第7話 英雄の死とパーティの亀裂
壱路津千秋。
今回の任務でギルド側が用意してくれた二人目の協力員。
白雉国でただひとりの白金級の冒険者にして、極東支部最高戦力。
その男が、ヤス村の中央で倒れていた。
地に顔を伏せたまま、全身が血と汚泥にまみれている。
腰には見事な金装飾の鞘だけが差してあり、彼の愛刀の行方は杳として知れず。
ただ、そんな彼の近くには、彼が命懸けで守ったであろう少女が蹲るように倒れていた。
意識はなく、呼吸も浅く、脈拍は弱い。
千尋が急ぎ救命措置を試みたが、どうやら命に別条はなかったようだ。
改めて周囲を見渡せば、家屋の大半は潰され、地面には何か巨大なものが這いずった跡がそこらじゅうにあった。
村にはすでに残響種の姿はない。
ただその爪痕のみが、はっきりと残されていた。
だが、称賛されるべきは壱路津千秋の功績である。
たしかに村は、村としての機能は果たせないほどの壊滅的な破壊を受けているものの、命を落とした者は誰一人としていなかったのだ。
彼は、壱路津千秋は、文字通り命を賭してこの村を守ったのだ。
私たちがすべての村人たちの手当をし終えたのは、東の空が明るくなる頃だった。
「……なんとか終わったね」
私たちは村の外れにある木の根元、その草の上で、輪になって座っていた。
治癒魔法をかけたり、怪我の手当てをしたりと、ずっと働き通しだった千尋は、木にもたれかかるようにして、まるで気絶しているように眠っている。
「だな。俺もさすがに疲れたぜ」
「それでどうする」
これまでの余韻や流れをぶった切って牙神が口を開く。
なんとなく、何について話し合いたいのかはわかるが、今はとにかくひと息入れたい。
私はなるべく楽な体勢で、二人の会話に耳を傾けた。
「どうするって、なんかしたいのか少年」
「決まっている。ここに残るか一度綾羅に戻るかだ」
「戻る? なんでだよ」
「事態はすでに僕たちだけの問題じゃなくなってきている。もう試練とかそういう次元の話じゃなくなってきているんだ。実際に人が死んで村ひとつが壊滅した。ここは一度綾羅に戻って改めてギルドに応援を要請するか向こうと連携して動いたほうがいい」
「いいじゃねえか、せっかくここまで来たんだから、このままブッ倒してやろうぜ」
「せっかく? 何を言ってるんだ僕たちはまだ何もしていないじゃないか。やったことといえば餓鬼を倒して村人を手当てしただけだ」
「じゃあなんだ。おまえはここの人たち見捨てて、おめおめと帰ろうってのか」
「ああそうだ。敵である残響種の情報や弱点もロクに知らないうえに協力者のはずの冒険者も死んでしまった。ここで深追いして僕たちまで死んだらそれこそ本末転倒だろう」
たしかに牙神の言うとおりだ。
この目で、この村の惨状を見るまでは〝残響種〟なんて……と、心のどこかで思っていたかもしれない。
だけど蓋を開けてみればこの通りだ。
もはや一個の生物の仕業というよりもこれは、天災と呼ぶほうが正しい。
台風や津波、地震といった類の災害が、悪意を以て人間を襲っているのだ。
その場のノリや根性で太刀打ちできるものじゃない。
「へっ、さっそく弱音かい、少年」
「あ?」
「そもそもの話、この世界にあるすべての国が寄ってたかって作った組織のエリートたちが、それでも敵わなかった相手だぜ?」
「……何が言いたいんだ」
「これくらいのことは想定内だってこったろ」
「いやおまえ見てなかったのか。紅月の慌てふためく姿を」
「どのみち、俺たちはこれから、そんな連中を相手取って戦わなきゃならねえ。それが俺たちの存在価値だろうが。なあ牙神よ、おまえはここに何しに来たんだ?」
