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第79話 槌の子見ていた(残酷描写注意)


「……いや、いやいやいや……!?」


 ツチノコはフェニ子の小さな体をずるずると飲み込んでいく。

 ぽたり、ぽたりと垂れるのは蛇の唾液。さっき鼻先に落ちたのもそれだった。


「ちょっ……マジで死にかけてんじゃん! シャレになってないって!」


 洞窟に私の声だけが反響し、フェニ子からの返事はなかった。

 ただ足が力なく、宙をぶらんぶらんと揺れているだけ。


 聞いたことがある。

 蛇は相手を捕食する時、まず全身の骨を折り動けなくしてから、ゆっくりと丸呑みにしていくんだと。

 ということは、フェニ子はもうすでに……。


「ご、ごめん! フェニ子!」


 私は大声で謝ると、その場から一目散に逃げ出した。

 彼女を助けようかとも考えたが、残念ながら今の私に決定打はない。魔法のストックもない。

 これでは仲良く道ずれになるのが関の山だ。


 それに、ギルドで見たあの討伐依頼は間違いなくこの蛇だ。

 あの紙の質感といい、墨の劣化具合といい、おそらくこれまでずっと退治できなかった魔物なのだろう。

 黒舌草が高価で取引されているのも、今やっと理解できた。


 せめて依頼内容の……場所の確認はするべきだった。

 これは私の不注意が招いたものだ。

 フェニ子、ごめん。私は決してあんたのことは忘れな――


「のじゃあああああああああああああ!」


 背後からフェニ子の声が聞こえてきた、次の瞬間――


 〝ボガァァァァァァン!!〟


 洞窟全体を揺るがすような爆発が背後から響き、熱風が髪をあおる。

 水しぶきと、なにか粘着質なものが背中にべちゃっと張り付いてくる。

 振り返れば、あれほど巨大だったツチノコの姿はすでになく、そこにはなぜかフェニ子が呆然と立ち尽くしていた。

 それもなにやら、粘液や血のようなものにまみれている。


 途端、ハッとなり私は背中にくっついていたナニカを剥がすと、それはニチャリと嫌な音を立てた。

 次に顔の前に持っていって確認するが、それは鈍色の鱗がびっしりと生えた――


「うわ……!」


 肉塊だった。

 そう、ツチノコは内側から四散し、その血と肉が熱風とともにあたりに飛び散っていたのだ。

 それは食卓に並ぶ肉片とは違い、まだ生きているように私の手の中で脈打っていた。


 一体なぜ?

 考えるまでもない。


「妾、復ッ活!」

「いやいやいや……」


 相変わらず血と体液にまみれながら、彼女は腰に両手を当て、胸をどんと張っている。


「え、なに? これ、あんたがやったの?」

「そのようじゃの」

「そのようじゃって……なに、その不可抗力みたいな言い方」

「どうやら妾、この姿じゃと、再生する時に破壊も生まれるようじゃの」

「さ、再生と……破壊……?」

「先ほどまで妾も親愛的(ますたあ)に倣い、熱心に草をむしっておったのじゃが、急になにかヒンヤリとカタいモノに巻きつかれてのう、全身の骨という骨を折られてしまったのじゃ。そして呑み込まれ、あわや消化されかかったときに、妾の再生が発動したのじゃな」

