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第66話 絨毯爆撃


 私はうつぶせに倒れている紅月を抱き起こし、その顔を覗き込んだ。

 あれほどの熱気を、あれほどの至近距離で受けたにも拘らず、目立った外傷は見当たらない。

 けれど唇は白く乾き、髪の根元には塩を吹いたような粉が浮かんでいる。

 おそらく深刻な脱水症状によるものだろう。

 かくいう私も紅月ほどひどくはないが、似たようなものだ。

 喉が焼けつくように渇き、息を吸うたび肺がざらつく。

 園場さんもまたそうなのだろう。


 けれど、今は幸いなことに雨が降っていた。

 私は紅月の顔を両手で鷲掴みにすると、強引にその口を開けて雨を多めに摂取――


「やめ……な……さい……っ!」


 突如むくりと上体を起こした紅月が私の頭を、わりと冗談じゃない強度でしばいてくる。


「あいたっ」

「なにをしているのよ……貴女は……!」

「なんかヤバそうだったから、水分の補給をと……」

「できるか!」


 二度ぶたれた。

 今度のは優しかったが、私の気持ちも多少は汲んでほしいものだ。


「ていうかあんた、大丈夫なの? 唇とかカッサカサだよ」

「ええ、問題ないわ。……これ以上ないくらい喉がカラカラだけどね」

「あるじゃん、問題。……けどまぁ、あんなに至近距離まで近づいちゃったらね……」

「しょうがないわよ。あれが確実だったんだから」


 紅月はそう言って立ち上がる。

 彼女が大丈夫だと言ったとおり、その足取りは至って普通に見える。


「それにしても……すさまじい光景ね」


 紅月の言葉に促され、私も改めて周囲を見渡す。

 炎に呑まれゆく燦花の街と、その上から絶え間なく降り注ぐ雨。

 炎を消すために降るはずの雨粒が、逆に炎を映し込み、赤く揺らめいていた。

 私はその対比を、不謹慎ながらも美しいと感じてしまった。 

 そんなやり取りをしていると、園場さんがフラフラと棟の縁まで歩きはじめた。


「雨降ってますし、滑ってあぶないですよ、園場さん」


 呼びかけても返事どころか、リアクションすらも返ってこない。

 私と紅月は互いに顔を見合わせる。

 園場さんはやがて縁のすれすれまで歩いて行くと、そこで足を止めて下を見た。

 鳳凰が落下していったところだ。生死を確認しているのだろうか。

 たしかもっさんの話では、霊核を砕かれたら鳳凰は一旦、灰に戻るんだったっけ。


「……おいおい、マジかよ」


 園場さんが下を見つめながら私たちにも聞こえる声量でつぶやく。


 途轍もなく嫌な予感がする。

 私も紅月も、急いで園場さんの横へ行くと、そのまま縁から小夜曲の下を見た。

 灰になっているであろう鳳凰の巨体が、びくり、と痙攣したと思ったら、次の瞬間、再び炎をまき散らしながら翼を広げ、空へと舞い上がる。


『キィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』


 鼓膜を裂くような金切り声が夜空に轟いた。

 鳳凰はしっかりと私たちを睨みつけているようだが、さきほどみたいに近づいてくる様子はない。

 さきほどのことを警戒しているのだろうか。


「……やっぱあるじゃん、知性」

「そもそもそれを知性って呼んでいいかわからないっスけど」


 すかさず階下からもっさんの声が聞こえてくる。


「あと、こっちでもある程度、鳳凰の情報が整理出来たっス」

「情報の整理というと?」

「霊核の場所っス。聞いて驚かないでほしいんスけど、常に移動してるんスよね」

「ど、どういうこと?」

「なにが起因して移動してるかわからないっスけど、頭に行ったり、翼に行ったり、胸辺りに行ったりしてるっスね」

「なんでそんな……もしかして狙われないように、わざと移動させたりしてるとか?」

「それこそ知性の話になるっスけど、個人的には考えづらいっスね」

「なんで?」

「本来、鳳凰はオオムカデみたいに意思疎通ができるんスけど、今はただ鬱陶しい甲高い声をあげて、周囲に炎をばら撒いてるだけ。これはどう見ても暴走してるだけっスね」

「そんなの倒しちゃっていいの?」

「お、この状況で鳳凰の心配っスか? 余裕っスね~」

「そういうつもりじゃないけど……」

「でも大丈夫。何度も言うっスが、鳳凰は死なないんス。霊核を砕かれても、灰になるだけ。つまり、まだ灰になってないってことは、さっきの攻撃で頭を貫いたとき、頭に霊核はなかったということっスね」

「でもさ、もっさん。移動してるってわかってるなら、場所もわかるってことだよね? 上に来てちょっと手伝ってくれない?」

「いやまぁ、べつにいいんスけど、じつは移動の頻度が激しいんスよね」

「移動の頻度が……激しい?」

「そう。たとえば今は……ええっと、頭にあるんスよ、霊核が」


 もっさんの声で私は鳳凰のステータスを開き、園場さんは再度ハバキリを構えたが――


「うん、もう移動した」

「……え?」

「で、今は翼にあるんスよ」

「な、なにそれ……! もしかしてもっさんが、霊核の場所がどこにあるかわからないって言ったのって――」

「たぶんそれが原因っスね。こんな感じで『今、頭にあるよ!』って指示出して、ソノバが攻撃するじゃないっスか。けど、その攻撃が放たれて、鳳凰に届くころには、またべつの場所に霊核が移動している可能性が限りなく高い。……それに、もうあと一発が限界なんじゃないっスか?」


 私が園場さんを見ると、彼は静かにうなずいた。


「……付け加えると、現時点でハバキリはすでにボロボロだ。次の一発、撃てるには撃てるんだが、途中で壊れねえよう、細心の注意を払わなけりゃ、さっきみたいな威力すら出ねえだろうな」

「そ、そんな……どうすれば――」


『キィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』


 再び鳳凰が金切り声をあげる。

 この癇に障る不協和音にも、そろそろ慣れてきた――そう思った矢先だった。

 鳳凰は翼を大きく羽ばたかせると、今度は大量の火の粉を私たちに向けて飛ばしてきた。


 しかし、あれは現在も街を燃やしているもののはず。

 さきほどの火球よりは明らかに火力は下がる。

 実際、あの炎に包まれた程度で、人は死ななかった。

 ならわざわざ対応しなくても――


「な、なに、あれ……!」


 などという甘い考えが、一瞬にして吹き飛ぶ。

 こちらに向けて放たれた火の粉が一斉に、鳳凰を模した鳥の形に変わった。

 ひとつひとつは鳳凰に比べてはるかに小さいものの、その数は――数える気すら起きないほどだった。


 火の粉はやがて私たちの前までやってくると、群れが一斉に甲高い鳴き声をあげ、その身を膨れ上がらせた。


「うしろへ!」


 紅月が大きな声をあげ、私と園場さんも反射的に後ろへ飛びのくと――

 〝ボガアアン!〟

 という炸裂音をあげながら火の粉が爆ぜた。


「まさか……あれ全部、爆弾なの……?」


 さきほどの火球よりはマシだが、直撃していたら危なかった。

 そして、そんな私たちに追い打ちをかけるように、鳳凰はまた翼を動かし、火の粉を飛ばしてきた。


「気を付けるっスよ。あたしの結界は爆風まではカバーできないっスから」


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