第74話 しゃべる湯たんぽ
「アスモデウスになぞ期待するな。親愛的には妾がおる。我が炎にて残響種どもを禊ぎ清めてやろうぞ」
なんか物騒なこと言ってるな、この幼女。
そういえばこの子のことについて、なんとなく後回しにしてたけど――
「なんで私にこんなに懐いてんの」
「のじゃ?」
「一度灰化して記憶がなくなったのはわかったけど、結局のところ、どこまで覚えてるもんなの? 単語とか名詞とか、会話の端々から小賢しさは伝わってくるから、それなりに覚えてるんじゃないかって思ってるんだけど……」
「小賢しいって」
「もしかしたら仲間のふりして油断させておいて、後ろからグサーって可能性もあるじゃん?」
「そ、そんな卑怯なことはせぬ! そもそも、妾が親愛的に牙を剥くなど……」
「その取り乱してる感じも怪しい。そもそも、さっきから言ってる〝マスター〟ってのも、よくわからないんだけど」
「親愛的は親愛的で、親愛的という意味じゃ。なにもややこしい事などなかろう」
「十分ややこしいわ。なんだそのややこしい三段活用」
「まみぃ……母親……もしかして、あれじゃないっスか? 一部の鳥とかによくみられる習性の、刷り込み効果ってやつ」
「すりこみ……?」
「そう。生まれてから最初に見た動くものを親だと思い込む習性」
「そうなの? 鳳凰?」
「う~ん、よくわからんぞ。そもそも妾は鳥などではなく鳳凰じゃ。そのような習性などない」
「でも、じゃあ逆に訊くけど、なんでそんな私に懐いてんのよ。覚えてないとはいえ、殺し合いみたいなことしてたし、おかしくない?」
「そんなものは知らぬ。妾が灰から生まれたとき、親愛的が目の前におったので、もしかしたら妾の大事な人なのではないか……と思い、こうしてついて来ただけじゃ」
「バッチリ刷り込まれてんじゃん」
「ち、ちがう! 妾は鳥ではない! 鳳凰なのじゃ!」
「鳳凰だって鳥みたいなもんでしょ」
「親愛的も猿って言われたら嫌じゃろ」
「あ、なるほどね。……じゃあなんで、人型なの?」
「それは……親愛的が人型じゃったから、この姿のほうが親近感沸くかなって……」
「つまり猿真似ってこと?」
「猿でもないわい!」
鳳凰が元気にツッコミを入れてきたところで、私はもっさんに向き直った。
「……ねえ、どうする? もっさん?」
「え」
「鳳凰の処遇について。なんかこの子、ついてくるとか言ってるけど……」
「あたし? それ、あたしに訊くんスか?」
「だってもっさん、ついて来てくれないんでしょ? 当事者じゃないなら、責任を伴わない発言ができるかなって」
「怖っ。さっき断ったの、めっちゃ根に持たれてる」
「初めて、告白してフラれた人の気持ちが理解できたね。こりゃもう何かしらやり返さないと気が済まないよ」
「思い切り逆恨みじゃないっスか」
まあ、言うまでもないが、冗談だ。
これでもっさんが、私の誘いを断ったことに対しての罪悪感とか、なくなってくれればいいんだけど。
「……う~ん、そうっスね。普通に連れて行けばいいんじゃないっスか?」
「おぉ……! アスモデウスぅ! おぬしなかなか見どころがあるのぅ!」
「……なんで?」
「だって、逆に連れて行かない選択肢なくないっスか? これから残響種倒すなら、鳳凰は役に立つと思うっスけど」
私は改めて鳳凰を見た。
灰化してここまで小さくなったとはいえ、その正体はあの炎の化身とも呼ぶべき巨鳥。
たしかに今の私のパーティには、ステータスを瞬間的にいじる事しかできない女と、ナイフを投げつけたり、素早く動けたりできる女しかいない。
そこへ炎を操る、いわゆる魔法使い的な役割を持った鳳凰が加入してくれると、一気にバランスがよくなる気はする……が、そのうえでどうしてもあの問題が気になってくる。
鳳凰は私の視線に気が付くと、目を細めニコッと笑いかけてきた。
「……鳳凰、ひとつ訊きたいんだけど、私たちと戦った時みたいなことって出来るの?」
「うん? なにがじゃ?」
「口から超高温の息を吐き出したり、火の粉を出して、それを爆弾に変えて襲わせたり……」
「知らん……何それ……怖い……」
「……え?」
「よいか、この姿の妾に出来ることは、親愛的を抱きしめて、妾の体温で温めてあげられることじゃ」
「……それだけ?」
「それだけ、ではない。それが、出来るのじゃ」
「えっと……ああ、そうだ。たしか紅月を灰で治してるとかなんとか言ってたけど、回復が得意だったり?」
「残念じゃが、灰はもう全部使ってしまったのじゃ」
「あれだけあったのに?」
「うむ」
「ま、まじすか……」
どうしよう。
この鳥、ただの湯たんぽ代わりにしかならない。
「嘻嘻、どうじゃ。これから親愛的は一生、凍える夜などとは無縁の生活を送れるのじゃ。嬉しかろう? 嬉しいと言え」
「うーん……」
「褒めてもよいぞ? 撫でるがよい」
「いや私、そもそも寝るとき近くに誰かいたら眠れないタイプなんだけど……って、もしかして一生ついてくるつもりなの?」
「もちろんじゃ。親愛的なんじゃから」
鳳凰はそう言って、私の腰に抱きついてきた。
ほんのり温かい。しかし本当にそれだけ。
「あの、ちょっと確認しておきたいんだけどさ、じつは十日くらいであの大きな鳥の姿に成長して、ものすごく強くなる可能性とか……あったりする?」
「ふむ、そうじゃの。いまの妾が親愛的の言っていた、あの姿……おそらく成熟した姿へ至るまで――だいたいあと百年はかかるかの」
「ひゃっく!? ……今、鳳凰を灰に戻したら刷り込みって消えるかな……」
「なっ、なにを言うておるのじゃ!? この親愛的は!」
「第一、私たち、わりとガチめな死闘繰り広げてたし、そっちが覚えてなくても気まずいっていうか、特に紅月なんか本当に死にかけたし……」
「妾は気にせんぞ」
「そういう問題じゃ――って、あ、そうだ。戸瀬は?」
こちらもすっかり忘れていた。
紅月のことを聞いたから、その流れで尋ねようと思っていたが、これまた色々な情報を聞かされて頭から吹っ飛んでいた。
「そっスね。話したいことも大体話せたと思うっスから、ここじゃ落ち着かないし、他の二人にも顔見せたほうがいいっスね」




