第67話 霊核の本質
「お~い、次が来るっスよ~」
階下からもっさんの、のんびりとした声が聞こえてくる。
「いや、わかってるけど……ねぇ紅月、あれ全部撃ち落とせない?」
「む、無茶言うわね……短刀を全部投げつけても足りないわよ。それよりも、貴女はどうなの?」
「は? 私?」
「貴女の能力で破壊するのは無理にしても、速度を落として、着弾までの時間を稼ぐことはできるんじゃないの?」
「それは無理だね。私のステータス・オープンだと一度に複数の対象は選択できない。それに――」
私はあの火の粉のステータスを開こうとしたが、案の定開くことができない。
「……やっぱり」
「やっぱり……って、なによ?」
「あの鳳凰を模った爆弾だけど、あれに意思はないんだよ。生き物じゃない。だから、私のステータス調整の対象じゃないんだ」
「なるほ――」
「あんたが私に向けて放ったナイフと同じだね」
「い、今はべつに、その話はいいじゃない……! 園場さんは、なにか策が――」
「おまえら、うだうだしゃべってる場合じゃねえだろ!」
園場さんは荒く息を吐き、手元からもう一振りの刀を引き抜く。
「疾風一閃――〝颶風丸〟」
迫りくる火の粉の群れに向け、ためらうことなく刀を振り下ろした。
その瞬間、振り下ろした刃の軌道から旋風が発生し、火の粉を呑み込んでいく。
呑み込まれた火の粉は風の力に抗うことが出来ず、そのまま空中で次々に爆ぜていった。
「紅月! 撃ち漏らしだ!」
「は、はい……!」
園場さんがそう指示を出すと、紅月はすばやくナイフを投擲して火の粉を爆ぜさせる。
「そ、そんな隠し玉があったんですね……」
私が感心しながらそう漏らすと、園場さんは振り返ることなく言った。
「本体はともかく、あの程度の敵なら俺の颶風丸で押し戻せる」
「なるほど、じゃあ、これから飛んでくる火の粉は、園場さんが対処してくれるとして――あれ、もしかしてこれ、ジリ貧では?」
「そのとおりよ。そもそも、鳳凰に攻撃する役割である園場さんを、守りには使えないわ」
鳳凰の霊核を破壊するには、園場さんのハバキリが必要になってくる。
しかしそのハバキリも現状はボロボロで、あと一発が限度。
だから園場さんは射出の瞬間、壊れないよう細心の注意を払う必要がある。つまり、多少なりとも集中する時間が要る。。
「でも、紅月なんかじゃ、あの火の粉を全部落とせないし……」
「ぐっ……!? わるかったわね、全然使えなくて……!」
「また来るぞ……!」
なんてことを考えていると、鳳凰がまた翼をはためかせて火の粉を飛ばしてきた。
当然、園場さんはそれを、先ほどと同じように旋風で押し戻していく。
――ダメだ。
たとえ園場さんがその風を無限に発生させることが出来たとしても、朝が来ればもうその時点で詰み。
第一、紅月に至っては、なんてことないような表情をしているが、呼吸がかなり浅い。
汗だって、見た感じまったく流れ出ていない。
このままでは朝が来るどころか、その前に紅月が倒れてしまう。
「なら、いっそのこと、役割を交代してみたらどうだ」
園場さんが額の汗をぬぐいながら言う。
「役割の交代……ですか?」
「ああ。俺が飛んでくる火の粉をすべて薙ぎ払う。その隙におまえと紅月が、鳳凰の霊核をなんとかして攻撃するんだ」
「む、無茶です! そもそも私の肩では、あそこまで届きませんよ!」
「いや、届くだろ」
「え?」
園場さんはそう言って、まっすぐ私のほうを向いた。
「……もしかして、私のステータス・オープンで紅月を……?」
「そうだ。わざわざ、俺の攻撃タイミングに合わせて鳳凰の防御を下げるより、ずっと現実的だろ?」
「それは……そうかもですけど、紅月、あんた真っ直ぐ投げられるの?」
「舐めないで。……と言いたいところだけれど、さすがにあの距離だと自信がないわね」
