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第82話 魔物と人間と


 怪しい男の診療所と思しき空間の、奥の一室。

 フェニ子はそこに仰向けに寝かされた。

 彼女の頬は青ざめ、苦悶の表情を浮かべている。


 男はフェニ子を一目見るなり、棚から小瓶を取り出すと、匙で粉末をすくい、水に混ぜて手際よくかき回した。


「……已经(もう)知道症(症状がわか)状了吗(ったのですか)?」

(ああ)能化成人形(人に化け)与人类一起行动(人と共に行動する)的友好魔物(ほど友好的な魔物で)陷入这种症状(この症状に陥る)的可不少啊(ものは少なくないねえ)


 男は紅月の質問に、落ち着いた声で答えた。

 やはりこの人には、フェニ子が魔物だということがわかっているらしい。


 それにしても、てっきりその奇抜な見た目から、破天荒な治療法でもしてくるのかと思っていたが、彼の処置はあまりにも普通だった。

 やがて匙を口元へ運ばれたフェニ子は、かすかに眉をひそめて弱々しく首を振った。


「くちゃい……」

别抱怨(文句を言うな)

「あと……とても苦そうじゃ……」

喝下去(飲め)


 その様子に業を煮やしたのか、紅月はフェニ子の頬を掴んで無理やり口を開かせる。

 男もその隙に、匙をフェニ子の口の中へねじ込み、薬を流し込んだ。


 〝ごくり〟


 薬はフェニ子の喉を通ると、すぐに強烈な苦味を広げたのか――

「のじゃあああああああああああ!?」

 と叫んで芋虫が如く身をよじった。


 だが次の瞬間、彼女の目がぱちりと開き、勢いよく上半身を起こす。


「妾、復ッ活!」


 いままでの苦しそうな表情から一転、これまでのことが茶番にも思えるかの如き復活を遂げるフェニ子。

 その間の抜けた顔や変に張り上げていた声に、私と紅月は同時に深いため息をついた。


不好意思(すみません)给您添(お手数をお)麻烦了(かけしました)。……那么(それで)人形魔物(人型の魔物が)常见的症状是(陥りがちな症状とは)什么呢(何だったのですか)?」


 紅月がそう尋ねると、男性はにやりと笑って口を開く。


是营养不良啊(栄養失調だよ)

「……は?」

「……へ?」


 私と紅月の間の抜けた声が重なる。しかし男性は構わずに続けた。


大概是太(おそらく偏食の)过偏食吧(し過ぎだろうねえ)

偏食(偏食って)……?」


 そういえば……と、ここ数日のフェニ子の食事を思い返してみるが、たしかにあいつ、白玉あんみつ以外の食べ物を食べていた記憶がない。

 てっきり鳳凰なんだから、私たちとはまた別の手段で栄養の補給を行っていたのかと思っていたが――


那个(ええっと)……这几天(ここ数日、白玉)只吃了(あんみつしか)白玉馅蜜(食べてません)

「白玉……原来如此啊(なるほどねえ)是白雉国的甜品吗(白雉国の甘味かあ)那当然会把(そりゃ体調も)身体搞坏了(崩すわなあ)

()那个(あの)您是怎么(なんでわかっ)知道的(たんですか)……? 菲妮子是魔物这件事(フェニ子が魔物だって)

直觉吧(勘かなあ)

直觉吗(勘ですか)……」


 理由を言いたくないのか、それとも本当にただの勘なのか。

 彼はぼんやりとした口調でそう言った。


「……(ああ)对了(そういえば)还没自我(自己紹介がまだ)介绍呢(だったねえ)我叫(儂の名は)梁寇(りょうこう)在瑞饗做了(儂は瑞饗で長年、)多年的魔物(魔物専門の医者を)专科医生(やってるもんだ)

魔物的医生(魔物の医者)原来如此(なるほど)这就是原因(それで)……」

魔物变成人(魔物の姿から人)类的姿态后(間の姿になると)身体的一部分机能(一部体の機能も人間)也会变成人类的(のものに変わるから)所以很多魔物就(こういう風に体調を)会因此身体不适(崩す魔物が多いのさ)

也就是说(ということは)以后也必须(これからは普通に人)给她吃普通(間が食べているもの)人类吃的食物(も与えないといけない)……是这个意思吗(ということでしょうか)?」

没错啊(そうだねえ)这次是极(今回の件は極)端的例子(端な例だけど)但如果挑食的话(それでも好き嫌いをし)还是会出现这种情况的(ているとそうなるねえ)


 とりあえず私は胸をなでおろした。

 深刻な流行り病とか、風土病とか、そういうのじゃなくて本当に良かった。


「はぁ……やれやれ、まったく、くだらないことね、本当に。こんなことでいちいち、私たちに迷惑をかけないでほしいのだけれど」

「なんじゃなんじゃ。好きなものだけ食べて何が悪い」

「……貴女、もう一度栄養失調になってみなさい。灰にするわよ」

「おーおー、やってみるがよい。人間如きが妾に盾突こうなぞ、千年はやいわ」


 なんでここまで仲悪いんだこいつらは。

 私はそんな二人を尻目に、梁さんに近寄っていった。


不好意思(すみません)真的帮大忙了(本当に助かりました)诊疗费和药(診察料と薬の代金は)费是多少呢(おいくらでしょうか)?」


 私がそう言うと梁さんは顎に手をやり、しばらく「むぅ」と唸ると、もう一度私の顔を見た。


用钱支(支払いは金で)付也行(もいいんだけど)不过这次能不能(ここはひとつ、頼ま)请你帮我一个忙呢(れちゃくれないかい)?」

帮忙(頼みって)……?」

当然了(もちろん)我希望用钱以(金以外のもので支)外的方式来支付(払ってほしいんだ)


