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第76話 勇者と残響種と紅月と


 あっさり戸瀬と別れた私たちは、紅月の病室へときていた。

 彼女はベッドの上で本を読んでいたみたいで、私たちが来るとそれを閉じ、そっと枕元へ置いた。


 ぱっと見、彼女の顔色は悪くなさそうに見える。

 鳳凰が使ったとか言っていた妙な灰により、ミュータント化していないか少し不安だったが、どうやら何も起こってはいないようだ。


「元気そうでよかったよ、紅月」

「ええ、そうね。何回か死ぬかと思ったけど、そこまで重症化しなくてよかったわ。……それで――」


 紅月が私の隣にいる鳳凰を見た。


「その子が鳳凰ね」

「あれ、知ってるんだ」

「まあね。アスモデウス様から話には聞いていたけれど、まさかあの鳳凰がこんな子どもだったなんて思わなかったわ。でも、ありがとう」


 紅月はベッドに座りながらではあるが、鳳凰に頭を下げた。

 その仕草は普段の紅月らしからぬほどに素直で、思わず戸惑ってしまった私は――


「なんか変なものでも食べた?」


 そんな言葉が口をついて出た。

 案の定、紅月は少し眉をひそめる。


「……どういう意味かしら」

「い、いやあ、まさか鳳凰に向けてお礼を言うなんて、思ってなかったから。そもそもの原因が鳳凰だしね」

「でも、私の命を救ってくれたのは事実でしょ。……私はもう、先入観で他人をどうこう言うのはやめたから」


 紅月はそう言って私を見た。


 事実、あの日から、たしかに紅月の私に対する態度は柔らかくなっている。

 そして今回の鳳凰との戦いにおいても、きっちりと私を守ってくれた。

 文字通り命がけて。

 もし彼女があの場にいなかったらと思うとゾッとする。


「それで、三人でここまで押しかけてきて、何か用?」

「ちょっと顔見にね。戸……園場さんともそこで会ったよ」

「いいわよ、気を遣わなくて。園場の正体、勇者戸瀬一輝だったんでしょ?」

「ああ、それも知ってたんだ?」

「貴女があんなに叫んでりゃ、そりゃあね。けど、貴女が心配するのような事にはならないわよ。さっきも言ったけど、勇者って肩書だけで人を判断したりはしない」

「……それについてなんだけどさ」

「なにかしら」


 〝勇者〟

 ここへきて、彼女の言う〝勇者〟の意味合いが少しわかってきた気がする。

 あの日、船上でお互いの気持ちをぶつけ合ったけど、小夜曲でのもっさんとの会話で、私はまだ紅月の本心を理解できていなかったと気づいた。

 いい機会だし、ここは一度、腹を割って話さないととは思うんだけど――


 私は少し含みを込めた視線をもっさんに送った。

 すると彼女はそれに気が付くと、私の目を見て軽くうなずき返してくれた。


「……鳳凰、ちょっといいっスか」

「なんじゃ?」

「どうやら、あたしらは外に出ておいたほうがいいみたいっス」

「なぜじゃ?」

「お邪魔だからっスよ」


 そこは明言は避けてくれないんだ……。


「おお……! たしかに親愛的(ますたあ)の邪魔はしたくないのう……わかったのじゃ。代わりにアスモデウス、おぬしが妾の相手をするがよい」


 もっさんは鳳凰に対してとくに何かを言うわけでもなく、そのまま部屋から出ていった。


「あれ? なんで無視?」


 鳳凰もそれに続いて部屋から出ていく。

 やがて私と紅月の二人が残された。

 どう話を切り出そうか考えていると、紅月から先に口を開いてきた。


「……もしかして、解雇のお話かしら?」

「え?」

「たしかに今回の件、私はあまり役に立たなかったものね。最後のナイフは外すし、他の役割も満足にこなせなかったし。けど、私もここで終われないの。こんなところで終わってしまっては、あの人に――」

「ちょ、ちょっと待って」

「……なによ。申し開きも聞きたくないの?」

「いや、そうじゃなくって、べつに私、あんたのこと解雇しないし、するつもりもないから」

「……は?」

「第一、今回の鳳凰との戦いは、最初から慢心しないで、二人の全力を引き出し、それを叩き込んでいたら済むはずだったんだよ。無駄に戦いを長引かせて、勘違いした挙句に突っ走って、二人を危ない目に遭わせたのは全部私の責任だから」


 私がそう言うと、紅月はしばらく私の顔をぽかんとした表情で見ていた。


「え、ちょっと待って。解雇通告では……ないの?」

「ちがうっての。今回は紅月も戸瀬も、文字通り死ぬほど頑張ってくれた。責められるべきは私の行動だけだよ」

「よ……よかった……」


 紅月は心底安心したように、深いため息をついた――が、すぐに私を睨みつける。


「……って、さっきのはなし。なしだから」

「え?」

「なんか私、必死に貴女に頼み込んでたみたいじゃない。急に恥ずかしくなってきたわ……」

「そうかなあ……?」

「とにかく、さっきのは忘れなさい。いいわね」

「まぁ……うん」


 軽くいじろうかと思ったけど、顔が爆発しそうなほど赤くなっていたので、さすがにやめておいた。


「……あと、ひとつだけ言っておくけど、貴女の言っているのは結果論よ。終わった後にどうこう言ったって意味ないの。反省するくらいなら、次に活かしなさいな」

「……もしかして、フォローしてくれてる?」

「う……るっさいわねえ! さっさと用件を話しなさいよ!」


 つい口が出てしまったのは、意外すぎて驚いたのと、少し……嬉しかったせいだ。たぶん。


 私は不自然な咳ばらいをすると、改めて紅月の顔を見た。


「さっき、聞いたんだよね。もっさんから」

「なにを?」

「勇者と、残響種の関係性について」

「……そう」

「それで、ここまでのことについて思い返してみたんだけど、紅月が勇者を嫌ってる理由ってさ、勇者のせいで冒険者が評価されないから……って、理由だけじゃないんでしょ?」


 私がそう尋ねると、紅月は少し間を置いてから口を開いた。


「そう……ね。残響種は勇者の気配を察知すると、その行動は活発化する。その特性があるせいで、勇者を疎む、厭う人間は少なくないわ。けど、実際その二者間の因果関係を知っているのは、冒険者や職員の中でもごくわずかなの」

「理由……は、訊かなくてもいいか」

「ええ、察しのとおり。一部の者に芽生えるであろう、勇者への反感を抱かせないためよ。……けど、私はそうじゃない。たしかに私もあなたたちに反感を抱いていなかったかと訊かれれば、多少はあったわ。けど壱路津さんは、冒険者壱路津千秋は――私にとって、とても大切な人だったの」


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