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第56話 その手を握る理由 紅月の決意


「そっか……」


 結論は出た。

 そこまで強い拒絶を示すのであれば私は――


「正直言うとね、この前、魔王アスモデウスが言ったとおりなの」

「私に危害を加える可能性……ってやつ?」

「そうね。魔王ビアーゼボに会うって決まる前から、私は丹梅国に着いたら、貴女を置いてそのまま帰ろうと思ってたわ」


 紅月は続ける。おそらく、彼女なりに言葉を選びながら。


「でも、それも首輪を付けられて、そうもいかなくなった。これを言うと言い訳っぽく聞こえるかもしれないけど……正直、すごい混乱した。魔王に見透かされたのもそうだし、なにより、これからもずっと貴女の言うことを聞いて生きていく人生なんだって考えたら……」

「だから、天使を?」

「そうね。魔王の呪いを打ち消す存在は、天使しかいないと思った。だから機会を待ったの」

「なるほどね。それでずっと、私の周りうろうろしてたんだ……でも、スラットですぐに行動を起こさなかったのはなんで?」

「さっきも言ったけど、混乱してたからよ。……それに、あそこには魔物の他にもたくさんの人間がいた。もしそんなところで天使なんて呼び出して、神魔大戦の再現みたいになったら、どれだけの被害が生じるかわからなかった」


 〝神魔大戦〟

 またその単語が出てきたな。

 前にもっさんのところで聞いたことがあったっけ。


「……けど、その結果がこれ。殺されかけたうえに、周りにこんな迷惑をかけるなんて、思ってもみなかった」


 それはそうだ。

 頼みの綱でもあった天使に問答無用で殺されかけたら、あんな顔にもなる。

 あのときの、最後の手段を断たれ、今から天使に殺されると知った彼女のあの顔は、私もしばらく忘れられそうにない。


「それになにより、あの天使ラファエルが出てくるなんて思ってなかった」


 あの(・・)天使ラファエル。

 これも私が知らないだけで、おそらくものすごい天使なのだろう。

 なにせ呼び出しただけで殺そうとするのだから。

 あれがスタンダードな天使だとは思いたくない。


「……私からもひとつ質問、いい?」


 今度は紅月から切り出してきた。


「ん、なに?」

「なんで私を助けようとしてくれたの?」


 それを訊いてくるか……それも、そんな真剣な顔で。


 ……さて、彼女にはなんと答えるべきか。

 昼間にも言ったとおり、発作的に手が出たというのは本当だ。

 ラファエルの発言を受けて、私の体が咄嗟に反応した。

 だから彼女の質問に対する回答は〝発作みたいなもん〟となる。

 それ以上でも以下でもない。偽らざる回答。


 ただそう答えると……どう考えてもふざけているように聞こえてしまう。

 事実なんだから仕方はないけれど、彼女が私に向ける眼差しは真剣そのものだ。

 たしかに、ここでそれっぽい回答を、紅月が納得するような回答を捏造するのは造作もない。

 どうせ彼女とはここで別れるのだから、わざわざ後味の悪い別れ方をする必要もないだろう。だが――


 本当に発作(それ)だけだったのだろうか?