 梁さんがそんなことを言うと、紅月が私と彼の間に割り込んできた。


抱歉(すみません)我们还(私たちは先を)要赶路(急いでいます)如果是费用的话(代金ならきちんと)我们会好好支付(お支払いするので)请告诉我们(金額を教えていた)金额好吗(だけないでしょうか)


 今度は紅月と梁さんの視線が交錯する。

 紅月が私のことを考えてくれているのはわかるが――


「紅月、ここはいちおう話だけでも聞いてみようよ」

「でも真緒……」

「大丈夫、変なのだったら断ればいいんだし、それに丹梅国のことを知れるかもしれないでしょ?」

「はぁ……貴女はまたそんな……。まあいいわ。もし変な要求をしてきたら、そのまま出ていくわよ。代金なんて支払う必要なんてないわ」


 私がうなずくと、今度は梁さんが口を開いた。


怎么样啊(どうだい)? 谈妥了吗(話はまとまったかねえ)?」

好的(はい)暂时(とりあえず)先听您说(お話だけ聞かせて)说看吧(いただけますか)?」


 梁さんは満足げにうなずき、口を開いた。


那我就说明一下吧(では説明しようか)有一种叫獬(カイチという)豸的魔物(魔物がいる)。」

獬豸(カイチ)……(ですか)?」

(ああ)它的外形像鹿(その姿は鹿に似ており)额头上有一(額に立派な一)根巨大的角(本の角を持つ)那角带着电气(角は電気を帯びていて)到了时候就(時期が来るとやがて)会脱落换新(生え変わるんだねぇ)


 私と紅月は梁さんの話に耳を傾ける。


我想请你们(諸君らに取ってき)取来的是(てほしいのは、そ)獬豸的角(の獬豸の角だね)先说明(断っておくが)不会有危险(危険はない)它们性格非(彼らの性格は非常)常温和胆小(に温厚で臆病だ)只要普通(普通の人間が近)人靠近(づいただけでも)就会立刻逃走(逃げ出すほどだろう)

梁先生要用那(梁さんはそ)角做什么呢(の角で何を)……?」

角可以作为药物(角は薬や護符)或护符的材料(の材料になる)但麻烦的是(けどこれが厄介でねえ)它在市场上(買おうと思ってもなか)很少流通(なか市場に流れないし)而且价格高得很(なにより高いんだ)

原来如此(なるほど)所以您是希(だから、それを取)望我们去取来(ってきてほしいと)

没错,就是这么回事(そういうことだねえ)


 話が終わると私は一旦、紅月を見た。


「……どう思う?」

「いいんじゃないかしら。思っていたよりも、ギルドの依頼っぽかったし」

「そうだね。危険もないみたいだし、丹梅国のことももっと知れるかも。ちなみに紅月は、カイチについては何か知ってるの?」

「たまに白雉国にも角が流れてくるくらいね。聞いた話だと、魔物自体はたしかに危険じゃなさそうだし、貴女が受けてみたいのなら、受けてみてもいいんじゃないかしら。もちろん私も付き合うわよ」


 話はまとまった。私はもう一度梁さんのほうを振り向くが――


「呵呵、見た目の割に案外普通なんじゃのう、おぬし」

呵呵呵(ほほほ)我接触的(儂が扱っているの)都是魔物啊(は魔物だからねえ)要是平(普段から変な人間だ)时不装得(という印象を周りに)像个怪人(与えておかないと)别人就会发现(魔物を治療して)我在治疗魔物(いることがバレて)那样可能会给(彼らに危険が及ぶか)它们带来危险(もしれないからねえ)

「ほぉ~ん」


 なんか、フェニ子と梁さんが馴染んでいた。

 なぜこんな感じで紅月と話せないのか。

 ……いや無理か。

 今回は梁さんが聞き流しているだけで、紅月なら「見た目の割に」とか「案外普通」に反応してしまうのだろう。


 それにしても、変な恰好をして人を寄り付かせないようにしているのは、魔物のため……か。

 ちょっと梁さんのことについて気になるな。


「……梁先生(梁さん)关于獬豸的事(カイチ退治の件ですが)我们愿(引き受けさせ)意接下(てもらいます)

呵呵(ほほ)是吗(そうかい)真是帮大忙了(ありがたいねえ)不过(でも)角更换是(角の生え変わり)在太阳升(が行われるのは)起的时候(陽が昇るときだ)獬豸一(カイチも角を落)旦掉角就(としたらその場)会离开(から離れるので)所以不会是(難しい依頼にはな)个难的任务(らないだろうねえ)

这样(そう)……(ですか)


 私はそう言って窓の外をちらりと見る。

 時刻は陽がすこし傾きだした頃。

 今日のところは瑞饗で宿を取って、明日の朝、まだ暗いうちに向かったほうがよさそうだ。


(ああ)对了(そうだ)如果你们愿意的话(もしよかったら)我这里有空房(部屋が空いてるから)可以借给(使ってもらって)你们用(も構わないよ)

可以吗(いいんですか)?」

(ああ)当然(もちろんだ)虽然有点药味(多少薬臭いが)但如果不介意(それでもよければ)就随便用吧(気にせず使ってほしい)


 梁さんはそう言っているが、この部屋のにおいはさほど気にならない。

 それに私としては宿代を節約できるほうがありがたい。

 都だからどうせ高いんだろうし。



 ◇◇◇



 そうして案内された部屋は質素なものだった。

 たしかに薬草の匂いや、つんと鼻腔を刺激するような臭いがかすかに漂っていたが、寝泊まりするには支障はないだろう。

 私は床に荷を置くと、二人を振り返って手を打った。


「――じゃ、いきますか!」


 どこへって?

 そんなのはもちろん決まっている。美食街だ。

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