第65話 紅刃太陽を断つ
「頭?」
胡坐を組んでいた園場さんが顔を上げて確認してくる。
「はい、頭です」
「心臓を狙うのはやめたのか?」
いちおう話は聞いてたんだ。
「はい。どこにあるかわかりませんので」
「……なるほど。わかった」
園場さんは刀を掴みおもむろに立ち上がると、そのまま鞘から抜いた。
刀は電気を帯びたまま。
園場さんは柄を両手で握ると、顔の隣まで持っていき、切っ先を鳳凰へと向けた。
やがて腰を落として、右足を引くと――
「頭のどこだ?」
顔だけ私たちのほうへ向け、尋ねてきた。
「脳のありそうな場所です」
「脳……」
園場さんは何か言いたそうにしながら、再び刀を構えた。
任せると言った手前、なにも文句を言えないのだろう。
「ちなみに、どんな感じに出るんですか、ビーム」
「……それは、今必要なことか?」
ため息。
園場さんは顔をこちらに向けようともしない。
「必要ですよ。ビームの直径……は、この際どうしようもないですが、どういう速度で射出されて着弾(?)するかは知っておきたいです。私の能力の持続時間、だいたい一秒なので」
「……わかった。この距離ならおそらく、雷の発射から着弾までは数秒もかからんだろう。おまえの合図とともに俺が撃ち出す。それでいいか?」
「わかりました。じゃあ三からカウントダウンするので、それでお願いします」
「ああ……」
私は再度鳳凰のステータス欄を開くと、防御値の下にあるつまみに指で触れる。
「さん……にぃ……いち――」
〝バチバチィ!!〟
突如、私の隣から電気がショートしたみたいな音が聞こえてくる。
ほんの一瞬だった。
刀が閃いたかと思うと、次の瞬間には青白い稲光が鳳凰の頭に届いていた。
しかし、勢いよく射出された稲光は、そのまま難なく弾かれてしまった。
それもそのはずで――
「な、なんで撃ったんですか!? まだ合図してませんよ!」
「……は、だっておまえ、カウントダウン……」
「まだカウント・イチだったじゃないですか! 普通カウント・ゼロで発射しませんか!?」
「おまえの普通なんて知らねえよ」
「そもそもイチって、まだ残ってるじゃないですか、下が!」
「はいはい、言い合いはそこまで……!」
紅月が私と園場さんの中に割って入ってくる。
「今のは事前に打ち合わせしなかったお二人と、確認しなかった私が悪いです!」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
たしかに一で発射する民の存在を忘れていたのは、私の落ち度でもある。
慎重に行こうと言った手前これだ。これでは先が思いやられ――
『キィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』
思わず耳を塞いでしまうほどの絶叫。
見ると、さきほどの鳳凰が私たちを睨みつけていた。
「まさか……今の攻撃で私たちを敵と認識したとか……?」
「ま、マジで……? あるじゃん、知性……!」
「そんなもんは知性でも何でもない、ただの防衛本能っスよ~」
階下からもっさんの声が聞こえてくる。
どうやら聞こえていたようだ。
「どうせならもっさんも上がってきたらいいのに……」
「万が一攻撃を受けて、集中力でも切らしたらその時点で燦花・ジ・エンドになるっス~」
「……会話はできるみたいね」
紅月が階段を見ながら言う。
「おい……! 楽しくおしゃべりしてる場合じゃねえぞ!」
「え――」
背中がチリチリと焼かれている気がして振り返る。
「うわ……っ!?」
咄嗟に腕をつきだし目を守る。
そこにはまるで、太陽と見紛うほどの光源が目と鼻の先まで迫ってきていた。
瞬間、汗が滝のように噴き出し、即座に蒸発する。
巨大い。閃光い。そしてなにより灼熱い。
まともに見てしまえば、眼球が焼かれてしまう。
こうして立っていられるのは、もっさんの結界があるおかげだと再認識する。
けど、今すぐどうにかしないと、からっからの干物になってしまう。
そんなことを考えていると――
「ちょいちょいちょい、さすがにまずいっスよ。それ食らったら、明日の朝を待たずにここで仲良く昇天っス」
階下からもっさんの声が聞こえてくる。
おそらく今、鳳凰が私たちに何かしようとしているのはわかるんだけど――
腕で視界を遮っているせいで、なにがなんだか全くわからない。
かといって、これを止めたら目が焼かれ――
「そ、そうだ……!」
私は一旦、いままで開いていた鳳凰のステータス画面を閉じる。
そしてメニュー画面まで戻ると、自身の明度をほぼ下限まで下げた。