「だよね。それに、まだ霊核の問題が……」
私はもう一度、ステータス・オープンを見る。
そこには依然、鳳凰のステータスが記されているのみ。
霊核の場所の特定なんて出来るはずが――
「……ん?」
微妙だけど、今、鳳凰のステータスがほんのわずかに変動したような……。
「お、おい! 鳳凰の野郎……!」
園場さんが声をあげる。
私がそれにつられて顔を上げると、鳳凰の嘴の端から、まるで涎のように炎が垂れていた。
そして――
『キィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』
例の金切り声とともに、目も眩むほどの炎の息が吐き出される。
範囲が広い。とても避けられない。
私は顔の前で両腕を交差すると、右足を引いて、衝撃に備えた。
〝ボウッ!〟
やがて全身が物凄い熱気に包まれる。
熱い。息ができない。ひとたび吸い込んでしまえば、肺が焼き爛れてしまう。
……けど、まだ、耐えられないほどじゃない。
火力だけでいえば、あの巨大な火球よりもかなり下。
それだけに永い。
この炎に晒されて、どれくらいの時間が経ったのだろう。
炎は未だ途切れることなく、私たちをじりじりと灼いていく。
「ぐ……っ、うおらァアアア……!」
そんななか、園場さんが気力を振り絞るように颶風丸を振りかざし、炎をかき消した。
「だ、大丈夫ですか……!?」
「ああ、俺はな……」
そう言っている園場さんの視線の先――
紅月はすでに気を失ってもおかしくないほどに、浅い呼吸を何度も繰り返していた。
「紅月、いける……?」
「ええ、ええ……! もちろん……よ……!」
こうして見ているだけでもわかる。
その目は虚ろで、声に生気が宿っていない。
彼女はとうの昔に限界を迎えていた。
それでも、こうして気丈に振る舞ってくれているのは、私たちの士気を下げないためか、それとも――
「……紅月、園場さん。それと、もっさんも。ちょっと聞いてくれる??」
私の呼びかけに、その場にいた二人が静かに私を見る。
「霊核の件だけど、どうにかなりそうかも」
「本当っスか?」
階下から、もっさんの声が聞こえてくる。
「うん。ただ、最後に確認したいことがあるんだけど……もっさん、ちょっといい?」
「なんスか?」
「さっきの炎の息を吐いたとき、どこに霊核があるのか見てた?」
「え? えーっと……自信ないっスけど、たぶん胸辺りじゃないっスかね」
「じゃあ、つぎ鳳凰が攻撃した時に――」
私が言い終えるよりも前に、鳳凰がまた火の粉を飛ばしてきた。
まったく、遠慮もなければ空気も読まない鳥だ。
私は鳳凰のステータスを急いでチェックし、それが若干変動しているのを確認すると、もっさんに合図を飛ばす。
「ここ……! もっさん、いま鳳凰の霊核だけど、どこにある!?」
「えっと、翼……から、今、頭へ移動したっス」
もっさんが答えると同時に、園場さんが火の粉を旋風で押し戻す。
「繋がった。やっぱり、そういうことね……」
「真緒?」
「火の粉を生成する時は翼に。それを自分の形に変えて、爆発させるときは頭に。そして、炎を吐くときは胸に……」
「も、もしかして――」
どうやら紅月も私と同じことを思い至ったようだ。
「そう。鳳凰は攻撃に合わせて、霊核も移動させてきてる」
「そういうことか。要するに霊核ってのは文字通り野郎の核であり、そいつを移動させることで、それに対応した攻撃を繰り出せるってわけか」
「……でも、それがわかったところで、すぐに霊核が移動してしまう問題はどうするんスか?」
「ううん、違う。一番重要なのは、それに伴いステータスも変動しているってことだよ。だからステータスを固定すれば、それで霊核も固定できると思う」




