第2話 水汲みの大軍師
三日目の朝。
隅宮にひょろりと現れたのは、小柄で目つきの鋭い宦官だった。
痩せぎすの体に灰色の衣をまとい、背には竹籠を負っている。
「李守安、通称は石鼠と申します。以後、お見知りおきを」
にやりと歯を見せて頭を下げるその仕草は、どこか芝居じみていた。
明玉は困惑気味に会釈し、允成は眉をひそめて見下ろす。
「鼠だと? 宮廷に鼠を飼うつもりか」
「いやはや、殿下の口の方がよほど手厳しい。だがこの鼠、草も根も魚も喰らって生きる術に長けておりますぞ」
そう言うや、石鼠は庭の隅に生えた竹をざくりと切り、節を抜いて器を作り始めた。
次に池に糸を垂らすと、あっという間に小魚を釣り上げる。
火を起こして塩を振り、香ばしい匂いが漂うころには、允成の鼻先がひくついていた。
「まさか……これを食べろというのか」
「ええ。殿下の御身を生かすためには、なんでも糧にせねばなりませぬ」
魚を口にすると、意外にも旨みが広がり、允成は小さく咳払いして顔を背けた。
その日の午後、石鼠は井戸の水汲みを指示した。
明玉が桶を抱えて汗をにじませる姿を見て、允成は唇をかんだ。
「……明玉にばかり苦労をさせるわけにはいかぬ」
決意したように桶を持ち上げたものの、腕は震え、歩けば水はざばざばと零れていく。
石鼠は腹を抱えて笑いながら、声を張った。
「おお、これは殿下こそ“水汲みの大軍師”にござる!」
「な、なにゆえ大軍師なのだ!」
「戦場でも水がなければ軍は動かぬ。水を制する者は天下を制す! されど殿下は見事に水を……こぼされましたな」
真顔で言い切るものだから、明玉もつい噴き出した。
最初はむっとしていた允成も、やがてこらえきれずに笑い声を上げる。
狭く寒々しい隅宮に、三人の笑いが高らかに響いた。
その一瞬、廃された皇子の孤独は、すっかり溶けていた。