 私は再度、私に問う。

 私は本当に、ただ単に発作のようなものが生じたから、あのとき紅月の後ろ襟を力いっぱい引っ張ったのだろうか。

 もちろんそれもある。……あるけれど、あのとき私が紅月に感じたものは、たしかにそれだけじゃなかった。


「……発作みたいなものだよ」


 すこし考えた結果、私は彼女にそう答えた。


「……ふざけてるの?」


 眉をひそめ、あきらかに不機嫌そうな顔でそう言う紅月。

 予想していたような反応が返ってきて、すこし安心する。


「まあ、聞いてよ。真面目にしゃべるから」

「貴女が……そう言うなら……」


 まだすこし納得のいってなさそうな顔で紅月が頷く。

 これはすこし意外だった。

 いつの間に聞き分けがよくなったんだろう。


「……オオムカデのときのこと、覚えてる?」

「ええ、覚えてるわよ」

「あのとき、ヤス村で出会った女の子は?」

「……もちろん、覚えてるわよ」


 今度は少し間をおいてから彼女は答えた。


壱路津(いちみつ)さんがかばった子でしょ? 忘れるわけないわよ……」


 なんというか、彼女のそれは含みを持たせる言い方だった。


 思い返してみれば、彼女はやけに壱路津さんの肩を持っていたような気がする。

 もしかして音子ちゃんへのあの態度も、それが原因なのだろうか。


「……じゃあ、私があのときあんたに掴みかかったことは?」

「掴み……ああ、そんなこともあったわね」

「なにその反応」

「……いやだって、昇級戦のときにも言ってたわよね。私はべつに、そんなの気にしてなかったのに」

「本当に? そんなことある?」


 私が知らない人に急に掴みかかられたら……どうだろ、やっぱり気にすると思う。

 少なくともしばらくは、その人の顔を見るたびに思い出すんじゃないかな。


「あるわよ。勇者っていったって異世界の人間でしょ? 私たちと価値観が違うかもしれない……なんてのは想定してるわよ。あの時だって突然怒ってきたから、そんな感じの人たちなのかなって」

「そんな感じて……」


 どんな感じなんだよ。


「……でも、そうね。もうすこしべつに見方をするのなら――」

「なに?」

「人の為に怒れる人なんだな……とも思ったかも」

「……それって、この世界だと珍しいの?」


 なんか急に恥ずかしいことを言われたので、私は冗談で返した。


「バカ。それですこし安心したって話よ。この人たち、案外価値観が近いのかもって」

「なるほどねぇ……」

「『なるほどねぇ……』じゃなくて、それが発作とやらと、どう関係してくるのよ」

「ああ、ごめん。じつはその時なんで怒ったのかなんだけど、私にもわからないんだよね」

「わからない……?」

「そう。たぶんあんたの、音子ちゃんに対する言動にムカついたんだと思うんだけど、気がついたらあんたに掴みかかってたって感じ。これに関しては、本当に発作みたいなものだから、上手く説明できないんだよね」

「じゃあ、もしかして私を助けたのも……?」

「そうだね。深い理由はないと思う。ただ直前のラファエルの言葉にムカついて、勝手にあんたを助けたんだと思う」

「そう……ちなみにこれは、真面目に訊くんだけど……」

「なに?」

「それって貴女の世界だと普通なの?」

「んなわけあるか」

「あはは……そうよね……」

「……でも、さっき改めて考えたんだけどさ。やっぱ、それだけじゃないかもって」

「どういうこと?」

「こうキレ散らかしてるとさ、どういうことでキレてるのかとか、傾向とか大体わかるようになるんだけど〝不要〟とか〝存在価値がない〟とか、そういう言葉を聞くと私、カッとなるのね。それってつまり〝そんなことない〟って思ってるから、怒ってるんじゃないかなって」

「それって……」

「うん、天使はあんなこと言ってたけど、私はあんたに価値がないなんて思わないし、不要だとも思ってない。というか、そんな人間なんてそもそもいないからさ、だから私は、あんたを助けたんだと思う。傲慢な天使に怒ったんだと思う。おまえがそれを決めんなよって」

「そっか……」


 私がとりとめもなくそう言うと、紅月は船の縁に寄りかかって夜の海を見た。

 何を考えているかはわからないけれど、私にはどこか、彼女がすこし寂しそうに見えた。

 やがて彼女はかぶりを振ると――


「……うん、決めたわ」


 決意を固めたように、私に向き直って言った。


「私、貴女についていく。今度は誰かに言われたからじゃなく、自分の意思で」

「え……」


 てっきり、もうこのまま燦花で別れるものと思っていた私は、思わず彼女に訊き返した。


「い、いやでも、あんた嫌なんじゃないの?」

「勇者は今でも嫌いよ。それは変わらない。……でも、もう吹っ切れたの」


 紅月はそう言うと、私の手を取り、ぎゅっと強く握ってくる。

 しかし、彼女の手は微かに震えていた。


「私、貴女をひとりの人間として見ていなかったんだなって、今、思い知らされたわ。貴女を勝手に〝勇者〟って分類に突っ込んで、貴女の性格から考え方からなにまで、見て見ぬふりをして、脳内で勝手に虚像を作り上げて、勝手にそれを悪だと断じていた。でも本当の、いま私が手を握っている貴女は、東雲真緒は……こんなにも無垢で、がむしゃらで、不器用で、たまに毒吐いたり、ふざけたりもしてるけど、他人の為を想って行動できる、立派な人間だって気づいたの。だから――」


 紅月は一度照れくさそうに目を伏せると、おもむろに私の目を見てきた。


「だから、改めて私を仲間に加えてほしいの。私は貴女が、この旅でどこへ行き、何をするのかを見届けたい。私は、私が納得するまで、貴女の隣にいたい」


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