し伸べた。
「なかなかやるじゃない、綾奈」
まだ目に闘志の残り火が揺れている。
それでも、素直に感心したって顔だ。
綾奈は少し戸惑いながらも、その手を取る。
温かい握力に、ちゃんと敬意が込められていた。
「でも、あなたはあの怠け者どもよりずっとマシよ。」
カイオがチラッと男たちを見て、苛立ったように鼻を鳴らす。
綾奈は無言で頷いた。
(戦うことなんて、生まれたときから当たり前だった)
剣を握るのは呼吸するのと同じ。
相手の動きを読むのも、生き延びる術の一つ。
勝てなくたって、負けない術は体に染みついてる。
「俺が負けたのは、相手が女の子だったからだよ……」
地面に座ったまま、ナギがボソッと呟いた。
瞬間。
「はあ? 今なんて言ったぁ?」
カイオの目が据わる。
ナギ、顔面蒼白でダッシュ逃亡。
残された連中がクスクス笑ってる。
「気にしないで。あいつはいつものことよ」
カイオがため息混じりに言った。
「改めて──私はカイオ。よろしくね」
「こちらこそ。……熱烈な歓迎、ありがとう」
綾奈が軽く会釈。
「俺はパンダだー!!」
いきなりパンダ覆面が両手を上げて自己紹介。
声デカすぎて鳥が飛び立つ。
「こっちのチビはヒカル」
パンダが隣のマフラー青年の肩をバンバン叩く。
ヒカルは眉をひそめながらも、小さく頷いた。
「……よろしく、綾奈」
静かな声なのに、なぜか心に届く。
なんだか、すごく不思議な空気。
ただ見に来ただけなのに、もう仲間みたいに扱われてる。
カイオが首を傾げて綾奈を見た。
「先生から聞いたよ。昨日のこととか」
「うっす! 俺、もう綾奈のこと守るって決めた!」
パンダが胸張って宣言。
「まずは俺の必殺前回り受身を教えてやるぜ!」
「飛べるって言い出すなよ」
ヒカルが呆れたように呟くも、目は少し笑ってる。
カイオが肩をすくめた。
「まぁ、楽しんでもらえると思う。ようこそ、私たちの狂った世界へ」
綾奈の胸の奥、久しぶりに温かくなった。
「……ありがとう。私も、置いてかれないように頑張る」
「もう十分すぎるくらいやってるわよ」
カイオが眼鏡をクイッと上げて笑う。
「さて、どうする? もう一回行く? それともあいつらにハンデあげる?」
「俺は!?」
パンダが手を挙げる。
「お前は木と戦ってこい」
全員爆笑。
朝の陽射しが少しずつ強くなっていく。
その頃、藤原家は大騒ぎだった。
綾奈がいない。
屋敷内を探し回り、庭にもいない。
メイドに聞くと「訓練場の方へ」とのこと。
家族全員で駆けつけた。
開けた場所で、綾奈がカイオと再戦中。
竹刀を構える姿に、疲れの色はゼロ。
むしろ、目が冴えきってる。
カイオも楽しそうに槍を振るう。
優雅で、それでいて容赦ない舞。
言葉はいらない。
ただ刃と刃をぶつけ合うだけで、全てが通じ合う。
これが綾奈の求めていたものだった。
昨日の重さ、頭の中の靄が、ぶつかるたびに吹き飛ぶ。
「怖くないの?」
カイオが笑いながら突きを弾く。
綾奈は少し遅れて答えた。
「怖いって感覚、たぶん私にはない」
声は静かでも、確かだった。
その瞬間。
視界の端に、ライトの姿。
両親と一緒に立って、ポカンと口を開けてる。
特にカイオを見てるときの目が、完全に釘付け。
(……あいつ、惚れたな)
綾奈は内心で苦笑い。
試合が終わった。
綾奈は一歩退き、手首を回して軽く土を払う。
勝ち負けなんてどうでもいい。
ただ、心地よい疲労だけが残った。
カイオは無言で微笑んでる。
何か、言いたげな目で。
綾奈は家族の方へ歩いていく。
父が苦笑しながら声をかけた。
「また朝から鍛えてるのか?」
「ちょっとだけ、ね」
綾奈は平然と答える。
横でライトが、まだカイオをガン見。
父が小さく咳払い。
「まあいい。少し話があるんだが……」
ライトは動かない。
完全に魂抜かれてる。
《……私、こんなに素直に笑えたの、いつぶりだろう》




