第6話 セーブとロードと死の気配
ヤス村へと向かう馬車の中。
私は自身の能力である〝ステータスオープン〟を色々と弄くり回していた。
この能力は一体何が出来て、何が出来ないのか。
牙神に言われたからというわけではないが、それくらいは知っておいたほうがいいと思ったからだ。
ちなみに、現時点でこの能力で出来ることといえば――
〝ステータスの確認〟
〝ウインドウの透過調整〟
〝音量調整〟
〝画面の明るさ調整〟
以上、私が確認しただけで大まかに四つあった。
ステータスの確認は言わずもがな。
敵味方問わず、対象の名前や職業やレベル、そして基礎体力を数値化したものを確認することが出来る。
最初は特大のハズレを掴まされたと思ったが、昔の偉い人曰く、百戦危うからずらしいので、前向きに考えることにした。
ウインドウの透過に関しては、私というよりは、私の周囲に影響を与える能力で、なんと私が見ているこの表を可視化、つまり誰でも見えるようにできるのだ。
なんの意味があるかはわからない。
そして三つめの音量調整だが、これは対象の声の音量を下げ、魔法の詠唱を出来なくさせる能力……だったらよかったんだけど、私の耳に届いてくる音量のみを調整する能力だそうだ。
つまり、うるさいノイズをシャットアウトすることが出来るのだ。
なんの意味があるかはわからない。
そして最後の画面の明るさ調整についてだが、なんと対象の網膜が視認する光を調整し、結果、何も見えなくさせる能力……だったらよかったんだけど、対象は私の目のみだった。
余談だが、これをいじっていた時、表を他人からも見える状態にしていなければ、今ごろ私は何も見えなくなっていただろう。軽くパニックを起こしてしまった。
上手にやれば眼鏡が要らなくなるかもだから、本音を言えばもっといじってみたいけど、今は怖さが勝つ。
とまあ、ステータス確認以外の能力が引くほど使えないのがわかったのだが、当の私は一切落胆していない。
それはなぜか?
アンロックされていない項目がいくつかあるからだ。
現在は使えないが、おそらくレベルが上がっていくにつれ使えるようになるのだろう。
なんともゲーム的ではないか。
そしてその中でも私が特に気になっているのが〝セーブ〟と〝ロード〟である。
もうチートです。はい。
この能力があれば君臨できちゃうかもしれませんね、覇王に。
なんてことを呑気に考えていると、ステータス欄に見慣れない名前が映り込んできた。
「ノブ……シガキ?」
なんだろう。渋柿の渋くないバージョンみたいなものだろうか。
……いや、それだと普通の柿か。
好奇心旺盛な私は、隣でなにやら物思いに耽っていそうな紅月に尋ねてみた。
「紅月、ちょっといい?」
「はい。いかがなさいましたか」
「ノブシガキ……って、知ってる?」
「これは……! さすが東雲さん、博識でいらっしゃる」
なんだろう。褒められている筈なのに、小馬鹿にされているように感じる。
ひねくれてるのか、私。
「ノブシガキとは魔物である餓鬼の一種です」
「がき……?」
「国や地域により呼称名は異なりますが、一般的にはゴブリンという名前が一番浸透しているのではないでしょうか」
「ああ、それなら聞いたことあるかも」
「それで、真緒ちゃん。そのノブシガキ……? が、どうかしたの?」
千尋が尋ねてくる。
「え? いやね、なんか、ステータス欄のところに急にそのノブシガキが――」
ぐるり。
言い終えるよりも先に視界が半回転する。
そして――
〝ガシャアアアアン!!〟
突然馬車が横転し、乗っていたキャビン内の壁に叩きつけられる。
危うく舌を噛むところだった私は、紅月の声で現実に戻される。
「敵襲です! 皆さま! お気を付けて!」
私は急いでキャビン内から這い出ると、すでに戸瀬と牙神が敵の群と対峙していた。
数えるほどしかない頭髪に、でっぷりと大きく出た腹。
肌の色は若干灰色がかっており、身長は小学校低学年の子どもくらいで、額には鬼のような角がある。
