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第52話 不穏な魚影


 私と紅月が船内会議室に着くと、そこにはすでに乗組員に混じって数名の冒険者たちが集まっていた。

 皆一様になにやら深刻そうに顔をしかめている。

 そしてそこには乗船時、僧侶だと思いこんでいた男性もいた。

 その人は部屋の隅で、壁にもたれかかりながら腕を組んでいる。


 冒険者だったんだ。

 なんてことを思っていると、その人と目が合った……気がした。

 室内だというのに笠をかぶっているため、相変わらず顔はよく見えないが、なぜか彼はすぐに顔をそむけた。


「集まりましたね」


 乗組員の中でもひときわ体の大きな男性が口を開く。


「まずは自己紹介を。私、本船乗組員である堂州(どうす)吾越(ごおつ)と申します。以後、お見知りおきを。……さて現状についてですが、本船は滞りなく予定通りに航行しています。このまま西へ、途中、何も問題が発生しなければ、明後日の朝頃には到着すると思われます」

「フム。して、わざわざ拙者らを集めたのは、如何様な用向きにござるか」


 年季の入った、ところどころ擦り切れている袴を着た浪人風の男性が、無精ひげを撫でながら言う。


「はい、船内放送でこの情報を伝えてしまうと、お客様方が不安に思われる可能性がありますので。そしてその情報ですが、事前にお聞きいただいているとは思いますが、本船はこれから魔物の生息域へと突入します」


 聞いてないんだけど。


「ですので、冒険者様方にはこの海域を抜けるまで、甲板や、船体周りの警戒をお願いします」

「……警戒とな。戦の用意にはござらんと」


 浪人さんが私の訊きたいことを全部訊いてくれている。

 たぶんあの人も私と同じように、事前に何も聞かされなかったんだろう。


「はい。もちろん有事の際には戦闘を行っていただきますが、本船は基本的に魔物とは遭遇しないよう、航路を調整しておりますので、戦闘自体は滅多に起きませんが、それでも万が一がございます」

「左様か。……委細承知」


 でも、そりゃそうか。

 こうやって航路を確立してるんだから、危険の少ない場所を通るのは当たり前だよね。

 魔物の生息域って聞いてビビったけど、それなら心配はなさそうだ。


「ご理解いただきありがとうございます。……では、皆様の情報はあらかじめギルドから知らされておりますので、それをもとに、配置をこちらのほうで決めさせていただきました」


 堂州さんが合図を送ると、他の乗組員たちが紙きれ一枚を私たちに配り始めた。

 紙には船の見取り図があり、各々、冒険者の名前とその配置が記載されていた。

 これによると、私の配置は――船尾らしい。

 甲板じゃないだけマシだが、私の周囲に配置されている人がいない。

 情報はギルドから知らされてるって言ってたし、たぶん私の能力が比較的索敵に向いていることも承知済みなのだろう。

 それにしても、いくらなんでもこの広い船の船尾に一人だけというのは――


「うん?」


 配られた紙に違和感を感じて首を傾げていると、堂州さんがすかさず尋ねてくる。


「どうかなさいましたか、東雲様」


「東雲……?」

「東雲だって……?」

「東雲って、あの……?」


 〝東雲〟という言葉にその場にいた人たちが色めき立つ。

 さっきの浪人さんも、目を大きく開け、紙と私とを交互に見た。

 やっぱりというか、ここでも私の話は尾ひれがモリモリなのだろう。

 対して、乗組員さんたちはリアクションをとっていない。

 むしろ、なにをそんなに驚いているかわからない……というふうに見える。


「あ、すみません。なんか……紅月の名前がないんですけど……」

「紅月様……で、ございますか?」


 私は隣で我関せずとでも言いたげな紅月を指さした。


「……失礼ですが、そちらの方は冒険者の方なのでしょうか?」

「え? 厳密に言うと違いますけど……」


 あれ、戦える人たち全員で警戒するノリだと思ってたんだけど……。


「……バカね。私はきちんと船賃を支払って、乗船しているのよ。ギルド加盟国における公共交通機関ならびにそれに準ずる団体は、貴女を含め、銅級以上の冒険者から金銭は徴収しない決まりになっているのよ」


 そういえば、たしかそんなことを、以前雨井から聞いた覚えがある。

 だから、これはつまり――


「……ああ、なるほど。その代わり、こういう事態があると働いてもらいますよってことね」

「そういうこと」


 交通費がほぼすべての国で無料になるなんて、すごいなぁ……と思っていたが、こういう裏があったのか。


「……でも、それって冒険者じゃない人は働くなって意味じゃないんでしょ?」

「は?」

「あの、船員さん」

「なんでしょうか、東雲様」

「この人、それなりに腕っぷし強いんで働かせたほうが――」

「いやよ」


 想定していた三倍くらい強めの拒絶が、紅月から飛んでくる。


「えぇ……いいじゃん……船の周りを警戒するだけだよ?」

「お断りよ」

「でも暇なんでしょ?」

「暇じゃないわよ!」

「暇なくせに……」

「臨時手当もご用意できますが……」


 堂州さんもここぞとばかりに同調してくれる。


「いらないわよ! 私はもう、冒険者として何か依頼をこなすのはやめたの」


 どうやら彼女の意志は固いようだ。

 しかし、どのみち警戒するだけで金がもらえるなら、それに越したことはないだろう。

 ここは多少強引でも、悦服の首輪を――


「ひとつ言っておくけど、これに悦服の首輪を使ったら、舌噛み切って死ぬわよ」


 おそらくこれは冗談でも何でもないのだろう。

 やると言ったらやる。

 そんな揺るがない覚悟を彼女から感じた。


「はいはい、ごめんなさい。もう強制しません」

「……その代わり、荷物持ちくらいならやっててあげるわよ」


 紅月はそう言って私の背負っていた風呂敷を指さした。

 そういえば私、彼女を荷物持ちにするとかしないとか言ってたっけ。

 まぁこの風呂敷自体そこまで重くはないし、邪魔でもないからどうでもいいのだが――


「うん、じゃあお願い」


 どうせなら……ということで私は風呂敷を解き、彼女に手渡した。

 それにしても、どういう風の吹き回しだろう。

 彼女からパシリになりたいと提案してくるなんて。


 それに、なにか一瞬、彼女の顔に影が差したような気が――


「……よろしいでしょうか」


 堂州さんが確認するように尋ねてくる。


「あ、すみません。変なやり取り(もの)見せてしまって……」

「誰が変な者よ……!」

「あんたのことじゃないって……」


 被害妄想にもほどがある。


「およそ三、四時間ほどで海域を抜けられる予定ですので、無事抜けられた際には再び、船内放送にてお知らせします。それまでは皆さん、警戒のほうをよろしくお願いいたします」


 堂州さんがそう言うと、集まった冒険者たちはみな、ぞろぞろと会議室から出ていこうとしたのだが――


「ああ、ひとつ言い忘れていました」


 その一言に、みなが一斉に振り返った。


「我々のほうで釣りを行っている方々は確認したのですが、もし〝オニマグロ〟を見かけた際は、すぐに我々にお伝えください」

「……え? な、なんでですか……?」

「オニマグロはとある魔物の好物でして、それがこのような場所で釣れるようでしたら、それは彼らの遊泳ルートを外れている。つまり、その魔物に追い立てられている可能性が高いということなのです」

「あ、あの、じつは私、さっきそのオニマグ――」

「伝令……! 伝令……っ!」


 その言葉を遮るように、乗組員さんが息を切らせながら会議室に入ってきた。


「甲板に魔物出現! 冒険者の方々は至急、戦闘の準備をお願いします!」


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