「……残響種を倒しにきたに決まってるだろう」
「違う。違うな、牙神。俺たちは俺たちの価値を、この世界のやつらに証明するためにここにいるんだ! 違うか!」
「それは……」
「それをなんだ。協力者が死んだ? 弱点がわからねえ? 敵が思ったよりも強そうだった? ……ざけんじゃねえ。これから会う敵全員、自分の手に負えねえヤツだったら、それでおまえ、尻尾巻いて逃げンのか? 違うだろ。そんなことやってりゃあ、どんどん自分の首絞めてくだけだ。ここはどんなに苦しくても、辛くても、怖くても、歯ァ食いしばって耐えるべき場面だろ」
「……ああ。おまえの言い分もわかる。だが見ただろこの村の惨状を。こんなものいくら特異な能力を持ったとはいえ数人集まった程度の人間が太刀打ちできるものじゃない」
「だからこそ、だろうが」
「は?」
「そのために俺たちがここにいる。この世界のやつらも、俺たちがそいつらをブッ倒せるから、この世界に呼んだんじゃねえか。それに壱路津って冒険者も、命は落としちまったが、たったひとりで魔物を追い払えただろ。その点、俺たちは五人いる。敵わねえなんてことはねえ」
「……たしかに」
牙神はそう言うと、俯き、何かを考え始めた。
ちょっとまずいな。牙神がパッション論法に絆されようとしている。
たしかに、いつもの私ならこの戸瀬の熱い語りに同調していただろうけど、今は状況が状況だ。
「……戸瀬、ごめん」
「うん? どうした東雲」
「あなたの言いたいことはわかるし、この世界では、あなたの在り様のほうが正しいのかもしれない。けどね、私にはただ、あなたが自分に酔ってるだけにしか聞こえない」
「……なんだと」
「自己陶酔に浸って、自分を奮い立たせるのはいいと思う。……うん、それはすごくいいと思う。少なくとも私にはそんなことはできないし、上手く言えないけど、勇者になるべき人はそうでなくちゃとも思う。でも、その破滅的英雄願望で、他人を道ずれにしようとしないで」
「いつ誰が道ずれにしようとしたよ」
「なんの勝算もなく敵に挑むのは自殺行為だし、それに他人を巻き込むのは道ずれだよ」
「勝算がねえと戦えねえってのは、そりゃ臆病モンだろうが。そんなんで勇者務まるかよ」
「論点がズレてるから言うけど、これはスポーツじゃない。二度目なんてないんだよ」
「んなこたァ俺だってわかってンだよ!」
「牙神も言ってたけど、そもそも今回討伐するはずだった残響種の情報を、私たちは何も持ってない。そんな中、頼みの綱だった壱路津が戦死。それで、当の残響種は天災にも等しい力を持ってる。いくら私たちに、この世界の人にはない能力があったとしても、それは絶対じゃない」
「じゃあ東雲はどうしてンだ」
「ここは一度冷静になって、オオムカデの情報を集めるべきだと思う。たとえ綾羅に戻ることになっても」
「そんなら、ここでもいいだろ」
「……そうだね。まずは現地の人たちの話を聞くのが先決だと思う」
「決まりだな。……俺ァ寝るぜ。どのみち、話聞くにしても、ここの村民の回復を待たなきゃならねえしな」
戸瀬はそう言うと、そのままどこかへ行ってしまった。
牙神もすこし気まずそうに、戸瀬とは別の方向へ歩いていった。
「……あっ」
しまった。お礼を言うべきだったか。
戸瀬がやろうとしていることはともかく、彼は彼なりに行動し、問題解決を図ろうとしてくれた。
そしてなにより、強い言葉を使われたのにも関わらず、私の意見に耳を傾け、正面から話し合ってくれた。
でも――
「ふぁ……っ」
さすがに私も限界みたいだ。
大きな欠伸が口からまろび出る。
戸瀬への礼は起きてからだな。
私は熟睡している千尋を横目に木に寄りかかると、そのまま目を閉じた。