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第77話 気にしなくていいこと


「え、大切な人って……もしかして、二人ってそういう関係だったの?」

「そうじゃないわ。私の一方的な片想い……なんて、素敵なものじゃないけど、彼は、私にとって冒険者としての先輩で、師匠だった(・・・)


 紅月の声は落ち着いていた。

 けれど、その目には抑え込まれた熱が宿っているのがわかる。


「……だった?」

「もう知ってると思うけど、私、これでも元冒険者だったのよ。それも金級のね」

「うん。でも、私がこの世界に来た時から、ずっとギルドの職員やってたよね?」

「そうね。職員として働く前の私は、彼の背中を追って、必死に剣を振ってきた」

「……剣? ナイフじゃなくて?」

「ええ、最初は剣を使っていたわ。けれど『おまえには合わないから、こっちにしろ』って言われて、それで私は短剣を握るようになったの」

「そうだったんだ……」

「戦い方から、冒険者としての心得、白雉国にいる魔物に関する知識はすべて、壱路津さんからもらったものよ。あの人には今でも感謝してる。……いえ、今になって、ようやく感謝したと言ったほうが正しいかしら」

「どういうこと?」

「私が冒険者を辞めた理由ね、彼なの」

「……え?」

「どれだけ頑張っても追いつけない。鍛錬をすればするほど、知識をつければつけるほど、彼と比べるたび自分が惨めに思えて……結局、それで冒険者を続けるのが嫌になったの」

「……だから、職員に?」

「ええ。私がそう決断したことを彼に話したら『おめでとう』の一言だけ。それっきり」


 壱路津さんとは話したことがないから、それを皮肉で言っているのか、心からの祝福なのかはわからない。

 けど実際に、憧れの人にそんなことを言われてしまったら、多少なりとも傷ついてしまうかもしれない。


「……ふふ、滑稽よね。私が言うのもなんだけど、金級なんて上澄みも上澄み。なりたくてもなれない人なんて、ごまんといるのに、その時の私の目には壱路津さんの背中しか映ってなかった。もっといえば冒険者なんて、その依頼や仕事内容は多岐に渡るのに、私は〝戦闘〟という一本の物差しでしか物事を測っていなかったの」

「でも、それならなおさら、職員なんて退屈なだけだったんじゃないの?」

「いえ、裏方の仕事は私の性分にも合っていたし、やりがいもあったわ。それと、たぶん冒険者という職業に未練があったのかもね。でも――どこかでずっと、物足りなさを感じていた」


 淡々と語るその言葉の行間から、紅月の後悔がにじみ出ていた。


「そんなとき、貴女たち勇者のお目付け役を任されたの。もともと勇者という存在は好きじゃなかったし、貴女たちは輪をかけて呑気で、危機感もなかったから、見ていて相当イライラしたわ。これも仕事だって割り切ろうとしたけどね」

「す、すみません……」

「なに謝ってるのよ。それに、今なら理解できるわ。いきなり呼びつけられて魔物を倒せだなんて、正気じゃないわよ。……けど、割り切れなかった。壱路津さんが残響種との戦いで命を落としたから」


 そこで紅月は一度、目を伏せた。


「逆恨みだってことはわかってる。でも、あの人の遺体をこの目で見たとき……とても冷静ではいられなかった。勇者が呼ばれたせいで、壱路津さんが死んだ。そう思い込んで、私は勇者を憎んだの。あの村の女の子にまで、八つ当たりみたいな暴言を吐いて……本当に最低だったわ」


 静寂が落ちる。紅月は顔を上げると、真っ直ぐに私を見据えた。


「それからは、貴女が知っているとおりよ。……でも、こうして改めて尋ねてくれているということは、真緒なりに私に対して、なにか思うところがあったということでしょ?」

「……そうかも。あんたがやったことを思うとモヤモヤするけど、それでも勇者のせいで大事な人を失ってたのは、やっぱり――」

「ちょっと。いまさら同情なんてしないで。あれはただの私の逆恨み。それにこの件は、あの日の夜、真緒と話して私の中ではとっくに決着がついてるものなの。だから……壱路津さんのことについて、あなたは何も気にしなくていい。私も、もう気にしていない」


 その表情は晴れやかで、あの日、船上で見た紅月と同じような表情をしていた。


「……そっか。じゃあ私も気にしない。あんたが気にしないって言うなら、それでいいや」


 言葉にしてみると、肩の力がふっと抜けた気がした。

 正直に言えば、まだ完全に割り切れたわけじゃない。

 でも、紅月の気持ちを聞いて、彼女の考えを理解して、少なくとももうただの〝嫌なやつ〟だとは思わない。


 少し間を置いて、私は口角をぐいっと上げて笑った。


「……もう何回言ったかわかんないけどさ。改めて、よろしく」


 紅月は一瞬ぽかんとした顔をして、それからわざとらしくため息をついた。


「ほんと、このくだり何回やるのかしらね」


 けれどその横顔は、どこか照れ隠しのようにも見えた。


「……それに白状すると、今こうして貴女と一緒に、冒険者の真似事のようなことやってるの、それなりに楽しいわよ」

「紅月……」

「やっぱり私は、こっちのほうが合ってたみたい。だから、今度こそ私は満足がいくまで貴女の旅について行きたい……それが、あの時の私の本音」

「なるほどね。だからさっき、あんなに解雇通告にビビってたのか……」

「……その一言、本当に必要だった?」

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