第71話 のじゃろりフェニックス
〝このガキンチョが鳳凰〟
もっさんのその言葉が、ぐるぐると頭の中を駆け回る。
たしかに服の色の感じとか、尻に刺さってる飾りとか、それっぽく見えなくもないが、出鱈目を言って、私をからかっているのだろうか。
だって、もしそうだとしたら、こんな和やかな雰囲気で会話が進行するわけがないからだ。
「おい! 貴様! 誰がガキンチョじゃ! 誰が!」
「はいはい。そういうリアクションはもういいっスから」
「うぬぬ……! 貶すならせめて妾に興味を持たぬか……!」
鳳凰はそう言って、悔しそうに拳を固めてもっさんを見上げている。
「……ちょっと確認したいんだけど、お嬢ちゃんは本当に私たちが倒した、あの鳳凰なの?」
「倒したというのは、ちと語弊があるのう。妾は不死じゃ。霊核を砕かれた程度で消滅など――」
「はいか、いいえかで答えてくれる?」
すこし。
ほんのすこしだけ、こめかみにキた私は強くなりそうな語気を抑えながらそう尋ねる。
「……はい、じゃ」
鳳凰……を自称する幼女は、やれやれとでも言いたげな様子で答えた。
「ちなみに、自分が鳳凰であるということを証明できるものは?」
「そんなものはいらぬ。妾がここに存在すること。それこそが証明じゃ」
幼女は誇らしげに胸を張っている。
まるで話にならない。
そう思った私はもっさんを見る。
すると彼女は面倒くさそうに頭を掻いた。
「……しょうがない。じゃ、あたしが保証するっスよ。魔力量こそ変わってはいるものの、その質は鳳凰そのものっス」
質……か、私にはよくわからないけど、もっさんが言うのならそうなんだろう。
でも、やっぱり目の前の幼女があの鳳凰だなんて信じられない。
けど、もしそれが本当だとすれば、もっさんと鳳凰は――
「信じられないのもわかるっスけど、ここにいるちっこいのは間違いなく鳳凰で、まっさんたちが戦っていたあの大きな鳥っス」
「……じゃあ、なに? もっさんと鳳凰ははじめからグルで、今回の件はマッチポンプ的な出来事だったってこと?」
「ちがうちがう。あたしと鳳凰は、ほとんど初対面みたいなもんっス」
「へ?」
「そうじゃの。互いに、なんとな~く名前を知っておった程度じゃ」
そう言って、鳳凰ともっさんが互いの顔を見る。
「ダメだ。ごめん。説明を聞いてもなんもわかんないや。わるいけど、一旦、整理してもいい?」
「どうぞどうぞ。急ぎの用件も片付いたし、好きなだけ付き合うっス」
「……最初、もっさんは鳳凰の討伐を私たちに依頼した。それで私たちはそれを請け負い、みんなと力を合わせて、なんとか鳳凰を討伐した。……けど戦いが終わって、体力も気力も使い果たして気絶して、目を覚ましたら、なぜか鳳凰がしれっと小夜曲にいて、なごんでいた」
「なごんでた……か、どうかはわかんねっスが、まぁたしかに馴れ馴れしかったのはたしかっス」
「……アスモデウス、おぬし、妾のことをそんなふうに思っておったのか」
鳳凰が冷ややかな視線でもっさんを見た。
「だから私は、もっさんと鳳凰が裏で繋がってて、なにか企んでいたのかと思った」
「それはないっスね」
「それはないのじゃ」
二人(?)が示し合わせたかのように同時に否定する。
「うん。二人が繋がってるのはありえない。なぜなら、お互い初対面だったから。それに――」
そうするメリットがないからだ。
鳳凰は明らかに話が通じない状態で、しかも燦花を滅ぼそうとしていた。
仮にもっさんが鳳凰と手を組んでいたとして、もっさん側に燦花を滅ぼそうとするメリットは一切ない。
だから両者が手を組むとは思えない。
ここまではいい。問題はここからだ。
「じゃあさ、なんでそんな……平然としてられるの?」
「あたしっスか?」
「もっさんもだけど、鳳凰も」
「妾もか」
「当り前でしょ。だってさっきまで私たち、殺し合いみたいなことしてたし。たしかにそれが、残響種と魔王の価値観だって言われたらそれまでだけどさ、そもそも鳳凰って、燦花を燃やそうとしてたんだよね? というか実際、燃やしてたし。よくそれで、無邪気な感じで、ここに顔出せたね」