「再生って……」

親愛的(ますたあ)も知っておるじゃろうが、妾は霊核を砕かれぬ限り、その傷はたちどころに回復するのじゃ。それが再生」

「でも、じゃあ、破壊って……?」

「それが、じつは妾にもよくわからんのじゃ。再生時、浄化の炎が妾の全身を包む……はずなのじゃが、なぜか爆発してしまったのじゃ」

「……なんで?」

「わからぬ。ただ、蛇めの体内の何かに引火したのじゃろう」

「そ、そっか……」


 私はこの時、フェニ子の生還よりもそういう知識もあるのかと感心してしまった。

 そして――


「そっか、フェニ子ってば、鳳凰の不死性もいちおう継承してはいるんだね……」

「継承もなにも、そもそも妾、鳳凰そのものじゃしの」


 もういいだろう。話してしまっても。

 フェニ子は十分、私たちの旅についてくる素養はある。


「……ねえ、フェニ子」

「なんじゃ」

「……本音を言うとさ、このまま燦花に置いていこうと思っていたんだよね」

「なんと」

「でも、今回みたいに全身の骨を折られて、頭から丸呑みにされて、溶かされかかっても大丈夫なら、まあいけるかなって」


 私も紅月も、そこまでされたらさすがに死んじゃうし、その点で言えばフェニ子は安全だと言える。


「成程、ようやく親愛的(ますたあ)も、妾のことを認めたということじゃな」

「ちょっとニュアンスが違うけど……まあ、とりあえず歓迎するよ、フェニ子」

嘻嘻(ふふ)、任せておけ親愛的(ますたあ)。この鳳凰が、きっちり温めてやろう」

「あ、爆発はなしね」

「爆発は意図しておらぬ」


 こうして私たちは、多少のアクシデントはあったものの、依頼品の黒舌草はしっかりと採取できた。



 ◇◇◇



「東雲さん、黒舌草の採取お疲れ様でした。……なにか問題ありませんでしたか?」

「いいえ……」


 ギルドに戻り、今回のことについて報告していると、受付の女性がそんなことを尋ねてきた。


 〝なにか〟


 思わず否定してしまったけど、私はすぐに巨大ツチノコのことを思いだした。

 成り行きとはいえ、討伐してしまったし、ここは報告しておいたほうがいいのかもしれない。

 というか、すべきだろう。

 もちろん報酬を増やしてもらえるから、という理由もあるが、依頼にもなっていることを勝手に解決してしまったのだ。

 冒険者としての報告義務がある。


「あ、じつは――」

「そうでしたか。いえ、実はですね、東雲さんが向かわれた洞窟なんですが、神様が住んでいまして……」

「……神様?」

「はい。土着信仰と申しますか、全国的にはあまり知名度はないのですが、燦花で昔から崇められている土地神様のような神様がいらっしゃって、それがツチノコと呼ばれる神様なんですよね」

「へ、へぇ~……ほぉ~ん……」


 あれ、これもしかしてヤバいやつでは?


「……でも、討伐依頼のところにツチノコって名前を見かけたような……」

「ああ、あれは、現在のようなギルドになる前の名残として残してあるんですよ」

「ど、どういうこと……ですか?」

「その昔、燦花の冒険者はツチノコ様を良くない蛇として討伐しようとしたのです。しかし、討伐に向かった冒険者はだれ一人として帰ってきませんでした。これを重く見た当時のギルド長は許しを請うように、ツチノコ様を神として(たてまつ)ることにしたんです。それからというもの燦花は大きな災害が起こらなくなり、東の都、綾羅と同じように栄えることができたのです」

「えっと……じゃあ、つまり……あの紙は……」

「はい。当時の冒険者の愚行を戒める物として、あそこに飾ったままにしてあるんです」

「そ、そですか。ふぅ~ん。そうなんだ。へぇ~。興味深いですね~」

「といっても、ツチノコ様の姿自体、ここ何十年も確認できていませんからね……って、あれ、東雲さんすごい汗ですよ……!」

「こ、これは……その……」


 たまらん。

 もうなんか、いろいろたまらん。

 拭っても拭っても汗が滝のように流れてくる。

 なんだこれ。

 鳳凰の時以上に大変なことになってる。


「も、もしかして、東雲さん……!」


 女性が何かを思い至ったように、私の顔をじっと見つめてくる。

 ば、ばれた……!

 ローカルとはいえ、現在進行形で信仰形の神様を殺すなんて、一体どんな罰が――


「洞窟内と外での寒暖差で、体調を崩されたのでは?」

「へ?」

「風邪をひかれたら大変ですし、後の手続きはこちらのほうでやらせていただきますので、今日のところはこのままで結構です。あと、こちらが今回の報酬となっております」


 女性はそう言って、報酬の入った袋をじゃらりと置く。


「あ、ああああありがとうございまひゅ!」


 私はひったくるようにそれを受け取ると、足早に建物から出た。


「呵呵、聞いておったぞ。いきなり神殺しをやってのけるか。我が親愛的(ますたあ)ながら見上げた根性じゃ。まったくもって頼もしい」

「いや! いやいや! 殺したのあんたじゃん!」

「なら共犯じゃの」


 フェニ子はそう言って、私の傍らで楽しそうに笑った。

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