打楽器演奏者の憂鬱
昔、三題噺企画で描いたもの。お題は「別冊」・「コンテスト」・「チョコレート」でした。
その日、次彌と滋深は居残りで予餞会の準備をしていた。
ふたりを残して誰もいない教室。
窓の向こうの日も落ち、そろそろ帰ろうかという時刻になった。
滋深は鞄の中から、リボンが掛けられ綺麗にラッピングされたそれを取り出すと、
背を向けていた彼に声をかける。
「つぐや」
すっかり呼ばれなれた声に振り向いた彼は
差し出されたプレゼントに少し戸惑った顔を見せる。
だが、すぐに嬉しげに頬をゆるめ、一言
「ありがとう」
と言った。
* * *
さて、話は1年近く遡る。
放課後、裏門から帰ろうと校舎裏を歩いていた次彌は
焼却炉の前でひとりの女生徒の姿を見つけた。
「よ、落し物?」
彼が声を掛けたのが藤丘滋深だった。
口数が少なく、大人しめだがはっきりした顔立ちが印象的な少女だ。
その彼女が地面に這って、何かを探している様子。
声をかけられ、顔を上げた彼女は目を細めて次彌を見たが
それが誰か分からないでいるようだった。
「え~と・・・」
「高津だよ。高津次彌、同じクラスの」
といっても、この高校に入学してまだ2週間と経っていない。
名前を覚えていないクラスメートがいたとしても不思議でもないだろう。
だが滋深が次彌の顔に気づかなかったのは別の理由からだった。
「あ、ごめんなさい・・・コンタクトを落としちゃって見えないの」
「コンタクト? 確か中国の初代主席」
「それは・・毛沢東のこと、かな?」
「違うの? じゃ、美人のお姉さんが審査員の前で水着になったりする」
「・・コンテスト」
「『1・2のアッホ』とかいう漫画を描いていた」
「そりゃコンタロウでしょ」
思わず滋深は右手の裏で次彌の胸をはたいていた。
明らかに「ツッコミ」のポーズだった。
「・・・コメディーなんかで道端で落として大騒ぎしたあげく、
「落し物ですか?」とか声をかけた男が踏んづけてたりする」
「そう、そのコンタクトレンズよ。3回もボケるかねこの男は。
って、おいっ!?」
次彌が引きつった笑いを浮かべながら右足をあげると
無残に踏み潰されたレンズが落ちていた。
「あはははははははっ、いや、今、足元で「ピシッ」てね」
「こぉらぁぁぁっ!!! 「あはは」じゃないだろーっ!!」
シッパァ ――――――― ンッ!!!
いつの間に握られていたのか、
滋深の右手のハリセンが次彌の顔面に炸裂した。
耳障りの良い痛快な音があたりに響く。
それがT高名物、どつき漫才コンビ『ジミージミー』誕生の瞬間だった。
ちなみに「口を開かなきゃ美人」という友人の意見を参考にした
滋深のイメチェン計画がコレをキッカケに潰えたことは書くまでもない。
キッカケがなくても時間の問題とは言えたが・・・。
* * *
などと微笑ましい出来事から月日も過ぎて・・・
「まさか、チョコレートを貰える仲になると誰が予想できたであろう」
「義理だっ、義理っ!」
チョコといってコンビニで買った300円のチョコだ。
義理というか、貸しのひとつも作っておこうという腹だったのだが、
涙ぐんでチョコに頬擦りする次彌を見てると、妙に照れくさくって困る
「じゃ、あ、あたしは先に帰るかんね」
「そんな急ぐなよ。一緒に帰ろうぜ」
「昨日別マ買い損ねてんの。急いでるから」
「ベツマ? 満腹でも甘いものは」
「それは別腹」
「中日ドラゴンズの130、見えないスイングっ!!」
「そりゃオズマ。違うわよ、別マってーのは別冊マーガレットのこと」
「ああっ、『超少女明日香』が載ってた漫画雑誌か」
「そうそう『いらかの波』とか、っていつの話だっ!
つーかなんてマニアーなボケっ!?」
「それにツッコミいれるあーたの大したもんです」
と、そのとき教室の戸が開き、担任教師が入ってきた。
どうやら校舎の見まわりをしていたらしい。
「ん、なんだお前らまだ残ってたのか。ネタの打ち合わせ終わらんのか?」
「はぁ、ネタの仕込みは終わったんですが・・・」
言いつつ次彌は滋深の肩を引き寄せた。
「これからタネの仕込みの方をしようかと思ってたとこでして」
「やかましいわぁ ――― っ!!」
パッカァ ――――――― ンッッ!!!
次彌の側頭部をジャストミートした一斗缶の音色は
夕闇の校舎に深く、深く響き渡った。
おしまい。




