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第57話 不器用な一歩目 真緒の本心


 正直、紅月がこうしてきちんと、私に向き合ってくれるのは嬉しかった。


 彼女の言葉も姿勢も、嘘偽りはないのだろう。

 今回のことを経て、彼女は私に対する見方を変え、歩み寄ると言ってくれた。

 なにが彼女をそうさせたのかはわからないけれど、私はそれが嬉しかった。

 その点に関しては嘘じゃない。


 ただ、彼女は憑き物が取れたような顔をしているが、私はそうじゃないのだ。

 彼女は自分の気持ちに一区切りついたのかもしれないが、私はそうじゃない。


 紅月雷亜のやったことは決して消えない。

 罪はやがて贖われるし、彼女とはいい友人になりたいとも思う。

 しかし、ふとした拍子にそれ(・・)が鎌首をもたげる瞬間がきっとくる。

 私はその時、上手く笑っていられる自信がない。

 それはきっと、私が心の底では、紅月雷亜を赦していないからだと思う。

 あの昇級戦のとき、私は私の中の悲しみや怒りといった感情が、綺麗さっぱり消えたと思っていた。……思い込んでいた。

 だが、そうじゃなかった。

 私は紅月雷亜のことが今でも好きではない。


 いや、違う。

 私は紅月雷亜のことが……嫌いだ。


 けれど須貝さんはその罪を、彼女に対する憎しみを呑み込み、彼女ごと私に託した。

 その時点で私は彼女になにかを言う資格はないのだ。

 彼がそれで手打ちにするというのなら、私はそれ以上彼女を責められない。

 彼は私以上に雨井との付き合いがあり、その言葉の端々に雨井に対する尊敬や、感謝は間違いなくあった。

 彼の気持ちなど、私なんかが推し量れるわけもない。

 そんな彼が紅月に罰を下さず、私のために彼女をお供につけると言ったのだ。

 その申し出を私が無碍にできるはずがない。無理だ。


 正直に言おう。

 紅月は丹梅国にて、私を置き去ろうとしていたと白状した時、私は――

 『本当にそうしてくれればよかったのに』と思ってしまった。


 だからこそ私も、今、ここで、この鬱屈とした気持ちを清算しなくてはならない。

 紅月が正面から私を見てくれたのなら、私も正面から彼女を受け止めなくてはならない。


「真緒……?」


 すこし長く保留してしまったせいか、紅月が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


「……うん、ありがとう。その気持ちは嬉しい。私だってあんたの肩を叩いて『次は気を付けてよ』とか『これからも頼むね』とか言いたいけど……うん、本当に色々あったんだ。この半年間。楽しいこともあったけど、たぶん、ツラいことのほうが多かった。まぁ、その大半があんたのせいなんだけどね……」

「ええ、わかってる」


 私の嫌味にも、まっすぐ返してくる紅月。

 これだけでさきほどの決意が本当だとわかる。

 私は続ける。


「……でも、要するにあんたは、あんたの居場所を守りたかっただけなんだよ。ただあんたは勇者が嫌いなだけだった。なんの苦労も知らない異世界人が、ひょんなことで手に入れた特殊な能力で、今まで頑張ってきた人たちを蔑ろにするのが許せなかった」

「でも、今は違う。私は勇者を……少なくとも貴女をそんな色眼鏡では見な――」

「ごめん、まだ私、話してるから」

「ご、ごめんなさい……」

「……だからって、私を殺そうとしたのはさすがに引くし、それが原因で雨井が死んじゃったのは、今でも腑に落ちてない。不意にあいつのことを思い出すと、あんたを殴りたくなる」

「うん……」

「でも、あんたはあんたなりに、雨井のことで、須貝組に罪を償おうとした。たしかに雨井の件は私自身、まだ納得してないけど、それって私がとやかく言うべき問題じゃないんだよ。現に須貝さんはあんたを私のお供にして、罪をなかったことにしてくれた。あの人は私以上に雨井との付き合いが長いし、そのショックは計り知れないものだったと思う。でも、そういうのを全部呑み込んで、私のためにあんたを見逃してくれたんだよ。それなのに、私があんたに今さらどうこう言えるわけないじゃん。だから……だからさ――」


 私は大きく息を吸って、紅月の顔をまっすぐに見る。


「もう、こんなことしないでよ、頼むからさ」


 それは心からの言葉だった。

 紅月のことが憎かった須貝さんが、私の為にと都合したんだから、その責任を、仕事を、私が嫌いだからって理由で、軽々しく放り出すなよと。


「私だって、あんたのこと好きじゃないよ。けど、それ以上に須貝さんの厚意を無碍にはしたくないの。私だって我慢してるんだから、あんただけ楽になろうとすんなってこと。わかった?」

「わかったわ。もう、こういうことはしない」


 紅月はそう言ってゆっくり頷くと、すこしはにかんで笑った。


「……でも、よかったわ」

「なにが?」

「真緒の本音を聞けて」

「本音?」

「そうよ、私が嫌いだっていう本音。……だって貴女、今まで『なんてことない』みたいな顔してたし、感情とかないのかなって思ってたの。そのくせ変なタイミングで怒ったりもするし」


 どうやら彼女は、私のことを情緒不安定な何かだと思っていたようだ。


「……って、それ、なんか昇級戦のときも言ってなかった?」

「ええ。いい顔してるっていうのは、私の本音よ。前の貴女は……眼鏡をかけていたから、表情が分かりづらかったのもあるけれど、最近の貴女はすごく……すごく……」

「すごく……なに?」

「……人間ぽい?」

「それ貶してない?」

「褒めてるのよ。少なくとも私は、今の貴女のほうが好き。……友達になれるかどうかは置いといてね」

「あんたがそれ言うか」

「前の貴女は何を考えているかわからなかったもの。……悪く言えば不気味?」

「良く言えよ」


 そんなに変わったのだろうか。

 でも、たしかに以前に比べて考えることは増えた気がする。

 それが外見にも表れてきている……とかなのだろうか。


「……まあいいや」


 そんなこと私が気にしていても仕方がない。

 変わったと言われたのなら、変わったのだろう。


 気が付くと、紅月がなにか期待するような視線を私に向けていた。

 なんだこいつ。と一瞬思ってしまったが、そういえばまだ紅月の問いに対する答えをハッキリと言っていない気がする。


 ただ『ついてこい!』って言うのは、なんかキャラ的に違う気がする。

 かといって『ついてこれば?』ってツンデレっぽく言うのもなぁ……どう言うのが正解なのか。


「……まあ、とりあえず、ついてくるなら役に立ってね。私としてもできれば首輪の力とか借りたくないし」

「ええ、わかった」



 完全に許してはいないけど、私としても本人の意思を捻じ曲げ、無理やり言うことを聞かせる……というのはあまり好きじゃない。

 なので、ここらへんが落としどころだろう。


 他は……まぁ、いちいち言わなくてもわかるだろう。こいつエリートらしいし。


「……だから、私がパン買って来いって言ったら買ってきて」

「ぱ、パン? ……え、ええ、わかったわ……」

「あと、私が突撃って言ったら突撃して」

「え、ええ、わかっ……どこへ……?」


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