これが――
「野伏餓鬼の群れです!」
「おい東雲! 気づいてたのならさっさと言え!」
ごもっともな指摘が牙神から飛んでくる。
まだ慣れていない能力とはいえ、今のは最悪死んでいてもおかしくはなかった。
そう。
今までなんとなく頭ではわかっていたが、いま、この瞬間、ようやく身に染みて理解した。
これは紛れもない現実。
いつ命を落としてもおかしくはないのだ。
そして、今回に至っては確認と注意を怠った私のせいで。
「来ます……!」
紅月が再び声を上げる。
すると、今までじりじりと距離を保っていた餓鬼たちが一斉に飛び掛かってきた。
私はどうすれば……なんて考えていると、戸瀬が私たちを手で制してきた。
「いい。俺に任せろ。デモンストレーションだ」
瞬間、彼の手の中に、まるで揺らめく炎のように波打つ刀身の剣が現れた。
そして――
〝ブオン!!〟
一薙ぎ。
剣から巨大な津波のような炎が発生し、野伏餓鬼たちを呑み込んでいった。
後に残ったのは、生物の焦げたような臭いと、焼肉に行った時たまに網の上に乗っている、燃えカスみたいな炭のみだった。
マシな例えは思いつかなかった。
「どうだ。驚いただろ」
戸瀬はどや顔で振り向いているが、ぶっちゃけ知っていた。
パーティメンバーの能力やステータスはひと通り調べていたので――
「ひ、ひゅ~! かっちょいい~!」
私は心を殺した。
ここでわざわざパーティの士気を下げるわけにもいかないからだ。
「へへ、だろ?」
戸瀬は照れくさそうに鼻の下を人差し指でこする。
思わず、勝手に、手が顔面を覆いかけたが、私も彼と同様に鼻の下を人差し指でこすることで事なきを得た。
それにしても我ながら、この演技力には目を見張るものがあるな。
世界が平和になったら、そちらの道へ進んでみるのもまた一興か。
……うん、過度な緊張と緩和から、いささか精神が昂っているようだ。
ここはすこし落ち着いたほうがいいかもしれない。
私は胸に手を当て、大きく息を吸いこむと――
「み、皆さん……! これを……!」
紅月の取り乱したような声により、勢いよく吐き出してしまう。
なんだなんだと皆が紅月の周りに集まると、そこには首から上を切られた馬の死体が。
だから断末魔を上げることなく、私たちの馬車は横転したのか。
……なんて、冷静に分析している場合じゃない。
私たちは綾羅から出発し、二時間ほど経過したところで足を失ったのだ。
「紅月。村までの距離は」
おそらく牙神も私と同じことを考えているのだろう。
現在地の確認をはじめた。
「現地点でおそらく半分くらいかと」
半分か。時刻はもう何時間も前に正午を過ぎている。
となると歩いて村へと向かう場合、道中、高確率で夜を迎えてしまう。
今の襲撃は戸瀬のお陰で難なく撃退できたわけだが、これが何度も続くとなると、それも視界が著しく制限される暗闇となると、話は変わってくる。
ここは一度態勢を立て直すために、綾羅へ戻るのも視野に入れなければならない。
私は牙神に目線を送るが――
「なあ戸瀬。おまえ馬車引けないのか」
牙神以外の、その場にいた全員の頭上に疑問符が浮かぶ。
いくらフィジカルモンスターといえど、戸瀬が馬車を村まで引いていくのは不可能……だよね。
「……とりあえずやってみてもいいか?」
戸瀬の問いに対し、その場で異議を唱える者はいなかった。
百聞は一見に如かず。
ということで、戸瀬はまず馬に対して手を合わせてから、馬装具類を取り外し、死体を道の横へよけた。
横転していた馬車も、キャビンも、持ち前のフィジカルで物理的に立て直し、そして――
「動くね」
馬車は戸車となり、問題なく動いた。
男二人以外は全員ぽかんとしている。
「んじゃま、行くか。乗れよ」
こうして私たちは戸瀬の体力と引換えに、その日の内にヤス村へとたどり着くことが出来た。
到着した頃には既に日が暮れており、そして――
先に村にいたはずの冒険者は死んでいた。