回想 赤しその梅と共に
後宮の奥、静かな一間。
御簾越しに射す夏の光の中で、皇帝允成は卓に並んだ茶器を前に座していた。
侍従も下がり、傍らにいるのはただ一人――貴妃・慧容。
その腕には、まだ小さな皇子・景麟が抱かれている。
小皿には、赤しそで色づいた梅の砂糖漬け。
丁子を忍ばせた香りが立ちのぼるのを眺めながら、允成は静かに言った。
「今は、このように香を添えることも叶う」
声音は低く、皇帝としての威を帯びている。
だが、その次の一言は、かすかに揺れていた。
「……だが、あの頃の梅は、何もなくとも実においしかった」
慧容は茶を注ぎながら、微笑を浮かべる。
幼き日、廃太子として隅宮に追いやられていた少年の姿を思い出していた。
瓶を覗き込み、「もっと漬けよ!」と拗ねていた、あの小麟の姿を。
景麟が手足をばたつかせる。
允成は、思わず指を差し伸べた。
小さな掌がしっかりと父の指を握りしめる。
その瞬間、厳然たる皇帝の面差しに、ふっと影が差す。
明玉だけに見せる、幼い日の笑み。
「……小麟と呼ばれていた頃が、確かにあったな」
慧容はそっと皇子を揺らし、目を細めた。
「ええ。けれど陛下、今もその御心は変わらずにございます」
允成は軽く咳払いをして、威厳を取り戻すかのように姿勢を正した。
だが茶に口をつけたとき、ほんのわずかに口元がゆるむ。
甘酸っぱい梅の味が、幼き日の記憶を呼び覚ましていた。
「――やはり、あの頃が一番楽しかったのかもしれぬ」
威を崩さぬ声の奥に、少年の柔らかさがひそむ。
慧容は黙って寄り添い、その言葉を胸に抱いた。