「これで見え――」
見える。たしかに直に鳳凰の姿が見えるようになった。
眼球がじりじりと焼かれる感覚もなくなった。
しかし、こんなモノが見えるようになるなら、見えないほうがマシだった。
鳳凰はその嘴を大きく開けて、メラメラと揺らめく巨大な火球を生成していた。
まさに小さな太陽と呼べるようなモノが、私たちに向けられていたのだ。
明度を下げているのに、光と熱が空気を揺らし、皮膚が焼けるような錯覚を覚える
たしかにこんなものをまともに受ければ、そのまま蒸発してしまうだろう。
というか、現時点でもその熱気を浴びているだけでかなりまずい。
「ど、どうなってるの!? 私、なにも見えないんだけど……!」
口の中どころか、喉の水分すらないのだろう。
紅月はひどくかすれた声をあげた。
「だ、大丈夫、私は見えてる……!」
かくいう私も、もはや唾液すら分泌されなくなっている。
しゃべるたび、まるで大量の砂でも吐き出しているような感覚に陥る。
「え、なに、大丈夫なの!?」
「ううん、この状況は全然大丈夫じゃないけど、大丈夫、見えてはいる」
「ややこしい……! いまどういう状況……なの!?」
「ごめん……説明してる暇は……とりあえず……二人とも……自分が持てる最大火力を……鳳凰に向けて……撃って……!」
「最大火力って言っても……私は短刀しか……」
「わかった……東雲……おまえはどうするんだ」
「私はいま……能力のクールタイム……中だから……鳳凰の防御力を落とすことが……出来ないの……だからふたりの……どちらかの攻撃力を上げる……!」
「お……俺のはやめろ……! 紅月のほうにしろ……!」
〝なんで〟
なんて尋ねている暇はない。
とりあえず今は――
「じゃあ紅月……! 思い切りおねがい……!」
「でも短刀――わかったわ……いいわよ……! やってやろうじゃない……!」
自暴自棄みたいな台詞を吐く紅月は、懐から宣言通りナイフを取り出したのだが――
なぜか彼女はナイフを持ったまま、鳳凰へと突撃した。
〝突撃〟なんて言ってないのになぜ……いや、そうか、汗だ。
さっき私の頬を伝った汗は、落ちた瞬間に蒸発した。
つまりその瞬間に、結界の加護がなくなったのだ。
ではナイフだとどうなるのか。
……おそらく手から離れた途端に、溶けてなくなってしまうだろう。
もちろんその形状を保ったまま、鳳凰まで届く可能性もある。
だが、それは可能性に過ぎない。紅月はより確実な方法を選んだのだ。
しかし、鳳凰が放とうとしているのは目も眩むほどの魔力の塊。
おそらく近づくだけでも、相当なダメージはあるだろう。
なら、ここで私が強化すべきステータスは、攻撃力と防御力のふたつ――なのだが、現状、私の能力は同一対象の二種以上の項目を同時にいじることは不可能。
つまり、どちらかを選ばなければならない。
攻撃力か防御力か。
……そんなものは決まっている。
彼女もそれを覚悟して、鳳凰に突っ込んでいったんだ。
ここで防御力なんて上げたら、あとでなんて言われるか――
「紅月……! 突撃……っ!」
私は彼女の背中に檄を飛ばしつつ、攻撃力値を最大まで上げた。
〝ザン!〟
紅月は渾身の力でナイフを薙ぎ、鳳凰へ攻撃を見舞った。
しかし、目が見えていなかったせいか、その斬撃は虚しく宙を切り裂いただけ。
結局、鳳凰にダメージを与えることは叶わなかった。
まさに万事休す
――かに思えた。
〝ゆらり〟
途端、火球が揺れ、そこに紅月の放ったナイフの軌跡と同じ角度の切れ込みが入る。
斬った。
斬っていたのだ。
紅月は鳳凰ではなく、火球を真っ二つに切断していた。
火球は切断面からボコボコと熱湯のように沸き立ち、今にも炸裂しかかっていた。
「……炸裂?」
炸裂。
そうか、これはとんでもないチャンスだ。
紅月が作ってくれた千載一遇のチャンス。これを逃す手はない。
「園場さ――」
「わかってる」
私が園場さんのほうを向くと、彼は既に〝構え〟に入っていた。
切っ先はすでに鳳凰の頭部を捉えている。
「この距離なら減衰はしねえ……! 穿て! ハバキリ!」
刀が再び閃く。
青白い稲光が、今度は鳳凰の頭部を間違いなく刺し貫いた。
ぐらりと鳳凰は後方へ倒れていくと――
〝――――――――!!〟
想像を絶する衝撃、爆発が起こり、まるで地震でも起きたように小夜曲全体が大きく揺れる。
あの火球が炸裂したのだ。それも鳳凰の顔面付近で。無事で済むはずがない。
私は揺れが収まったのを確認すると、急ぎ倒れている紅月に駆け寄った。
雨が降る。




