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閑話 従属と信頼【紅月視点】


「それより、なんなんですか、その悦服の首輪って。どうしてそんなものを私に?」


 今はなんとしてもこのふざけた首輪を外してもらうのが先決だ。

 こんな状態では何もできない。

 こんな状態で東雲真緒の旅に同行したくはない。


「だってキミ、まっさんの害になりそうなんだもん」

「が、害って……どういうことですか……」


 すべてを見透かすような物言い。

 普段ならここで適当な嘘を並び立てて反論するところだが、はたしてこの魔王には通用するのだろうか。


 ……わからない。

 魔王は一体、どこまで私の狙いに気づいているのか。

 下手に嘘をつけば魔王の、私に対する心象が悪くなってしまう。

 ここは下手に反論せず、様子を見ていたほうがいいだろう。


「言わないとわかんない? いちいち説明するのも面倒くさいんスけど……」


 魔王アスモデウスは背もたれに体重を預けると、その眼鏡の奥の紅い瞳(・・・)をまっすぐ私に向けた。


「キミ、どうやってビアーゼボの件を回避するか、ずっと考えてたでしょ?」


 なにも言わない。まだ様子を見る。

 その指摘は私の態度から推察できるものだ。

 まだ私の心を読んでいるような、考えを見透かしているような確証は――


「……どういう手段をとるかはわからないっスけど、キミはこの先、ビアーゼボに会わないためなら、まっさんが傷つくのも厭わない手段を平気でとる。だからこうして、先手を打たせてもらったんス」


 そうか、なるほど。いま確信した。

 おそらく魔王は私の考えていることがわかったのではなく、私が東雲真緒に対して感じている悪感情を読み取っているのだろう。

 その証拠に、魔王は具体的な明言は避けた。

 ここでぴしゃりと言い当てられれば、さすがの私でも――


 いや、これで充分だったのか。

 魔王はここで私の、東雲真緒に対する反抗心を、ぽっきりと折ってみせた。

 どのみち、この首輪は外してもらえそうにない。


 奥歯が軋む。

 自身の浅慮加減が忌々しい。


 世界を見て回るなんて、無駄に壮大で漠然としたものなど、嘘だと思ったのだ。口先だけの戯言だと。

 そしてそれは今も感じている。

 彼女はすぐに音を上げてまた白雉国へと戻ってくると。目的が曖昧な旅など、長く続くはずがないと。

 だがここへきて、彼女は明確な目的を得た。


 〝丹梅国へ行き、ビアーゼボに会う〟


 内容がどうあれ、これ以上ないくらい明確でわかりやすい目的だ。

 焦滅(インシネレイト)爆陣(ゾーン)の習得をやってのけた彼女だ。

 おそらくこの目的も達成してしまうのだろう。


 東雲真緒への加害禁止に加え、彼女に対しての絶対服従。

 そして、魔王ビアーゼボとの面会。


 身から出た錆とはいえ、まさかこんなことになるとは。

 これなら、もっと早めに見切りをつけていればよかった。

 須貝との約束なんかに固執しなければよかった。


 ……いや、あの男のことだ。

 私が約束を反故にした時のことも、十分想定に入れていたのだろう。


 それとも私は、東雲真緒と真剣に向き合うべきだったのだろうか。


 ……壱路津(いちみつ)さんを間接的に死なせることになった勇者と?

 それこそ冗談じゃない。


「……どんな経緯で、キミがまっさんについていくことになったかはわからないけど、仕事はきっちりやり遂げるべきじゃないっスか?」


 魔王が偉そうに、知ったふうな正論を聞いてくる。

 神との戦いで敗れたにも拘らず、神の恩赦によって赦免され、好き勝手生きているだけの魔王風情が、どの口で私に説教なんて――


 ……ダメだ。

 さきほど死にかけたのをもう忘れたのか。

 魔王は私の敵意に敏感だ。感情を抑えるんだ。


 大丈夫、まだ策は残されているはず。

 たとえ東雲の命令で縛られていたとしても、やりようはある……はずだ。

 自分で首輪は外せない。魔王も外してはくれない。

 それなら……そう、第三者に外してもらえばいい。

 しかし、第三者といっても魔王の呪いとも呼ぶべきこの代物をいったい誰が――


 私は魔王の髪を見て、ふと思い至る。


 そうか、突破口は既に提示されていた。

 あのたわしのような髪は、天使に雷を落とされてああなったと言っていた。

 そしてその原因は、魔王の能力を人に向けて使ったから。

 ならこの状況はまさに絶好なのではないだろうか。


 第三者……つまり天使だ。

 彼らの手を借りれば東雲にも、この魔王にも、一矢報いることが出来るのでは……いや、そうだ。一番重要なことを失念している。


 天使を呼び出すなんて、どうすればいいのよ。


 魔王はこうして、彼らの居住区に行けば基本的には会える。……生きて帰れる保証はないが。

 けれど天使に関してはまったくそういった情報はない。

 敬虔な信徒が一生のうちに一度会えるかどうか。

 ギルドのほうでも滅多にその存在は確認されていない。

 そんな存在にどうやって会えばいいのだ。


「――それじゃ、この万年筆借りてくね」


 東雲が魔王から託された万年筆を袂の中へと仕舞う。

 まずい。

 このまま話がまとまってしまえば、あとはビアーゼボに会うまで一直線だろう。

 なにか行動を起こすには今しか――


「ああ、そうだ。言い忘れてたっスけど、その万年筆、あまり外では出さないほうがいいっスよ」

「どうして?」

「ノリで魔力を込めた手前、言いづらいんスけど、それもれっきとした魔王(あたし)の魔力が込められたものっス。みだりに振り回してたりすると、あのバカ天使どもに嗅ぎつけてくるかもっス」


 嗅ぎつけ……?

 今この魔王、なんて言った……?


「嗅ぎつけられたら……どうなんの? もしかして雷とか落とされる?」

「いや、人間相手にそれはないとは思うんスけど、面倒くさいことになるのは確実っスね」

「え、じゃあどうすんの。いらないんだけど、これ」

「え~、そんなこと言わないでほしいっス。屋外で取り出さなけれ(・・・・・・・・・・)ばいいだけ(・・・・・)っスから」

「なんか、いやだな……これ持ち歩くの……」


 これだ……この情報……!

 これでついに手札はそろった……!


 あとはいつ実行に移すかだが――

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