第63話 不死の炎翼
「おや、二人は知り合いなんスか?」
もっさんが興味深そうに尋ねてくる。
「園場さんとは知り合いというよりは……まぁ、同じ船に乗り合わせただけっていうか」
実際、園場さんのことは冒険者ってこととシャイってこと以外、何も知らないしね。
「ソノバ! へぇ~、そう? キミ、ソノバって言うんスね」
もっさんはニヤニヤと笑いながら園場さんを見た。
なんだろう、このもっさんの反応は。
てっきり園場さんとは知り合いかなと思ったけど、そういうわけでもないのかな。
でも――
「さっき言ってた、ある人物って園場さんのことじゃないの?」
「そっスよ。彼にはわざわざこのために、綾羅から来てもらったんス」
「……なのに、名前は知らなかったと?」
「園場って名前は初めて聞いたっスからね」
「どゆことよ」
「真緒、ほら……」
紅月が口をへの字に曲げ、なんとも言えない表情を浮かべる。
……ああ、なるほど。紅月のことといい、覚えてないだけか。
もっさんはたぶん人の名前を覚えるのが苦手なんだ。
だから、私にはあえてニックネーム的なのをつけているのかもしれない。
「――チッ」
園場さんが緩い空気に冷水をぶっかけるように舌打ちをする。
「おっと、ソノバがキレちまったっス。もう、そういうスタンスで行くんスね?」
「……俺のことなんかより、残響種倒すんだろ」
園場さんがあきらかにイライラしてらっしゃる。
一体なにが気に入らなかったというのだろう。
もしかして名前を忘れられて、怒っているのだろうか。
「そりゃそうだ。悪かったっスね、話を脱線させちゃって」
もっさんが当てつけのように言うと、園場さんは面白くなさそうに、その場にドカッと座り込んだ。
「さて、本題に戻るんスけど、目標は残響種。鳳凰と呼ばれる個体を討伐することっス」
「鳳凰……って、火の鳥だよね?」
「まあ、それで合ってるっス」
「でも、そんなのこっからだと見えないんだけど……」
燃えている鳥。
そんな目立つようなモノが、こんな見晴らしのいい建物から見えないなんてことはないだろう。
もしかして、ものすごく小さな鳥だったりするのだろうか。
それだと探し出すのがものすごく面倒くさそうだ。
そんなことを考えていると――
「……上を見るっス」
「うえ?」
促されるままに窓からそっと体を乗り出し、上を見た瞬間、思わず息が詰まった。
「空が燃えて……いや、あれって――」
巨大な、あまりにも巨大な影が月を、星を、夜空を覆い隠している。
それは一羽の鳥。
だがその大きさは、街ひとつを丸ごと飲み込むほどの影を落としている。
翼は燃え盛る炎そのものであり、ひとたびそれを動かせば大量の火の粉が舞い散り、流星のように尾を引いて街へと落ちていく。
「こんな……こんなの……どうやって戦えば……」
「いやいや、大きさでいえば、オオムカデのほうがたぶん大きいっスよ」
もっさんの冷静な、冷水のようなツッコミが私の心に灯りかけた恐怖心を消火する。
「そ、そっか、だよね。それに今回はもっさんがいるから、大丈――」
「ああ、あたしは戦わないっスよ」
「なんで?」
「というか、戦えないっていうのが正しいっスね」
「……どういうこと?」
「いま維持してるこの結界なんスけど、わりと範囲広めだし、ちょっとでも強度を弱めるとすぐみんな焼け死んじゃうから、結構神経使うんスよ。だから、これ維持したまま戦うとかは無理っス」
「本当に?」
「本当に」
そう言っているもっさんの顔だが、どう見てもケロッとしている。
そもそも先ほどまでかいていた汗も、今は引いてるみたいだし。
逆に何をして汗をかいていたのかを知りたい。……いや、やっぱり知りたくない。
「……ならさ、ほんの一瞬だけ解除して、その間にやっつけるとかは?」
「そんな都合のいいつよつよ攻撃、あたしがもってると思うんスか?」
「え、ないの?」
「ないっスねえ……」
「魔王なのに?」
「魔王だけど……」
「必殺ビームとか、魔王滅殺光線みたいなものは……?」
「出ないっスねえ……そもそも魔王滅殺光線って、それ死ぬのあたしじゃないっスか」
「そんなあ……」
ひそかにこの世界における魔王と呼ばれる存在が、本気で戦っているシーンを見れると思ってたのに。
「そこまでわかりやすく肩を落とさなくても……そもそもあたし、戦闘向きじゃないんスから」
「……でもさ、あんなに高く飛ばれたら、攻撃なんて届かないよ?」
「そのためにカズ……ソノバがいるんスよ」
「園場さん……? でも、園場さんって、接近戦メインなんじゃ?」
「遠距離だっていける……はず。ねえ、ソノバ?」
もっさんがそう尋ねると、園場さんはうなずいた。
船上だと刀みたいなのを取り出して戦ってた気がするけど、あれを鳳凰に向けて投げつけたりするのだろうか。
「だから、今回の作戦の要は、まっさんになるっスよ」
「私? なんで? むしろ園場さんでは?」
「ソノバの攻撃なんてたかが知れてるっス。あんな攻撃、いくらやっても鳳凰には傷ひとつつかないっスよ」
「めちゃくちゃ貶めるね。自分で呼んでおいて」
「事実っスからね」
そのことに対して園場さんは何も言わない。
ただ、何か言いたげにもっさんのことを見てる……っぽい?
