第73話 「あのとき」の真意
「……そっか、全部私のせいだ」
勇者が残響種を目覚めさせる要因になるんだったら、全部、勇者のせいじゃないか。
オオムカデの件では壱路津さんが命を落とし、ヤス村は壊滅して、燦花の街にも多大な迷惑をかけてしまった。
世界を見て回るだなんてとんでもない。
私は綾羅から……いや、そもそもこの世界に来るべきでは――
「……こうなるから、あのとき言うの嫌だったんスけど――」
「もっさん……?」
「いいっスか、まっさん。さっき、あんな約束をしたからもう言っちゃうスけど、たしかに残響種を呼び起こす原因は勇者にあるかもしれないっス。けど、残響種は現状、勇者にしか倒せないんス」
「……え!?」
もっさんから突如として告げられた真相に私は息をのむ。
「そもそも残響種ってのは、余燼みたいなもんなんスよ。またいつ、その滓がほかに燃え移って再燃するかわからない。だからこそ、そうなる前に勇者を召喚して、対処するほかなかったんだと思うっスよ。だからあたしは、まっさんから丹梅国に行くって聞かされてから、今回のことについて考えてたんス」
「考えてたって……」
「丹梅国へと向かう航路の都合上、どうしても燦花の近くを通る必要がある。もしかしたらそれが原因で、鳳凰の活動が活発になる可能性があるかもと思ったんス」
もっさんが真剣な顔で、フォローを入れてくれている。
そしてこの瞬間――
私はあのときの、あの綾羅の寿司屋での出来事を思い出した。
『……でも、それならなんで、私たちに残響種を討伐させに行かせたんだろうね?』
私が綾羅の寿司屋で、何気なくもっさんに投げた疑問。
そのあとのもっさんの行動を妙に思っていたので、すごく印象に残っている問答だ。
私は〝村ひとつ潰させるわけにはいかないから〟だとか〝ギルドとしても早めの討伐を望んでいたから〟だとか、もっともらしいことを考えていた。
だが、その真相は、残響種は勇者でしか倒すことが出来ないというものだった。
誰もその問題に対処することが出来ないなら、その対処が可能な人に任せよう。
至極単純な理由だ。
ギルドだって、私たちを呼び出すのに葛藤があっただろう。
私たちを呼び出せば、残響種も目を覚ましてしまう。
だが残響種とは、もっさんの言ったとおりの存在だとすれば、いつ爆発してもおかしくない不発弾。
いつまでも放っておくわけにはいかない。
結果、残響種は目覚め、村は滅び、国内最強の冒険者と呼ばれていた壱路津さんが命を落としてしまった。
「そ、そっか……だからもっさんは……あのとき――」
私の問いに対して、言葉を濁したんだ。
〝残響種は勇者でしか討伐することが出来ない〟
それを言ってしまえば会話の内容は自然と〝残響種は勇者の存在とともに目覚める〟というものになる。
「私が、私を責めないようにって……」
私がそうつぶやくと、もっさんは少し恥ずかしそうにしながら言った。
「まぁ……あのときはまっさんが、精神的にも不安定というか、どん底みたいな時期だったっスからね。直前で同郷の友達が死んじゃったことで泣いてたし……」
「あ、あれは……」
私も覚えている。
この世界に来て、改めて自分の無力さと不甲斐なさを感じて、しかもそれをもっさんのせいにしようとして、余計に悲しくて、悔しくて泣いてしまったのだ。
「だから、これ以上負担をかけたくなかったってのも、多少はあったっス。……隠しててごめん」
少し項垂れているもっさんに近づき、彼女の手をぎゅっと握る。
その手は先ほどよりもさらに冷たく、勘違いかもしれないが、微かに震えているように感じた。
「……ううん、いいよ。私のことを想ってのことだったんでしょ? それで、今なら打ち明けても大丈夫だって信じてくれた」
もっさんは答えない。
ただ私の顔をじっと見ている。
その紅く大きい瞳には、私の泣きそうな顔が映りこんでいた。
くだらない。本当に。
こんなことでうじうじと悩んで、感極まって泣きそうになる私自身が、くだらない。
広大な海を見て自身の悩みなんかどうでもよくなるように、私は彼女の瞳を見てそう感じてしまった。
「……よし、これからは無駄に自分を責めたり、ネガティブになるような思考はやめる」
「うんうん、それはあたしもいいと思――」
「勇者のせいで残響種が目覚める――ってところばかり見てても仕方ない。問題はそこじゃないんだから。残響種は放っておいても、いつか人間に牙を剥く存在なら、私が責任を持って一匹残らず始末すればいい」
「な、なんか、急に変な方向に吹っ切れたみたいに見えるけど……まっさんがそれでいいなら、私は何も言わないっス」
「うん。せっかく世界を巡るんだし、そのついでに残響種を片付けて回れば一石二鳥でしょ?」
「まぁ、それができるなら、最高っスね」
「うん。それで――」
なんか急に緊張してきた。でも……言わなきゃ。
私は勇気を振り絞るようにして、再度彼女の手を握りしめた。
「それにはたぶん、もっさんの……魔王の力が必要になってくると思うんだ。だから――」
「あっ! ダメ! その先は言わないでほしいっス!」
もっさんが私の手を振りほどき、慌てて口をふさいでくる。
「じゃ、じゃあ、もっさんもついてきてくれる――」
「ごめんなさい」
「え」
もっさんはそう言うと、深々と頭を下げた。
てっきり『その先はあたしに言わせてほしいっス!』的なのを期待してたのだが……。
「ほんとごめん。まっさんに付いて行きたいのは山々なんスけど、こればっかりはどうしようもないんス」
「ええっと、ひとつ確認しておきたいんだけど、それって私にも言えない理由?」
「そっスね。言えない理由を言ったら、結局言ったことになるから、これは言えないっス」
「そ、そっかぁ……」
私のこの、握手するために勢いよく振り上げた手は、どこへ向けて降ろせばいいのだろう。
「〝残響種を一匹残らず始末〟……とな」
私は右手を所在無げにフラフラと漂わせていると、金色に揺らめく瞳を細め、鳳凰が意味深長に口角を吊り上げた。
「ああ、ごめん。敵対するつもりがないなら、鳳凰はべつに狙わないから。それに半分冗談で言――」
「のった」
鳳凰はぴょんと跳ねると、私の手を掴んで強引に握手をしてきた。
その手は鳳凰らしく、少し熱めの温泉くらい温かかった。
「のった……って?」
「無論、その話じゃ。ぜひ妾も連れて行け。ともに残響種を駆逐しようぞ」




