第64話 三度の機会
最後の階段を踏みしめ、やがて辿り着いた天守閣の棟。
熱を帯びた赤い風が吹くたび、気管が灼かれるような感覚に陥る。
「これは……すごいな……」
もっさんの結界がなければ、すでに丸焼けになっていただろう。
そして、ふと見上げると、はるか上空――
鳳凰は相変わらず悠々と燦花上空を旋回し、流星が如き火の粉を降らせている。
咆哮とも悲鳴ともつかぬ、鳥類特有の金切り声が夜空を震わせた。
たしかにもっさんの言うとおり、あの鳳凰からは知性のようなものは感じられないが、目的ははっきりとわかる。
燦花を焦土にすること。
そうでなければあんなに燦花に執着はしない。
「さて――」
私の後に続いて棟に上がってきた紅月が声をあげる。
「まずは霊核の場所探しね」
「だね、もっさんも知らないって言ってたし」
「とりあえず貴女の能力で見てみれば?」
「それもそうだね……」
私は紅月に促されるがまま、いつものようにステータスオープンを使用する。
いい加減習慣づけろよとも思うが――
じつは最近知ったのだが、ステータスオープンもタダじゃないのだ。
能力を使うときと、それを出したままにするとき、微量ではあるが魔力を消費する。
一度、出しっぱなしで寝てしまったことがあったんだけど、次の日魔力が切れて、一日中ぼーっとしちゃって、依頼に全然集中できなかったんだっけ。
なので、出したら片づける。点けたら消す。これが大事なのだ。
「どう?」
紅月が私の手元を覗き込んでくる。
いちおう他の人からも見えるように、画面の調整はしているんだけど……読むの面倒くさがってるのか、こいつ。
「……うん、やっぱり魔力量は測定不能だね。相当ため込んでるみたい」
「霊核についての記載は?」
「それは――」
ないとは思うが、念のため。
鳳凰のステータスを指でスクロールして見ていくが、それに関する記載はない。
攻撃力や防御力などといった指標と、それに対応する数字のみ。
「……ダメだね。やっぱりそういうのはないや」
「そう。ならいっそのこと、心臓部あたりを狙ってみる?」
「いいかもね、それ。……ちなみに心臓ってどこにあるの?」
「私にはわからないわよ。貴女、焼鳥好きなんでしょ?」
「……好きだから、なに?」
「だって貴女、さっきまでぶつぶつ呟きながら焼鳥食べてたじゃない」
「そりゃ部位を見たらある程度わかるけどさ、どこにあるかまではわからないよ。そっちこそ元冒険者なんだから、わからないの?」
「冒険者は鶏を捌かないわよ」
「いやほら、魔物と戦ってたりすると弱点の傾向とか偏ってこないの? 人型だと、大体胸のあたりに心臓があるとかさ……」
「鳥の魔物といえば、陰摩羅鬼や天狗あたりとは戦ったことはあるけど……」
「天狗って鳥なの」
「そもそも弱点なんて気にしてないわよ。ある程度切ればちゃんと死ぬんだから」
「まぁ……鳳凰じゃそうはいかなさそうだもんね……」
「そうね。やっぱりここは、いろいろな部位を潰して回りましょう」
「それもそうだね。時間はあるんだし、いろいろ潰していこう」
「おい」
これまで会話に参加してこなかった園場さんが、急に話しかけてきた。
なにかとっておきの策でもあるのだろうか。
「なんですか、園場さん」
「いちおう言っとくが、俺のハバキリは未完成品のレプリカだ」
園場さんはいつの間にか手にしていた白鞘の刀を見せてきた。
そしてその刀を鞘から抜いた瞬間、バチバチと刀身に青白い火花が走った。
刀そのものが物凄い電気を帯びているようで、鞘鳴りに混じって空気が焦げる匂いが漂う。
「す、すごい……」
「もしかして、この刀は――」
いつの間にか私の隣に移動してきていた紅月は刀を見て息を呑む。
「い、いえ、よく見ればどこか……失礼ですが、これは偽物……でしょうか?」
偽物。
でも、たしかによく見ると、どこかその輝きは不安定だった。
刃文はところどころ濁り、まだ研ぎ澄まされていない。
表面には細かなひびが走り、纏う電気は安定しておらず、ぱちりと弾けてはすぐに消えていく。
それでもこの一振りに込められた威圧感は消えていない。
彼がこうして手にしているだけで、鳳凰の熱気で揺らめいていた空気を張りつめさせていた。
「そのとおり。こいつは急ごしらえで仕立てられた、模造刀だ」
「模造刀……ですか。だから本物じゃない……」
「白雉国における雷をも切り裂く伝説の名刀、天羽々斬の名を冠しちゃいるが、一刀ごとにこの刀身が削れていく。あと三発も撃ちゃ、それで終わりだ」
「撃つというのは……?」
私がそう質問をすると、園場さんはハバキリを鞘へと仕舞った。
「こいつは本物みてぇに切った張ったするような代物じゃねえ。そこまで頑丈には造られちゃいねえ」
「で、でも船上では普通に魔物を切ってませんでした?」
「あれはこれとはまた別の刀だ」
「べつの……」
つまりこの人は、いくつもの刀を所持しているということになるのか。
なんか、どこかにそんな能力の人いなかったっけ……。
「だが、その代わり本物のように、剣先から雷を放つことが出来る。それの限界が三発だってことだ」
「な、なるほど……つまり、無駄撃ちは許されないと……」
「それに――」
「まだあるんですか」
「狙って撃てるぶん、精度とタイミングの融通は利く。だがこの刀の出力じゃ、鳳凰の霊核とやらを貫くには到底足りねえだろうな。そこは俺も、アスモデウスとは同意見だ」
「だから、真緒の能力と発動時間を合わせる必要がある……ということですね?」
「ああ。……どうするかはおまえらに任せる。俺は雷をいつでも放てるよう、集中しておく。ハバキリの力が必要になったらいつでも呼べ」
「あの、念のためにお尋ねするんですが……ほかに攻撃方法は――」
「ない」
「そ、そですか」
園場さんは私から少し離れて胡坐を組むと、刀をそっと自身の前に置いた。
「……どうしよう、紅月」
「情けない声をださないで。私たちに与えられた機会は三回。その三回で霊核を壊すことができたら私たちの勝ち。できなければ私たちの負け。それだけじゃない」
「博徒みたいなこと言うね」
「う、うるさいわね……! 要するに、急所っぽいところを三か所攻撃すればいいのよ」
「そっか。なにも心臓に拘らなくても、それっぽい場所……あったっけ?」
「あるじゃない。基本的にそこを潰されたら誰でも死んでしまうような場所。それでいて、ものすごくわかりやすい場所が」
「誰でも……わかりやすい……って、あ、もしかして……!」
私は未だに、悠々と火の粉をまき散らしている鳳凰を見上げた。