よくわからない。屋内なんだから、その笠とればいいのに。
「だから、まっさんの能力でソノバの能力を上げて――」
「ぎ、逆だ、逆。俺じゃなく、鳳凰の能力を下げろ」
園場さんが慌てて、もっさんの案を訂正する。
さきほどまで口を噤んでいたとは思えないほどの慌てっぷりだ。
私としては、同時に行うことはできないから、園場さんの能力を上げるのも、鳳凰の能力を下げるのも大差ないと思ってるんだけど――
「……って、あれ? 私、園場さんに、能力について話したことありましたっけ?」
「そ、それは……!」
「おやおや、そこんとこどうなんスか? ソノバくん?」
なぜかもっさんがニタニタと笑いながら園場さんを見る。
私の能力について知っているのは、そんなにいない。
それこそ、ここにいる紅月やもっさん。綾羅にいる須貝さんや、バカ勇者二人組くらいのはずだが――
……それにしても、さっきからもっさんの、園場さんに対する態度はなんなんだろう。
それに、もっさんもそうだけど、ここまで魔王と普通に話している人間も珍しい。
あの須貝さんでさえも初対面時は緊張していたように思う。
「き、聞いたんだよ……!」
なんてことを考えていると、園場さんが思い出したようにそう答えた。
「聞いた? 誰からです?」
「そこにいるヤツだ。ここに来る前に、そいつから聞いた」
園場さんに指をさされたもっさんが、驚いたように目を丸める。
「もっさんさぁ……」
「えぇ……あたし?」
「ビームも出せなければ、人の能力まで勝手に教えるとか、魔王としてどうなの?」
「はぁ……じゃあもう、そういうことでいいっスよ……」
「ちょっと! 今はそんなくだらないこと、言ってる場合じゃないでしょ。もうちょっと真面目にやりなさいよ」
紅月に叱られてしまった。
全くもってその通りだから何も言い返せない。
「では、真緒が鳳凰の能力を下げ、その間に園場さんが攻撃する。……その作戦でよろしいでしょうか?」
「待った。まだ大事なこと言ってないっス」
「大事なこと……ですか?」
「鳳凰は死なないんス。翼を落としても、それこそ高威力の魔法で撃ち落としても死なない」
「死なないって……それでは、どのように討伐するのですか?」
「鳳凰には霊核と呼ばれる心臓部があるんスよ。そこを破壊することで、一旦はその生命活動は停止すると思うっス」
「一旦……というのは、もしかして――」
「そう。霊核を砕かれた鳳凰は、一旦は灰になって消滅するんスけど、再度その灰の中から復活するんス」
「では、打つ手はなし、ということでしょうか?」
「いや、さっきも言ったっスが、霊核を砕けばいいんス」
「ですが、それではまた復活してしまうのでは?」
「うん。またひな鳥になって復活するっスね」
「ひな鳥……?」
「……あ、わかった。大きくなるたびに、霊核を砕くんだ」
「まっさん正解。死なないなら、適切に処置をすればいいんスよ。今はいわば、重度の暴走状態。考えられるのは、長年しこしこ溜め込んだ魔力が膨らんで、自我を押し潰してる状態っスね。たぶん総魔力量だけでいったら、あたしよりも上っスよ」
「魔王よりも……?」
「まあ、見てのとおり炎をばら撒いてるだけの存在なんで、こうしてあたしが結界で抑えてるかぎり、あっちもなんか変なことはやってこないと思うっスけど」
「そっか。それで、肝心の結界のほうはどれくらいもつの?」
「もってあと……半日くらいっスね」
「意外ともつね」
「いやいや、明日の朝には燦花は焼け野原っスよ? それに、鳳凰はそれでも止まらないだろうから、やがて白雉国中が消し炭になるっス」
「大変じゃん」
「だから、そう言ってるんスよ。……じゃ、覚悟が出来たら――」
もっさんは部屋の中央へいき、天井から垂れていた紐にぴょんと飛びつくと、思い切りそれを引っ張った。
すると天井から〝ガコン〟という音が鳴り、階段が降りてきた。
「ここから小夜曲の棟に登って、そこから迎撃をお願いするっス」