「まあまあ、それは言いっこなしじゃ。それに、燃やしたといっても、これといった被害はなかったんじゃろ?」
「いや、紅月が死にかけたんだけど……あと、私と戸瀬も」
「それについてはすまん」
「軽いな」
「じゃが、燦花の主であるアスモデウスがこうして、妾を小夜曲に招いておる。なら決着は既についておるじゃろ」
「そ、それは……たしかに。……でも、なんで受け入れてるの、もっさん?」
「鳳凰が無害化したからっス」
「無害……?」
「言ったっスよね、あの状態の鳳凰は暴走してる状態だって」
「ああ、言ってたね」
「だからこうやって一度倒して、灰の中から蘇った鳳凰は、もう無害なんスよ」
「でも、またいつああなるか、わからないんじゃ?」
「ないの」
鳳凰がきっぱりと否定してくる。
「先の姿は、妾の魔力がたち悪く暴走した姿。本来の妾はこのとおり、きうとでぷりちい。それになにより妾、自我失っとったし」
〝自我〟……か。
それについては鳳凰と戦う前に、もっさんが何か言ってたような気がする。
たしか――
「長年溜め込んでた魔力が、自我を押し潰したとかどうのって」
「そうじゃ。……いや、そうらしいの」
「らしい? どういうこと?」
「アスモデウスからそう聞かされてたからじゃ」
「もっさんが?」
私がもっさんの顔を見ると、彼女はゆっくりとうなずいた。
「その可能性が一番高いかなって思ったんス」
「どういうこと? ていうか、鳳凰は自分のことなのにわからないの?」
「妾は一度灰になった時点で、以前の記憶のほとんどが消去されておるからの」
「なにその都合のいい設定。じゃあもしかしたら、溜め込んだ魔力が自我を押し潰して暴走した……以外の可能性もあるの?」
「……そこんとこ、どうなのじゃ? アスモデウス?」
「全然あるっスね。さっきも言ったっスけど、あたしの主張は起こりうる事象の中で、一番確率が高いものを言ったに過ぎないんス」
「……と、いうことらしいの。そもそも妾は、体内の魔力がある一定量を超えると、自然と灰に還るのじゃ」
「人間でいうところの寿命的な?」
「そうじゃの。寿命が来たら灰になり、また灰の中から蘇る。妾はそういう生き物なのじゃ」
「つまり、誰かの手によって、灰に還るのを阻害されて、結果、暴走してしまったと」
「それがいまのところ、一番可能性としては高いの」
「他の可能性は?」
「灰に還るのを忘れていた……とかかのう?」
「ここにきて、まさかのドジっ子路線。ていうか、灰に戻るのって抗えるの?」
「気合を入れたら、それなりには耐えられるぞ」
「なにその無駄な気合。ちなみに、どんな感じで気合って入るの?」
「尻の筋肉にクッと力を入れて、括約筋をすぼめる感じじゃな」
「便意我慢してるだけじゃねえか」
「あとは……可能性としては低いんじゃが、精神操作のような術で誰かに操られてたとかかのう」
「誰かに?」
「……いや、自分で言っておいてなんじゃが、これはないの」
鳳凰がまたきっぱりと否定した。
「なんでないの?」
「灰に還る直前の妾は、そりゃもう凄まじい魔力を宿しておるからじゃ。それは実際に、妾と対峙しておった親愛的が一番理解しておるのではないかの?」
「まあ、たしかにすごかったね。ちょっと近づかれただけで体の水分ぜんぶ蒸発しかけたし、実際もっさんの結界がなかったら、戦いにすらならなかったんじゃない?」
「呵呵、そうじゃろう、そうじゃろう」
なんか楽しそうだなこいつ。
別に褒めたつもりはないんだけど。
「で? それと操られる云々にどんな関係が?」
「おっとそうじゃった。そんな妾を操れる存在など、そうそうおらぬからじゃ」
「そうなの?」
「考えてもみるのじゃ。王は民を動かせど、民は王を動かせぬ。力というものは、より高きところから低きところへと流れるものじゃ。それこそ妾を動かせるのは、そこにおるアスモデウスのような魔王を始め、一部の勇者と上級天使……あとは神くらいのものじゃな」
「なんか新しい単語が出てきて、いろいろ訊きたいことがあるけど……でも、それだと、もっさん怪しくない?」




