第3話 焚火の夜
夕暮れ。
石鼠は池から魚を釣り上げ、庭の一角で火を熾した。
「石鼠! 後宮で焚火など……!」
思わず声を上げる明玉に、彼は手を止めず答える。
「ご心配なく。殿下には特例が下されております。狩りも、魚獲りも、焚火も――すべて生かすために許された務めにございます」
その言葉に、明玉は胸をなでおろしたが、允成はぎゅっと拳を握った。
“生かすために”――その響きに小さな棘が刺さったのだ。
石鼠は竹串に魚を刺し、火にかざす。
ぱちぱちと脂がはぜ、匂いが漂う。傍らでは塩で浅く漬けた野草も並べられている。
「粗末ながら、これぞ自然の恵み。殿下、召し上がれ」
允成は鼻を鳴らすが、結局は魚にかぶりついた。
じゅわりと広がる旨みに、思わず目を見開く。
「……悪くはない」
明玉がほっと笑みを浮かべた、その時だった。
「殿下は皇統を継ぐ最後の保険にございますからな」
石鼠がうっかり口をすべらせた。
その一言に、允成の手が止まる。
「保険……? ならば、父帝はやはり私を……」
焚火の炎が揺れ、少年の横顔を赤く染める。
声が震えたが、すぐに唇を噛み、涙を押し戻した。
泣いてはならぬ。皇子なのだから。
その矜持の影を、明玉は黙って見守った。
匙をそっと差し出すと、允成は無言で野草の漬物を口に運ぶ。
苦みと塩味が混ざり合い、幼い胸のざわめきを鎮めていく。
三人はやがて並んで火を囲んだ。
星の瞬く夜空の下、炎が小さくなるまで、ただ静かに食事を続けた。
その横顔には、少年から皇子へと変わろうとする影が、確かに宿っていた。




